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第54回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

音声を軸に科学の進め方を学ぶグループワーク

/初年次ゼミナール理科「音声コミュニケーションの科学」

初年次教育部門
特任准教授
橘 亮輔
橘 亮輔

――進化認知科学研究センターから4月にKOMEXに移られたんですね。

私のバックグラウンドにあるのは工学と音楽と心理学です。心理学の肝は主観をいかに客観的に計測するか。音の高さは周波数で表せますが、それで全てが説明できるわけではありません。我々は周波数検出を行っているのではなく、周波数に対応した何らかの感覚を得ている。物理的な量と感覚的な量がどう結びつくかを理解できれば、音声コミュニケーションにも科学的に切り込める。その辺を捉えられるように授業を設計しました

興味別に班分けして調査・発表

音響物理、聴覚の仕組み、鳥などの生物音響の基礎について第3~9回でひと通り学んだ後、論文検索で各自気になるキーワードを抽出し、背景、目的、方法、結果、考察を意識してまとめてもらいました。そこで見えた興味をもとに、20人の学生を①声の印象と個人性、②声の知覚認知、③声の情動情報、④発声の制御と相互作用、⑤音楽と音声の関係の5つに班分けしました。班ごとに研究テーマを決めて第10~12回に実験・調査を行い、第13回に成果発表を行いました

――どんな発表がありましたか?

④班のテーマはターン・テイキングでした。会話の順が替わる際、相手が話した後にどの程度の時間を置いて話すかです。平均するとその間隔は200ミリ秒ですが、コロナ禍の影響で間隔に変化が生じているのではないかという着眼点。マスクをすると喋り終わりがわかりづらくなるか、衝立を置いた状態だとどうなるかなど、条件を変えて検証しました。被験者数が少なく、明確な結果は出ませんでしたが、問いの立て方とその検証は、制約があるなかでよくできていました

リアルな声が明解とは限らない

③班のテーマは感情音声でした。同じ文章を感情別に役者が読んで録音したデータベースがありますが、自然な状況で録音されたものは少ないという着眼点をもとに、彼らはYouTubeで自然な音声を探りました。たとえば、受験で合格を知った瞬間の声を人に聞かせてどんな感情かを訊ねると、喜びなのか悲しみなのかはっきり言えませんでした

――嬉しすぎて泣いたりしますもんね。

リアル=明解とは限らないことが彼らの実験で明らかになりました。YouTubeを使った情動音声データベースを作った研究者もいますが、1年生がそれと近い問題意識をもって取り組んだことに手応えを感じましたね。ただ、振り返ると、内容を少し詰め込みすぎたかもしれません。学生ごとの興味に合わせたくて様々な研究のトピックを提供したんですが、それで時間が足りなくなった感があります。グループワークの回がもう1回あればもう一段高みに引き上げられたかも……

――音声コミュニケーション分野の最新研究トピックを一つ教えてください。

たとえば、自分の声をマイクで拾って変化を施してからヘッドホンで聞かせるという実験があります。声が遅れて聞こえるようにすると、話者は非常に話しにくくなります(遅延聴覚フィードバック)。声の高さを上げて聞かせると、低くなるよう自動的に修正して話すようになります。そうした音声フィードバック制御についてまとめた私の論文を紹介しました

5グループの発表はどれも研究に発展しそうなもので、私にも大きなフィードバックがありました。今後もし研究することになったら、発表した学生にも声をかけてともに取り組めたらいいですね

❶声を交わすとはどういうことか
授業で使われたスライドより。橘先生は特にジュウシマツを対象に、自分の声を聴いて修正する仕組みを調べています。
❷ターンテイキングの国際比較
ターン・テイキングの参考資料。日本語では前の発話に対して食い気味に話す傾向があることがわかります。
❸遅延聴覚フィードバック
自分の声が遅れて聞こえると、撥音や促音が出しにくくなったりするそう。
◉授業の内訳
1 ガイダンス
2 ガイダンス
3 情報共有方法、背景知識調査
4 音声コミュニケーション概論
5 音響物理、音の操作
6 聴覚知覚
7 聴覚神経科学
8 音声の音響特性
9 音声知覚と社会相互作用
10 動物の音声交換と音楽
11 研究調査法、調査実施
12 データ分析と発表準備
13 成果発表と講評

全13回はガイダンス→音響学基礎+聴覚の仕組み→音声の仕組み→動物の話・音楽→班作業(実験・調査・発表)と進みました。

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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シリーズ 連携研究機構第43回「シンクロトロン放射光連携研究機構」の巻

