第1152回淡青評論

七徳堂鬼瓦

御殿下のプール

本郷の安田講堂から病院側に向かってすこし歩くと、御殿下記念館がある。その地下にプールがあることをご存じだろうか。

よく晴れた土曜の午後、外でダンスをしている若者たちの横を抜けて階段を下る。入口でパスとひきかえにロッカーのカギをもらう。靴を預けてロッカーで着替える。シャワーを浴びてプールに立つ。自由レーンに入ってビート板でバタバタする。歩行専用レーンに移って筋肉をほぐす。中央レーンで水をかくと後ろに泡が流れていく。あっという間に時間がすぎる。泳ぎ終えて外に出るとアカペラの歌声がきこえる。そんな場所である。

御殿下のプールは、本郷キャンパスの中でも多国籍度が高い場所なのではないか。ずいぶんいろいろな国の留学生がいるような気がする。かつて採暖室(サウナ)がフル稼働していたころ、サウナでぼーっと座っていると、実にさまざまな言語が耳に入ってきた。コロナ前とちがっていまやロッカーでの会話はひそひそ声になったが、やはりいろいろな出身の人がいると思う。私は男性ロッカーの様子しか知らないし、どの言語なのかもよくわからないのだけれど。

御殿下記念館は1988年に建設された。施設は古めになってきているものの、リノベーションのおかげで今も快適だ。プール特有の水のニオイも最近はなくなった。泳ぐ人が少ないときもプールの監視員の人が見守ってくれる。たまにごしごし掃除していて、その姿に頭が下がる。

不思議なのは、講義や演習でご一緒する学生さんたちと決して会わないことだ。東大生の多くはプールに通う習慣がないのか。それとも、私の乱視が進んで学生の存在に気がつかないだけなのか。あるいは、こっちが会っていない気がしているだけで、学生のほうでは「あいつがいる!」と気づいて逃げているのか。そうでないことを希望したいが。

増井良啓
(法学政治学研究科)