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第53回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

科学と社会の関係を10人の講師に学んで議論

/「現代科学技術概論Ⅰ」

総合文化研究科
教授
大杉美穂
大杉美穂

――科学技術インタープリター養成プログラムの必修科目となる授業ですね。

様々な分野の研究者と、研究者ではない立場から研究に携わる有識者たちが、ゲスト講師として講義を行い、その内容について皆で議論するオムニバス形式の授業です。私は2018年度から参加していまして、講義を行うのに加え、担当教員の一人として他の回にも参加しています。私は基礎研究者で、社会の役に立つために研究をするという視点は持っていませんでしたが、参加を機に自分の研究分野で社会との接点があるとしたら何なのかを考え、生殖補助医療をテーマに選びました。所属する日本卵子学会で得た知見に加え、一般の人が生殖補助医療についてどのように情報を得ているかを知るために、新聞やWeb上にある情報を調べて話題提供しています

高度生殖医療の現状を紹介

――今年度の大杉先生の講義は7月5日にオンラインで行われました。

妊娠のメカニズムや不妊治療の概略と歴史を確認した後、高度生殖医療の現状について紹介しました。近年、卵子の凍結保存技術が進み、福利厚生の一環として社員の卵子凍結費用を支援する企業が日本でも現れています。今は出産せずに働きたいが将来のために健康な卵子を保存しておきたいという女性に選択肢を示すことが、優秀な人材を確保したい企業にとっての価値に繋がっているわけです

――大学にも当てはまりそうな話です。

今春、日本で不妊治療の保険適用が始まりましたが、治療の現場では新たな課題も生じています。不妊治療で生まれた子が出自を知る権利、ヒトのゲノム編集の是非、出生前診断と中絶決断といった問題も避けて通れません。不妊治療の歴史を調べると、奴隷を使って人体実験をしたとか、女性に情報を開示せずに人工授精していたという事実も出てきます。当時としては問題がなくても、今見ると問題だらけです。昨年の講義ではブタの体内でヒトの臓器を作る研究の話もしました。こうした実験は、以前は禁止されていましたが徐々にできるようになりつつあります。時代によって評価は変わるわけで、現在私たちが行っていることも、将来振り返ると問題があると見なされるかもしれません。授業を通じて、そうした視点を持つことの意義に気付かされました。よくあるアウトリーチ活動は私にはしっくりこない部分があったのですが、研究成果が社会に及ぼしうる影響を意識した上で基礎研究に取り組むことが重要だと考えると腑に落ちました

教員にも気づきを与える授業

――他の回で印象的だったことは?

障害の社会モデルという考え方があるとか、研究者が楽しんでいれば情熱は周囲に伝播するとか、樹木の伐採は必ずしも悪ではないとか、メディアではシナリオに合致する話だけが求められるとか……私には発見ばかりです。通常は接点のない異分野の学生の話を聞けるのも刺激になっています。このプログラムを受講する大学院生は、モチベーションが高いのはもちろんですが、言葉にして表現するのが得意で、各々の分野の専門家としてただの感想とはひと味違うコメントや情報をくれるんです。入学時のガイダンスにダイバーシティ教育が組み込まれていて履修登録に必須である海外大学の例とか、ヒトと動物のキメラをどう受け止めるかについての日本語の論文も出ていたよとか。前期課程の生命科学の講義に出ていた学生が大学院に進んでこのプログラムを選択し、授業で再会したこともありました。学生の皆さんより私のほうが楽しんでいる授業かもしれませんね

研究テーマとして「哺乳動物の授精・初期胚発生に特異的なしくみや制御は?」と書かれたスライドのキャプチャ
第12回の講義で使われた研究紹介スライドより。かわいいイラストも大杉先生のお手製(MacのKeynoteを使用)。
ゲスト講師一覧
1 松田恭幸(総合文化研究科)
2 蔵治光一郎(農学生命科学研究科)
3 塚谷裕一(理学系研究科)
4 熊谷晋一郎(先端科学技術研究センター)
5 ディスカッション/ふり返り
6 高祖歩美(国立遺伝学研究所)
7 野上識(理学系研究科)
8 宮本英昭(工学系研究科)
9 ディスカッション/ふり返り
10 多久和理実(東京工業大学)
11 須田桃子(NewsPicks)
12 大杉美穂(総合文化研究科)
13 ディスカッション/ふり返り

各回とも講義後に約30分のディスカッションを行うほか、直前3回分を振り返って議論する回も設けているのが特徴的。

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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いちょうの部屋 学内マスコット放談第12回

こまっけろ
今回のゲスト こまっけろ 駒場祭公式マスコット
誕生日は11月25日。好きな食べ物はぎんなん。好きなことは散歩で、苦手なことはジャンプ。ウナギイヌを思わせる尻尾は子どもと大人の間である大学生を暗示

いちょうくん 黄色だし、尻尾があるし、腹に銀杏模様もあるけど、カエルだよね。言葉はしゃべれる?

