
12月10日、インドのタタ・グループのN・チャンドラセカラン会長が安田講堂で講演しました。当初は2020年2月に予定されたものの、コロナ禍によりやむなく延期されていた、東京カレッジ講演会です。世界で最も影響力のあるビジネスリーダーの一人に数えられる会長はデジタル革命というお題でいったい何を語ったのか。国交樹立70周年を迎える日印関係に対してはどんな展望を持っているのか。講演で語られた言葉を採録し紹介します。
※SDGsを先取りするような社会貢献活動で注目されるインドのグローバル複合企業グループ。自動車好きにはタタ・モーターズによるジャガー買収が有名。
共通の世界観を共有する日印
2022年は日印国交樹立70周年の特別な年です。アジアで最大かつ最古の民主国家である両国は、外交的、経済的な関係だけでなく、より深い絆で結ばれています。仏教の伝統を持ち、共通の世界観を共有するからです。戦後の復興を経て両国は繁栄しました。自由、開放性、寛容、進歩、繁栄という民主主義の理想は教育にかかっています。学びなくして進歩なし。好奇心は他の国や文化への興味につながります。それは明るい未来への架け橋になるものだと思います。
タタ・グループの成功の根底には好奇心がありました。創業者のジャムシェトジー・タタは学びと旅に貪欲で、それが成功に結びついたのです。彼は英国でヒントを得て綿花貿易を始め、日本に来て絹織物の機械を輸入しました。ニューヨークで石炭や鉄の情報を集めたことが後の鉄鋼ビジネスにつながり、1900年代初頭には水力発電に希望を見出しました。彼は好奇心を貫き通し、以後の会長たちは創業者の遺志を継いで事業を多角化しました。成長市場を捉え、国際情勢を学ぶことでグループは大きく成長したのです。私自身の人生でも好奇心が重要でした。1986年にインターンとして入社し、以後様々な国で多くの経験を得ました。
常に大胆な目標を設定し、達成に向けて努力できる環境を作り、失敗しても目標に向かうことが重要です。リーダーは多くの課題に直面します。どうしてこんな事業を始めるのか、撤退すべきだ、などと言われることはよくあります。しかし、好奇心が旺盛であれば、傍目には意味がなくても、リーダーにとっては合理性を持つことがあるのです。
AIが影響しない分野はもうない
この10年で新しいテクノロジーが急速に進化し、生活、産業、社会、国家を変革しました。コンピューティング、モバイルネットワーク、インターネットの進化が基盤となり、クラウドが膨大なデータ保存と処理の能力をもたらし、IoT※はあらゆるデータを取得する力を提供しました。そして、AIが機械学習で大きく進展し、応用が広がっています。AIに影響されない分野はもうないでしょう。
農業では、AIで正確な農薬散布や病害検出や収穫予測ができます。教育では、AIにより個々人のニーズにもとづいた学習を提供できます。医療では、AIが感染症の治療薬の開発や、がんや失明の元となる症状の早期発見に貢献しています。都市も変わろうとしています。AIのおかげで、公共交通機関の安定運行、効率的な廃棄物収集、エネルギー消費の最適化が可能になりました。気候変動の問題では、衛星画像から熱帯雨林の森林破壊や違法伐採を検知し、生物多様性に影響する違法漁業を特定できます。金融では、審査にAIが活用され、顧客の支出パターンから不正行為を防止し、消費者のオンライン購入行動を知ることもできます。製造業では、工場のIoTデバイスのデータが生産効率向上に活用されています。現代ではAIと機械学習によって様々なことが可能になっています。
※Internet of Things
人よりAIアシスタントに愛着が?
数年前、顔が身分証明になり、空港における出入国や搭乗の手続きが可能になると予想しましたが、現在ではこれが多くの国で現実になっています。子供たちは今後、AIアシスタントとともに成長します。乳母、教師、相談相手、友人と何役も務める万能選手です。どの言語でもどの教科でも教えられ、退屈したら遊び相手になり、親の不在時には子守りをしてくれる。人間はAIアシスタントをより好むようになり、人間同士の関係は希薄になるかもしれません。ただ、機械は人のように振る舞うものの、感性や感情は持ちません。大きな意味を持つ未知の領域について考えないといけません。
インドでは屋台でも電子決済
AIは政府の取り組みにも影響を及ぼしています。インドでは多くのITプラットフォームが開発され、国民の多数が利用できます。基盤のデジタルインフラは万人に提供されます。「アーダール」という世界最大規模の個人認証システムも普及しています。各々の国民にデジタル身分証明が提供され、全国どこでも使えます。金融機関のシステムにリンクされ、年金や奨学金の支払いも容易です。パンデミックの際には大規模な現金給付プログラムで1億人以上の低所得者に迅速に送金がなされました。統合決済インターフェイスも成功例です。350以上の銀行が活用し、取引件数は67億超。インドではデジタル決済が普及し、ほとんどの場でもう現金払いができません。屋台でココナツウォーターを買う場合もです。デジタルインフラとAIはどの国でも社会を変革する力を備えます。
インドの供給網に世界的価値が
タタのグループ企業はデジタル技術の導入を加速しています。各々がCoE※を設立してビジネスに有効なAIの使い方を検討しています。AIと機械学習への投資が価値をもたらすのは明らかです。たとえば、AIを使った画像検索やヴァーチャル試着サービスやアシステッド・コマースを使うことで、小売企業は消費者の期待に応え、売上と収益が増加しています。お茶のブレンドは複雑ですが、170以上の品種をもとに、AIが完璧なブレンドを最適なコストで可能にしました。保険業では、コンピュータ・ビジョンによるヴァーチャル車両点検で効率が高まりました。鉄鋼業では、工場を自動化して人間の介入なしに生産しています。化学メーカーでは、工場のデジタルツインを作り、全工程をシミュレーションして最適な設定を作業員に推奨しています。AI支援が既存の産業にも可能であることを示す一例です。
2020年、インドは日本にとって18位の、日本はインドにとって12位のビジネスパートナーでした。現在、1400社以上の日本企業がインドに進出しています。日本企業は大きな投資を行い、デリーの地下鉄事業にも資金を提供しました。ムンバイ~アーメダバード間の高速鉄道は新幹線の技術で建設されています。日本は製造業でリーダーシップを持ち、インドには優秀なデジタル人材が多くいる。ここに大きなチャンスがあります。特に現在の世界情勢ではサプライチェーンの基盤がインドにあることに価値がある。それは日印だけでなく世界に貢献します。
私たちは稀な時代にいます。今後の10年間は、将来の社会やビジネスのありかたを再構築するからです。若者には現在への対応力だけでなく未来の経済への対応力を身につけてもらうことが重要。その点で大学は重要な役割を果たします。未来の姿を予想し、好奇心ある若者に機会を提供するという役割です。私たちは、市民として、国として、今後到来するものを予想し、正しい投資をする必要があります。そうすれば未来の世代は歴史上もっとも重要な存在となるでしょう。好奇心、リーダーシップ、技術、学びをエンパワーすることで私たちの未来は明るいものになると確信しています。
※Center of Excellence