原田慈久先生
話/機構長・
原田慈久先生

ナノ&カラーの目が播磨から仙台へ

――放射光分野融合国際卓越拠点からの改組ですね。

5年のプロジェクトが終了し、仙台に新しい放射光施設ができるのに合わせて組織替えとなり、参加部局は6に増えました。物性物理と生命科学の融合というコンセプトを引き継ぎつつ、産学連携を進めようと生産技術研究所と先端科学技術研究センターに加わってもらいました。母体は2006年に総長直轄組織として発足した放射光連携機構です。播磨の大型放射光施設(SPring-8)に専用のビームラインを置いて使ってきましたが、この8月でビームラインの運用を終えました

仙台では、東北大学の新青葉山キャンパスで建設中の次世代放射光施設「NanoTerasu(ナノテラス)」に、東京大学シンクロトロン放射光仙台分室を置きます。ナノテラスの性能はSPring-8の10~100倍。日本はかつて放射光立国と呼ばれましたが、世界に比肩する放射光施設は1997年に共用を開始したSPring-8を最後に建設されていません。ナノテラスは26年ぶりにできる期待の施設なんです

――他大キャンパスに東大分室ができるんですね!

そのために協定を結びました。他大のキャンパス内の分室で活動する場合、互いにメリットがあるような仕組みを考える必要がありますので、現在詳細を詰める作業を進めています。日本の他大の構内に東大が分室を持つのは初ではないでしょうか。とても良い機会なので東北大の皆さんと積極的に交流したいです

――放射光でどんなことができるんでしょうか。

X線が物質に当たると、物質に含まれる元素やその結合状態、化学状態に応じて特定の色が吸われたり吐き出されたりします。つまり広い意味でカラーで見えます。またX線は可視光の1000~10000分の1程度の波長を持つために、ナノメートルの極小世界まで見られます。似たものでは、例えば原子レベルの解像度で物質の像が得られる電子顕微鏡がありますが、放射光は元素とその結合状態、化学状態の違いをより鮮明に見分けてカラー性能を究極に高めたナノ顕微鏡と言えます。ナノサイズの世界がカラーで見えるのは画期的で、多くの企業が可能性を感じています。たとえば不均一な反応場として機能する電池や生体組織の働く場、電子デバイスの性能を左右する界面の状態など、今まで推測が多分に入っていたものが、誰でも目で見てわかるようになるかもしれない。ハードルは高いですが、ナノ領域を色付きで見る装置としては類を見ないものですので、うまくいけば独擅場です。播磨分室からスタッフ・学生合わせて15人が移って立ち上げを行い、2024年4月より実験を開始する予定です

リング内を周回する電子から発生した放射光を取り出すためにリングの周囲に接線方向に設置される装置

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第21回
法学部4年大池真太郎

甲府にある「本物」を見つけ、磨く

私たちは甲府市観光課の方々のご協力のもとで「既存観光資源を活用した都市型観光の確立」というテーマに取り組んでいます。甲府には昇仙峡をはじめ有力な観光スポットがいくつかあるものの、現状ではそれらが「点」にとどまっていて「面」的な広がりに欠けていることが課題です。そこで、甲府駅を囲む中心市街地を拠点として市内の周遊性を高め、甲府ならではの都市型観光の形を提案することを目標に活動をスタートしました。

旧堀田古城園主屋の外部を見学しているメンバー
武田神社近くの旧堀田古城園にて

最初にとりかかったのは甲府市の現状について把握することです。5人のメンバーで分担して、旅行サイトやガイドブックの記事、市が発表している統計や計画、甲府の歴史に関する文献などから情報収集しました。その成果をミーティングで共有して話し合う中で、中心市街地を観光の拠点として人の流れを生むには駅の南北に複数ある商店街の活性化が大きな鍵になるのではないかという点で意見が一致しました。

これを踏まえ、9月中旬の現地活動の1日目に商店街振興組合の方や駅北エリアのまちづくりに携わるNPOの方にお話を伺いました。

旧堀田古城園入口で集合写真に写るメンバー
たくさん歩いて、充実の現地活動でした!