こまっけろ 日本語はしゃべれるよ。おさんぽの途中にひろった帽子をかぶったらしゃべれるようになったんだ。住みかは駒場池だよ。けろけろ。

 2007年から駒場祭のマスコットを務めているんだってね。ふだんはどんな活動をしているの?

 TwitterとInstagramでぼくの日常をおとどけしているよ。冬眠明けの春にはさくらをバックに、夏休みには札幌の時計台の前でも撮ったんだ。五月祭公式マスコットのめいちゃんと「だるまさんがころんだ」で遊んだのも、楽しかったなぁ。負けちゃったんだけどね。けろけろ。

 あのかわいい羊さんと友達なの? いいなぁ。めぇ。

 地域のイベントに参加することもあって、10月9日には目黒区民まつりに行くし、10月23日には下北沢で子ども向けワークショップをやる予定だよ。まんげきょうやおめんを作ったり、ボール投げゲームをやったりするから、遊びに来てほしいなぁ。けろけろ。

 地域連携も重視とは、マスコットの鑑だね。さて、今年の駒場祭は11月18~20日だけど、どんな感じ?

 今年のテーマは「あかねさす」。みんなのお祭りに向ける想いで、秋の駒場がきらきらかがやくよ。この2年間はオンラインのみだったけど、今回は対面ありのハイブリッド開催だから、260人くらいいる委員のみんなは気合じゅうぶん。もちろんぼくも、オリジナルのえかきうたで踊るこまっけろダンスの練習に余念がないよ。けろけろ。

 まーるいおいけがありましておやまがふたつたちました♪ってやつだね。歌まであるなんて、一流!

駒場祭に参加するこまっけろ
過去の駒場祭より

 この号が出るころには投票で選ばれた第73回駒場祭公式テーマソングが発表されているから楽しんでね。当日は、ぼくがみんなといっしょにおさんぽする「こまっけろパレード」がオススメ。当日は委員のみんなと同じはっぴを着たぼくのぬいぐるみなど、たくさんのグッズがあるよ。LINEスタンプの新作も出るから、みんな使ってね。けろけろ。

 現地でもオンラインでも買えるカエルだね。けろけろ。

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第20回
工学系研究科修士2年荻野紗央

「ここにあるもの」を発信する力

若狭湾に面する福井県小浜市は京の都に食材を納める「御食国」として栄え、独自の食文化や古都の文化を色濃く受けた街並みが今日まで存続する一方、近年は人口減少が深刻です。

そのような中、小浜市は北陸新幹線開通を控え、新たな関係人口の創出を目指しています。今回の活動では、小浜市が志す地域固有の豊かな自然・文化とICT/IoT等の最新技術が融合した「スロー&スマートシティ」の形成に向けた取り組みの提案を行いました。

メンバー4人とマーメイドテラス
若狭湾を背に。この地域には人魚伝説がある

私たちはまず資料を参考に市の「地域資源」分析に取り掛かり、「水産養殖業」「釣り観光」「寺社等の歴史資源」をそれぞれ活用したプロジェクトを考案すると決めました。ただそれは文字や写真のみの情報で、実際の空気感はわかりません。一刻も早く現地に伺いたかったものの、COVID-19の影響で訪問が叶ったのは活動開始から半年後でした。

現地をこの目で見て、私たちは想像を上回る数々の魅力に驚きました。食べ物、特に海産物はどれも美味で、京都や奈良より規模は小さくとも特徴ある寺社や祭事が多く残っていました。そしてこれらの魅力は、地域住民の方にとっては至極当たり前のものでした。

中央が一段高くなっているテーブルで若狭塗箸作りをするメンバー
若狭塗箸作り体験。しばし無言でやすりをかける

そこで気づいたのが、「訴求方法」の重要性でした。小浜市の魅力は確かに存在するにもかかわらず、その多くは現地に行かなければ知ることができません。その魅力をどう活用・広報し、独自性と採算性を確保するかが重要なのです。私たちはこれらを意識した提案を行いました。例えば小浜市で盛んな養殖業を中心に据えた地元の人も観光客も楽しめる養殖業関連のアクティビティや、イカ釣りの聖地である小浜市に来る釣り人専用の「仮想通貨」を活用した釣り人コミュニティの形成と経済活動の促進、寺社等の歴史資源の魅力を「ユニークベニュー」として発信する国際学会の誘致などです。さらに小浜の新たな玄関口である新たな新幹線駅をプロジェクトの集積地として提案しました。

どんな地域にも必ず光るものはある、それを探して肌で感じ、発信していくことが地域創生の始まりではないか――これが今回の活動の一番の学びでした。

※メンバーはほかに石井明日夏(総合文化研究科修士修了)、中小路健(工学系研究科修士修了)、安達萌(医学系研究科修士修了)

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第196回

社会科学研究所
総務チーム(研究協力担当)
井上美里

器用貧乏? 良く言えば多芸多才!

