第1149回淡青評論

七徳堂鬼瓦

Kashiwa is a sad place?

柏キャンパスの物性研に着任してから16年半になる。私は学生時代にも2年間、当時六本木にあった物性研に所属していたが、2000年に物性研が柏キャンパスに移転した時には、「ずいぶん田舎に移ったんだな」というのが部外者としての率直な感想であった。その後、思いがけずその「田舎」に勤め、職場の近くに住むこととなったが、ロードサイドの大規模店舗もあり、新しい駅の近くにショッピングセンターもでき、意外と不便ではなかった。ただ、これはあくまで「都会」を上位とする一元的な評価基準で「それほど悪くない」ということにすぎない。着任当初の私の柏に対する印象はそのようなものであった。

それが変わるきっかけとなったのは、自転車に乗り始めたことである。柏キャンパスから数キロ走っただけで、日本の伝統的な農村風景や、利根川沿いの茫漠とした荒野を目にすることができた。これは「都会」的な価値観からすればマイナスなのかもしれないが、新鮮な感動を覚えた。自転車で周囲を巡るうちに、春の菜の花や桜、夏の青田波、秋の紅葉、冬の霜柱、と季節の移り変わりを全身で感じることもできた。電車や車で移動するだけだと柏は単なる平地に見えるが、ペダルを踏むと意外と起伏があることを実感する。この起伏は縄文海進の時期の海岸線に対応している。このように、自転車でうろうろしているうちに、地域の歴史も自然と学ぶことになった。今では、柏やその周辺の東葛地域を「言うほど田舎じゃないし悪くないよ」ではなく、心から「好きだ」と言える。

自分だけではもったいないので、研究室のメンバーやビジターを(もちろん希望者だけだが)ときどき自転車で案内して、好評を得ている。ネット上では、柏キャンパスに所属していた外国人研究者が“ Kashiwa is a sadplace. Lalaport*, and nothing.”という名言(?)を残したという伝説が有名になっているようだが、そういう人がいたら私のところに連れてきてください。二度とそんなことは口にしないようにしてあげます。

押川正毅
(物性研究所)

*柏の葉キャンパス駅前のショッピングセンター「ららぽーと柏の葉」を指す

菜の花畑 田園風景 紅葉