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第57回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

学問の垣根を越えてSDGsの現在地を確認

/教養教育高度化機構シンポジウム2023「変革の現状と行方」

初年次教育部門准教授 岡田晃枝
岡田晃枝

――年に一度の機構シンポジウム。今回は部門横断型組織のSDGs教育推進プラットフォームが企画したんですね。

私は初年次教育部門ですが、SDGsに関わる授業を続けている関係で、このプラットフォームにも参画しています。周知が進むSDGsですが、果たして各々の課題は今どのような状況にあるのかを確認しようと考え、そこに駒場らしさを重ねて検討して出てきたのが、現実を見極める目を養うための教育ということでした。様々な分野の専門家がいて、多岐にわたるSDGsのほとんどの項目をカバーできるのが駒場だと認識しています

理想のためにまず現実を捉える

SDGsの前身であるMDGsのときは、全体では目標に近づいたように見えますが、一方で貧しい国々の状況はあまり変わりませんでした。その反省を経てできたのがSDGsであり「誰一人取り残さない」の理念です。たとえば太陽光発電を推進するだけでは不十分で、世界を俯瞰して見ないといけません。「風が吹いたら桶屋が儲かる」の全体を自らの目で確かめる学生を増やしたい。そのためにまず現実の姿を捉えることが必要だということで企画したのがこのシンポジウムです

――パネルでは「場違いな感じ」と複数の先生が話していたのが印象的でした。

SDGsの目標17が掲げるマルチステークホルダー・パートナーシップを学問分野の垣根を越えた協力も含むものと捉えてのテーマ設定でした。今回お声がけしたのは、普段からSDGsを看板に掲げている先生方ではなく、実はSDGsに関係していると聞けばなるほどと思える研究をしている皆さんです。SDGsの企画では技術の話に偏りがちですが、よい技術があっても社会に適用できるかはわからず、実際には史学や文学や社会や制度も大きく関わってきます。今回の人選は、多分野の研究者が関わり合うのがSDGsだというメッセージでもありました

ディスカッションでは、各々の研究をSDGsの現状に絡めてお話しいただき、分野の垣根を越えた取組みや、社会問題を解決に導く複合的視座を持つ人材をどう育てるべきかも議論したかったのですが、時間が足りませんでした。全体でコンテンツが多すぎたかもしれません。一つ一つの料理はすごく手が込んでおいしいのにじっくり味わえず一気にお腹に流し込む感じになったのは反省点です

異分野の研究者を繋ぐ場にも

今回、SDGsをキーワードに異分野の研究者を結び付ける場にもなるといいなと思っていました。初顔合わせの人が多かったんですが、パネル終了後、これを機会に何かやろうと話す先生方を見ることができました。今回登壇した先生たちとプラットフォームとの間でも今後いっしょに何かできないかなと思います

――今後の活動予定などありますか?

昨年3月にプラットフォーム主催で「SDGsビジネスアイデア学生発表会:社会を変えるために東大生ができること」をオンラインで実施しました。SDGsの実現に関わりたい学生に発表の機会を与え、実務家や研究者や市民からフィードバックをもらおうというものです。たとえば前回は、医学部の学生が血液透析の待ち時間を使ってまつげやネイルのケアができるようにしてはどうかというアイデアを発表したところ、当事者が見て率直な意見をくれました。この発表会の2回目を実施して、学生たちの探求心と社会貢献の心を刺激したいと思っています

◉プログラム(3月13日@駒場Ⅰキャンパス18号館ホール)
開会挨拶、
機構紹介、
基調講演
真船文隆(総合文化研究科)①、網野徹哉(教養教育高度化機構長)②、石井菜穂子(理事)③
第1部
講演
「SDGsの現在地」
「国連から見たSDGsの今」井筒節(国際連携部門)④、「開発途上国の現場におけるSDGsの現状」成田詠子さん(国連人口基金駐日事務所長)⑤、「開発経済学から見たSDGsの今」澤田康幸(経済学研究科)⑥、「気候変動による健康影響とSDGs」橋爪真弘(医学系研究科)⑦、「誰一人取り残さない社会」福島智(先端科学技術研究センター)⑧
学生団体紹介など Climate Youth Japan、UNiTeほか
第2部
パネル
「パートナーシップを
通してSDGsの
その先へ」
榎原雅治(史料編纂所)⑨、キハラハント愛(総合文化研究科)⑩、白波瀬佐和子(人文社会系研究科)⑪、額賀美紗子(教育学研究科)⑫、瀬川浩司(環境エネルギー科学特別部門長)⑬、原和之(国際連携部門長)⑭ モデレーター:岡田晃枝
閉会挨拶、
総合司会
廣野善幸(科学技術インタープリター養成部門長)⑮、松本真由美(環境エネルギー科学特別部門⑯
SDGs教育推進プラットフォームのロゴ
SDGsの17色を用いたSDGs教育推進プラットフォームのロゴ
①真船文隆②網野徹哉③石井菜穂子④井筒節⑤成田詠子さん⑥澤田康幸⑦橋爪真弘⑧福島智⑨榎原雅治⑩キハラハント愛⑪白波瀬佐和子⑫額賀美紗子⑬瀬川浩司⑭原和之⑮廣野善幸⑯松本真由美
ポスターを貼り付けた複数のパーテーションが窓際に並んでいる様子
KOMEX各部門と学生団体による展示も行われました

