第1150回淡青評論

七徳堂鬼瓦

市民と歩む科学 ~海岸漂着物への誘い~

「漂着物学会」という会員数300人ほどの学会がある。論文誌を毎年1回発行する学術団体であるが、会員の大半は研究を仕事にしている方々ではない。日ごろ海岸を歩いて、打ち上げられた貝殻、流れ着いた植物の種子などを拾って楽しむビーチコマー(beachcomber)が主体だ。

海岸には多様なものが流れ着く。収集の対象になる美しい貝殻や、島崎藤村作詞の唱歌「椰子の実」にみるような、はるか南方からもたらされるものなど、人によって関心の対象の幅は広い。2021年に海底火山「福徳岡ノ場」が噴火し、大量の軽石が南西諸島をはじめ日本各地の沿岸に流れ着いたことは記憶に新しい。こうしたことも会員の関心の的で、メーリングリスト上では次々に軽石漂着に関する情報が飛び交った。

自然由来のものばかりではなく、国際的にも大きな問題になっている海洋プラスチックごみも多数流れ着く。会員の中には、30年以上も海岸漂着ごみの問題を追ってきた専門家もいて、海洋環境の保全も学会の重要な視点の一つである。

民俗学の巨人柳田國男は、1952年に「海上の道」を著わし、海を通じて、海流を介して文物が広範囲につながりをもっている可能性を指摘した。浜で拾ったものが、いったいどのようにしてそこに流れ至ったのか、この素朴な疑問をきっかけに、海流の動態や海洋環境、さらには海を介した人間活動の拡大の歴史など、さまざまな科学の視点がひろがっていく。

2022年11月、コロナ禍で中断していた漂着物学会の対面による大会が3年ぶりに開催された。大会中のビーチコーミング(beach combing)では、見慣れない種子を拾った会員に対して植物の専門家がたちどころにその種類を教示し、外国語に堪能な会員が漂着した海外製品の来歴について推論を展開するなど、そこここで情報交換を行う姿が見られた。

このところ、「市民参加による科学」の重要性が強調される。海岸漂着物を題材に、市民の方々と文字通り浜を「歩く」ことを通じて科学の原点に立ち返ることは、市民参加型科学そのものといってよいだろう。

道田 豊
(大気海洋研究所)

漂着物のある浜 植物の種子の漂着物 会員達の情報交換の様子