話題は組合やNPOの活動内容にとどまらず、街に対する熱い思いもそれぞれ語ってくださりました。特に印象に残ったのは「甲府といえばコレと言えるような、本当の魅力を学生の目線から発見してほしい。観光資源を本物っぽくつくるんじゃなくて、本物を見つけて、磨くことが大事」という言葉です。この言葉を借りれば、現地活動の2、3日目は自分たちの目で「本物を見つける」ための時間でした。観光客としての視点をもって甲州夢小路やジュエリーミュージアム、甲斐善光寺や県立美術館などを巡ってみました。さらに、ガイドブックには載っていないような商店街の奥まった場所まで案内していただいて貴重な体験になりました。

今後考えるべきは、これらの魅力をどのように磨いていけるかです。2回目の現地活動には自分たちの仮説をもっていけるよう、5人で自由闊達に議論していきたいと思います。

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第198回

理学系研究科等
総務課総務チーム
藤本あかり

“Mommy, be happy when you work!”

藤本あかり
子供と同じ方向を向いてお仕事

4歳の長男に励まされ、2歳の次男から気遣いのチューをされてハッとする。

4年弱の育休を経て理学系人事担当に戻って3ヶ月。慣れてきたかなぁというところで、我が家も突然の自宅隔離で在宅勤務デビュー。

子供はよく高熱を出す。そうやって免疫を獲得しながら強くなるのだから家でも仕事ができるように備えておこう。と思いながら後回しにした自分を呪い、前代未聞のコロナ禍で仕事を止めることなく、在宅勤務ができる環境を整えてきた方々への敬意と感謝の気持ちでいっぱいになる。

そんな私は、社保雇保、兼業、非常勤講師に関わる業務をしています。育休前は採用や退職等の発令手続きをしていたので、以前より学外の方やシステムとの関わりが増え、構成員の活動や生活を感じているような気がしています。

早々に多くの方に迷惑を掛けて焦りが募る一方でしたが、誠意を持って一つずつ進めるしかない。標記の言葉で気を引こうとするようになった長男には、“Okay, so let me work!”とルンルン返すと、“Okay♪”とほっといてくれるように!

理学研究科・理学部のパネルをバックに写るチームのメンバー
温かくて頼もしいチームと理学部広報室による展示
得意ワザ:
幼児と宇宙語で盛り上がること
自分の性格:
心配性であり楽天的でもある
次回執筆者のご指名:
勝博子さん
次回執筆者との関係:
建築学専攻事務室時代にお世話に
次回執筆者の紹介:
超世界的研究室で皆に安心感を与えてる
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ぶらり構内ショップの旅第9回

小石川植物園内売店の巻

多様な植物に囲まれた売店

赤く色づくイロハモミジが見頃を迎える小石川植物園。約4000種の植物が栽培されているこの広大な研究植物園には、昼食や休憩に立ち寄れる売店があります。

二十年以上、このお店を切り盛りするのは小穴洋子さん。カレーやホットドッグなどの軽食や、飲み物、そしてソフトクリームやおはぎなどの甘味も販売しています。

小穴洋子さん
店長の小穴洋子さん

小穴さんが毎日仕込んでいるご飯ものの中で根強い人気を誇るのが、常連客からの提案で作り始めたというジャーマンカレー(珈琲もしくはお茶付きで700円)。炒めた玉ねぎと合いびき肉を、ルーや秘伝のスパイスで味付けしているそうです。同じく人気があるというカルビ丼は、牛肉と分葱、そして紅ショウガの上に、細かく切った柚子の皮を少しのせるのが小穴さんのこだわりです。

店頭に並ぶお菓子などの中で、小穴さんが「大ヒット」商品だと話すのが、小石川植物園の柚子や銀杏、山桃などを原料に使った「東京大学植物園のど飴」。小穴さんによると、特に銀杏の飴が「喉の痛みが治る」と好評だそうです。

様々な植物に囲まれ、四季の変化を感じることができるのが、植物園で営業する醍醐味だと小穴さん。お店の目の前はソメイヨシノ林で、桜の季節には見事な景色が広がります。植物園に来るたびに売店に立ち寄ってくれる研究者や学生なども多く、それが嬉しいと話します。2010年にショクダイオオコンニャクが開花したときは連日大混雑で、店の前に長蛇の列ができるなか手伝ってくれたのが東大生。今でも感謝しているそうです。植物園を訪れた際には、ランチやお茶をしに売店に寄ってみてください。

小石川植物園内にある緑で覆われた売店とおはぎ
周囲の景色に溶け込む売店。目印は自販機。おはぎもあります。
営業時間:10時~16時(悪天候の場合は閉店)
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インタープリターズ・バイブル第183回

生産技術研究所准教授
科学技術インタープリター養成部門
川越至桜

先生、トイレ!