※③石井理事はリモートでの参加、⑥澤田教授はビデオ動画での参加でした

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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シリーズ 連携研究機構第45回「未来戦略LCA(Life Cycle Assessment)連携研究機構」の巻

杉山正和(右)、平尾雅彦(左)
話/機構長・杉山正和先生
(右)、平尾雅彦先生

未来のために今「先制的」LCAを

杉山 先端技術を開発しても、製品のライフサイクル全般で考えると割に合わない場合があります。技術を社会に実装するには、総合的に考えないといけません。LCAの研究者は以前からそうしていますが、近年は先端技術の研究者にもその動きが波及しています。

平尾 たとえば自動車を作る際に排出されるCO2量は、部品ごと工程ごとのデータを積算すれば分かりますが、新しい作り方や素材を採用したときにどうなるかは分からず、推定するほかありません。そこを定量的に行うのが、機構の目指す「先制的」LCAです。

杉山 研究者は自分の技術こそ重要と考えがちですが、その技術を用いた製品を作るのが総合的に最善かは分かりません。先制的LCAでは、作ってからデータを調べるのではなく、研究者の声を聞きながら検討して注力すべき技術を決めます。精度にはこだわらず、出口に近そうな方向をデータから突き止めるわけです。

平尾 もう出口は見えていて、人類は2050年にネットゼロを達成しないといけない。ある意味IPCCによる先制的LCAの成果です。正しい方に動き出すために先手を取る「先制」で、英語ならpre-emptiveです。

杉山 私は2020年頃にLCAの重要性に気づき、LCAを集中的に議論する場が学内に必要だと思いました。そこで日本のLCAを牽引してきた平尾先生にお声がけし、1年かけて機構発足の準備を進めてきたんです。

平尾 日本の大学でLCAを冠した組織は初のはず。環境、工学、農学、経済、公共政策と多様性に富むのが機構の特徴です。LCAの研究者とLCAに目覚めた多分野の研究者が約半々の割合で参加しています。

杉山 今は企業でもLCAを軸にした戦略が必須で、共同研究の意欲も盛んです。機構には社会連携研究部門を設け、素材・自動車などの14社が参画しています。

平尾 特に石油や石炭が不可欠な分野では新技術開発の意欲が高い。たとえば自動車だとエネルギー、化学、鉄、アルミ、ガラスなど多分野が関係します。オープンイノベーションで皆が協力しないと先制的LCAは難しい。そこをコントロールするのが大学の役割です。新しいアイデアに加え、散在する知識の構造化も非常に重要です。2050年に向けてこの技術が肝となるというメッセージを、5年以内に打ち出すつもりです。

「UTLCA」と書かれたロゴ
先制的LCAが実現する循環型社会を表すロゴ

杉山 機構長としては、若者をこの分野に参入させ、研究計画を立てる際にLCAを自分で行える環境も整えたい。LCAベースの議論があらゆる場で行われる状況の実現が究極の目標ですね。

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#We Change Now

第1回
男女共同参画室通信

東大が、変わる

男女共同参画室として、隔月でコラムを書かせていただくことになりました。このコラムでは、2022年度よりスタートした「UTokyo 男女+協働改革 #WeChange」の最新情報などを発信していきたいと思います。

#WeChangeは、本学が、教職員や学生を含む大学構成員全員の意識改革に取り組むとともに、2027年度までに新たに着任する見込みの教授・准教授1200名のうち、約300名を女性とすることを目指す取り組みです。

#WeChange UTokyo

昨秋の発表時には、新聞報道で「300名」という数字が大きく扱われ、「男性は採用されなくなるのか」と感じた方もいたかもしれませんが、残り900名は男性が着任する見込みです。また、数ばかりが注目されがちですが、男女共同参画室では、意識改革などの基盤づくりとして教職員向け研修や、女性若手研究者の支援にも力を入れています。