井上美里
社研入口にて、玄田所長のイラスト(自作)と共に

社研の研協担当2年目となります。これまで経理、国際、学生支援、環境安全、海外研修に私企業研修と、様々な業務を渡り歩いてきましたが、とうとう研究協力にも手を出すことになりました。

社研は文系の小さな研究所なので、研協担当はわずか3名で、科研費や共同研究、協定、研究員の受入れ、研究倫理、紀要や年報の発行等と多岐にわたる仕事をこなす必要があり、意外と(?)忙しいです。しかし、先生方との距離が近く、オンライン事務室(昨年度業務改革総長賞理事賞!)で相談してくださったり、会議で意見を求められたりと、やりがいを感じる毎日です。

プライベートでは野球好きの8歳と甘えん坊の5歳の男の子に振り回されつつ、職員を中心とする楽団でバイオリン等を演奏。ピアノやトランペットも練習中です。公私ともに充実していますが、この頃、遠近どちらも目の焦点が合わなくなってきました。フラフラせず、絞っていかないといけないのかもしれませんね。

ステージで演奏しているバンドのメンバーと男の子2人(うち1人はだんご三兄弟のぬいぐるみを持っている)
子供も一緒にオンステージ(だんご三兄弟)
得意ワザ:
イラスト、似顔絵
自分の性格:
裏表がない
次回執筆者のご指名:
武林昭子さん
次回執筆者との関係:
旧学内テニス仲間
次回執筆者の紹介:
東大事務の明日を担う頼れる後輩!
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ぶらり構内ショップの旅第7回

かどやてらす@本郷キャンパスの巻

宇和島鯛めし始めました

2020年11月、東京大学病院地下一階にオープンしたレストランかどやてらす。愛媛県宇和島に本店を構える、かどやグループが運営するこちらの店舗では、愛媛県の郷土料理から麺類などの軽食、そしてデザートまで食べることができます。

一押しは、8月下旬にランチメニューに加わった「宇和島鯛めし膳」(1,680円)。毎日宇和島から空輸で届く伊達真鯛というブランド鯛を使っています。ぷりぷりの新鮮な鯛のお刺身と海藻などを、生卵が入った出汁に絡ませ、それを白米にかけて食べるこの郷土料理。絶品です。同じく伊達真鯛を使った「真鯛のあら炊き定食」(1,350円)は、かどやに代々伝わる調合で鯛の頭を甘辛く煮た伝統の一皿です。

二宮さん
ホール主任の二宮さん

高齢のお客さんが多いため、多くの人に馴染みのあるメニューも揃えているそうです。定番の中華そばや生姜焼き定食、そして鶏のから揚げ定食などが根強い人気だとか。かどやてらすに寄ることを楽しみに病院に来ているお客さんもいるそうで、「美味しいものを食べて、気持ち的にも元気になってもらえると嬉しいです」とホール主任の二宮隼一さんは話します。

狙い目は午後の3時以降だそうです。ランチを求めるお客さんの波も落ち着き、ゆったりとした時間が流れる店内で、軽食やお茶を楽しむことができます。お得なドリンクとケーキのセット(600円)もあるので、カフェとしてもぜひ利用してほしいと二宮さんは言います。

店頭で販売している3種類のお弁当とカツサンドは、職員証を見せると100円引きになります。電話でのお取り置きもできるそうです。本郷キャンパスの山上会館の地下一階にある、同じグループの四季料理かどや山上亭はしばらく休業していましたが、10月に再開する予定だそうです。

四角いお盆に、鯛めし、鯛の刺身、切干大根の煮物、ひじきの煮物などが乗っている
ブランド鯛を使った宇和島鯛めし膳
営業時間
モーニング:9:30-11:00
ランチ:11:00-17:00
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インタープリターズ・バイブル第181回

総合文化研究科 教授
科学技術インタープリター養成部門
松田恭幸

社会と科学の間の「不気味の谷」?