先日、とある中学校にて出張授業を行った。その時に聞いた会話である。

生徒1「先生、トイレ!」

先生「授業始まるから、急いで」

生徒2「先生はトイレではありません」

さて、この会話について、皆様はどのように感じただろうか。生徒1と先生とのやりとりは日常的によくある、違和感のない会話のように感じられるが、生徒2 の言葉を聞いて、私自身ハッとさせられた。生徒1 の言葉は「先生、私はトイレに行きたいです」という意味であり、先生もそれを理解して「授業が始まるから、急いでトイレに行ってきて」という意味で返答している。一方、生徒2は(会話の意味を理解しつつも)生徒1の発言は異なる意味でも捉えられるということを指摘したのだと考えられる。このように、背景や状況など共通認識がある人同士であれば、省略した言葉で会話をしても互いに理解できる。しかし、共通認識がない人同士の場合は、異なる意味や誤解を生まないよう、配慮することが大切だと言える。

これまでに、私は様々な科学技術コミュニケーション活動に関わらせていただく機会があった。その際は、専門分野やコミュニティーの異なる人々とのコミュニケーションとなることが多い。そのため、相手の背景や持っている知識は自分とは異なるという点を配慮する必要がある。こういった配慮は、異分野融合が進む研究生活においても極めて重要だと考えられる。論文や学会発表において、読者や聴衆に伝わるように表現し、同じ分野のみならず、異分野であっても明確な情報交換をすることが求められている。

この中学校での出来事は、日常生活の身近な人に対しても「この言葉で伝わるだろうか」と相手のことを思慮する大切さを再認識する機会となった。そして、その直後の授業では、いつもより丁寧に言葉を選んでお話しした(つもりである)。

超新星爆発のプロジェクター映像の横で説明する川越氏とそれを聴く高校生
このエピソードの学校ではないが高校生向けの講義の様子。
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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第37回

本部渉外課
エキスパート
齋藤 智

ふるさと納税のキホンと地域連携

平成20年度から始まったふるさと納税は、毎年利用者が増加し続けています。総務省の調査結果によれば、令和3年度の実績は、約8,302億円(対初年度比:約823倍)、約4,447万件(同:約102倍)と過去最高を記録しました。

その税制優遇措置は、寄付金のうち、自己負担分2,000円を除いた金額が全額控除となるため、節税効果が非常に高いと言えます。さらに返礼品ももらえることが、ここ数年で一気に普及した主な要因です。

税制のメリットや返礼品が注目されがちですが、そもそもの理念に立ち帰れば、 今は都会に住んでいても、自分を育んでくれた「ふるさと」に、自分の意思で、いくらかでも納税できる制度があっても良いのではないか、税制を通じてふるさとへ貢献できる仕組みができないか、という問題提起のもと導入されたのが「ふるさと納税」です。

その理念には3つの大きな意義が掲げられています。

納税者が寄付先を選択する制度であり、選択するからこそ、その使われ方を考えるきっかけとなる制度であること。

生まれ故郷はもちろん、お世話になった地域や、これから応援したい地域へも力になれる制度であること。

自治体が国民に取組をアピールすることでふるさと納税を呼びかけ、自治体間の競争が進むこと。それは、選んでもらうに相応しい、地域のあり方をあらためて考えるきっかけへとつながること。

この秋、ふるさと納税の理念と、東京大学の地域連携活動を結びつけようとする試みが新しい一歩を踏み出しました。それは、大学で生まれる「知」を活用して、地域のあり方をあらためて考える、東大生が地域で新しい価値観を発見する、このような活動を財源的に後押しする仕組み、「ふるさと納税を活用した地域連携活動」です。

「東京大学文学部熊野プロジェクト新宮分室」「文化振興課文化財係」と書かれた木製看板
文学部新宮分室の表札

和歌山県新宮市と人文社会系研究科・文学部の活動は、長年の協働の結果、令和3年3月に連携協定締結、令和4年10月に「ふるさと納税を活用した地域連携活動」にまで発展しました。是非一度この活動をご覧ください。

東京大学の教育研究活動を納税先と指定できるのは、和歌山県新宮市(文学部)のほか、岐阜県飛驒市(宇宙線研究所)、静岡県南伊豆町(樹芸研究所)があり、それぞれの目的に活用されます。今年のふるさと納税、寄付目的で選んでみませんか?