このプロジェクトを通じて「東大が、変わる」ということを学内外に広めていくため、ロゴマークを策定しました。『学内広報』の表紙になったこともあり、既にロゴを見ていただいた方も多いのではないでしょうか。UTokyo Portalなどではロゴを展開したZoom背景等のダウンロードや名刺用ステッカー配布についてのお知らせを掲載しています。

4月にはウェブサイトがオープンしました。藤井輝夫総長や林香里理事・副学長のメッセージ、#WeChangeで具体的に何を実施するのか、3月に発行したニュースレター等がご覧いただけます。男女共同参画室のメンバーの思いのこもった動画もありますので、ぜひ覗いてみてください。

(特任助教・中野円佳)

「#WeChange UTokyo」のWebサイトのキャプチャー画面
「#WeChange UTokyo」のWebサイトのQRコード
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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第204回

法学政治学研究科等
公共政策学務チーム
橋本有葵

がんばれGraSPPers!

橋本有葵
なぜかちっとも片付かないデスクで

公共政策大学院(略称はGraSPP)で学務を担当しています。入試・入学から学位論文受付や修了まで、学生の皆さんに関わるあれこれの手続きを行っています。

GraSPPは学内では比較的小規模な大学院で学生数300名ほどですが、特徴的なのは約半数が留学生だということ。海外協定校とのダブルディグリープログラムや交換留学による学生の派遣受入も活発で、世界各地から多様な背景を持った学生が集まるとてもにぎやかな大学院です。異動してきたばかりの頃は留学プログラムの多彩さに圧倒され協定校の単位認定リストが夢に出てくるほどでしたが、周りの方に恵まれたおかげでなんとか着任3年目の春を迎えました。

個性豊かな学生たちから寄せられるお問い合わせはその内容も実に様々です。時には突飛な質問に頭を抱えながらも、世界中で活躍するGraSPPersのお助け役になれるよう日々のオシゴトに取り組んでいます。

北アルプス白馬連峰の山並み
数年ぶりのスキー合宿で白馬
得意ワザ:
引越しの荷造りが素早くできます
自分の性格:
のんき
次回執筆者のご指名:
豊木麻紀子さん
次回執筆者との関係:
同期で研修先が被りがち
次回執筆者の紹介:
いつもパワーをもらえます
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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第24回
本部社会連携推進課
体験活動推進チーム
遠藤菜央

FSが描く新しい地域創生ストーリー

フィールドスタディ型政策協働プログラム(FS)は学生が学内・現地を“奔走”して地域の課題解決の糸口を探る1年間の教育プログラムです。

予測不能な今の社会に生きる学生の皆さんは社会課題への関心が高く、将来は自らの専門を活かし社会に貢献することを目指す傾向にあります。では、そんな学生たちにとって、さらなる自分の可能性を広げる場は学内だけで十分なのでしょうか?

FSには「自らの学びを、今すぐ試してみたい」という強い志を持った学生がたくさん集います。ここでは、地域の現場に赴き、解決策を探ってもらいます。授業や実習と違い、想定通りに事が運ぶとは限りません。そんなリアルな現場でこそ、実用的な専門知やコミュニケーションが磨かれるのです。

このプログラムは、協力自治体から学生の皆さんへ、地域の課題を提示していただくことから始まります。そして自治体の方やチームのメンバーと綿密な準備を行い、地域の現場に入ります。住民の方の生の声を聴き、地域の実情について身をもって体験し理解を深めます。そして課題解決に向け、自ら考え、チームのメンバーと試行錯誤します。大学に戻りましたら学内の資料・教職員など大学の専門知を積極的に活用し、解決の糸口を探ります。

「東京大学 2022年度 フィールドスタディ型政策協働プログラム 活動報告会」と表示されたスクリーンに向かって座っている参加者
FSのフィナーレ!活動報告会の様子(2022年度)

これらの現地・学内での“奔走”を経て、最後にプログラムの締めくくりとして活動報告会を実施します。現地・学内で開催するこの活動報告会にて、課題解決への道筋を地域の方々に向けて提案します。1年間、一人一人の声に本気で向き合ったFS生にとって、担当した地域は第二の故郷のような場所。未来を少しでも良くしたいという想いで提案する姿は、地方創生を担うリーダーそのものです。活動を終えたFS生の中には、FSでの経験がきっかけでプログラム参加前に描いていたキャリアと全く別の道を選ぶ方も。

湾内に停泊する漁船と周辺の民家
FS開始時からの協力自治体:石川県能登町

次世代を担う若きリーダーと、信頼を寄せてくださる自治体の皆様が織りなすストーリー。2023年もますます熱を帯び目が離せません!