いきなりですが、上橋菜穂子さんのファンです。

活字化された作品はすべて読んでいますが、一番好きな作品はやはり「守り人シリーズ」です。仕事が行き詰まっているときや気にかかることがあるときでも、一度読み始めるとあっという間に引き込まれてしまい、時間が経つのを忘れてしまいます(ここでさりげなく原稿が遅れたことの言い訳をしています)。上橋さんの他の作品も大好きで、読み始めると止まらないのも同じなのですが、私にとっては「守り人シリーズ」が一番相性が良いというか、小説の中の世界に「すっ」と入り込める作品のようです。

なぜだろうと思っていたのですが、ある日、ロボット工学における「不気味の谷」現象に類したことが小説の世界にもあるのかも知れないと思いました。「不気味の谷」現象とは、ロボットを人が見たときに、その外見や動作が人に似ていくにつれて親近感が増していくが、あるところまで似てしまうと逆に違和感が強く現れるという現象のことです。上橋さんの他の作品の中には生態系や医学に関わる深い知見を背景にした記述が現れるものがあります。そうした作品を読むときに、たまたま私が持っている自然科学に関する感覚と、作品世界の中での科学技術とその背景の描かれ方との間のわずかな差異に引っかかってしまい、作品世界に没入しにくくなっているような気がするのです。

そして、同じことが現実の科学と社会の関わりについても言えるのかも知れないと思うと、少し怖くなりました。20世紀後半から、社会における行動原理や様々な意思決定の方法について、例えば「根拠に基づく…」という形で、自然科学の方法論に近づけていくことを良しとする傾向が強まっているように思われます。しかし、ヒトが感情や自由意思を持つ限り、社会の行動原理と自然科学の行動原理が一致することはないはずです。にも関わらず、二つの行動原理を近づけて互いに「よく似ているが非なるもの」になってしまうと、社会の構成員は自然科学や科学技術の方法論に対して強い違和感や嫌悪感を持ってしまうということになりかねません。

私たちが生きる社会における行動原理や価値観の中に、自然科学とは異なる軸をしっかりと打ち立てることこそが、逆説的に、科学と社会との間の関係を健康かつ良好に保つために必要なのかも知れません。

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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第35回

渉外部門
シニア・ディレクター
高橋麻子

「寄付者ってどんな人?」分析報告会

東京大学150周年を見据え、2022年度4月よりファンドレイジング戦略策定のための分析チームを立ち上げました。情報学環の渡邉英徳研究室と経営企画部IRデータ課の協力のもと、東京大学基金の既存寄付者データ解析に取り組んできました。8月31日には「寄付者ってどんなひと?データで紐解くファンドレイジングのヒント」として全学対象の報告会を開催しました。驚きと衝撃、ワクワクが詰まった報告会の様子を紹介します。

最初に私から「ファンドレイジング戦略の考え方と150周年キャンペーン目標ロードマップ」、渉外の高橋里沙(アソシエイト・ディレクター)より「東大基金の寄付獲得状況とターゲット分類」について報告をし、過去5年間の分析結果から、150周年の目標達成(基金残高80億円を200億円に)には、現在の約3倍のステークホルダーと活動規模が必要と試算できること、限られた体制を支えるデータ分析とIT活用は不可欠であることを伝えました。IRデータ課の堀川優弥氏の発表「機械学習を用いた寄付者のクラスタリング」では、寄付者の共通点の分析から、よりアプローチを集中すべき寄付者のペルソナ像を提示いただきました。

渡邉研究室の原田真喜子氏(特別研究員)とシン・テンカ氏(博士課程)は、「寄付データを俯瞰するビジュアライゼーション」として、寄付行動、共感要素、キーワードのつながりや類似性の可視化をおこない、ファンドレイザーが捉えていなかった客観的な事実と寄付集めのヒントを与えていただきました。渡邉英徳教授からは「寄付データのジオビジュアライゼーション」として、おそらく日本初である寄付情報のジオマッピングが紹介されました。あらゆるオープンデータと重ねて見ることで、潜在寄付者や大口寄付者の推測に大いに活用できる報告がありました。

「先生」「大変」「お世話」などと書かれたテキストマイニング
東大VMC基金のきっかけコメントのテキストマイニング

ウェビナー形式の報告会には、学内の様々な部局から80名以上が参加いただき、最後の質疑応答ではファンドレイジングのアイディアや、卒業生の寄付を伸ばすため必要なことなど、多数の意見がでて活発な議論ができました。今後は、さらに寄付者の共感の心理と行動の理解を深めることと、学内の協力と連携をすすめながら、より実行力のあるファンドレイジング戦略を組み立てていきたいと思います。

東京大学基金事務局(本部渉外課)

動物医療センター