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インタープリターズ・バイブル第189回

総合文化研究科 特任准教授
科学技術コミュニケーション部門
定松 淳

科学コミュニケーションの一番底に

コロナ禍が漸く落ち着いてきて、久しぶりに活気のあるキャンパスが戻ってきた。人の多い教室はまだ少し落ち着かない気がしてしまう一方で、17時過ぎの駒場キャンパスを歩いていると、教員のパワポを映すために前方が仄暗くなった教室に3人とか5人だけの学生が参加して、しかし熱心に教員の方を見ながら進んでいる授業も見かけるようになった。私にもそんな授業の記憶がある。教養学部2年の時に履修したドイツ語のK先生の授業だ。カフカの小説「判決」を原文で読むという授業で、やはり夕刻、履修者は3人だった。

「判決」は短い小説で、岩波文庫に翻訳が入っている。先に一読したが、ちょっと意味不明な結末で、全く理解できなかった。ドイツ語の初級しかとっていなかった私は、岩波文庫を原文に付き合わせながら、毎週この短編を読み進めていった。しかしそうして丁寧に読み進めていったうえで最終回にディスカッションしてみると、意味不明に思えた結末は理解可能なものに変わったのだった。

私はドイツ文学を志していたわけでもなく、ドイツ語を何かに役立てようという計画も持っていなかった。ただ一文一文を理解してゆくプロセスが面白く、履修を続けたに過ぎない。そこには「何かがわかっていくこと自体が心地よい」という感覚が存在していたと思う。冒頭の教室の学生たちも、必ずしもその授業に出たら何か得することがあるから参加しているわけではないだろう(マイナーな、遅い時間の授業だから)。でもそこにはやはり、「これをわかりたい」「わかること自体が楽しい」という感覚があるのではないか。

私は科学(広い意味での学術)コミュニケーションの一番底には、こういう価値観が置かれるべきだと思っている。科学の面白さ・楽しさを伝えたいという科学コミュニケーションは多いが、そこには研究費の獲得や、国策としての科学技術振興といった目的が潜んでいることもある。あるいは科学リテラシーの向上が、健康や収入の増加につながるといった主張がされることもある。しかし「何かをわかるようになる」という体験は、それまでの自分ではない自分に生まれ変わる体験である。それは各自の可能性の発現であり、そのこと自体が目的とされるに値する。もちろん押し付けであってはならないが、功利を越えた価値が科学コミュニケーションの一番底に置かれていてほしい。

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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第43回

社会連携本部渉外部門
アソシエイト・ディレクター
白石郁江

ノーベル賞の原石を育む奨学金

みなさんは現在の暮らし向きが苦しいと感じている東大学部生がどれくらいいるかご存じでしょうか?世帯年収が1000万円以上の学部生が40%超だとニュースで報じられている一方、世帯年収が450万円未満の学部生は14%います。そのうち暮らし向きが苦しいと答えた学部生は30%を超えています。東大大学院生の暮らし向きは公表されていませんが、苦しい思いをしている大学院生も同様に一定数いると考えられます。日本の博士課程進学者が減少している一因は大学院生時代の経済的困窮といわれていますから、ノーベル賞に繋がるような博士課程進学者を育むためには、その原石である大学院生を経済的に支援する必要があるでしょう。

卒業生等からの寄付で成り立つ東大独自の奨学金「ステューデントサポーターズクラブ奨学金(SSC奨学金)」が2022年にスタートしました。この奨学金で大学院生は2年間経済的支援を受けることができます。 大学院生向けの奨学金は返済しなければならない貸与型のものが多い中、返却義務のない給付型のSSC奨学金は大きな意義があります。

対面形式に並んだ机に向かっている参加者が奥のスクリーンを見ている様子

SSC奨学金は“顔が見える”ことも大きな特徴です。年に一度の中間成果報告会(写真)では、奨学生が研究成果を発表し寄付者と交流します。 奨学生からは「応援の言葉をいただき研究の励みになった」、寄付者からは「希望に溢れる若者の話を直に聞けてよかった」という声がありました。また、年度末に発行される奨学生の報告書には「アルバイトの時間を減らして研究に専念できている」「経済的に安定したので博士課程に進学することを決めた」等の記載が多数あり、SSC奨学金がノーベル賞の原石である大学院生の研究や彼らの未来に大きく貢献していることを感じています。

2年目の今年は、有難いことにたくさんのサポートをいただき、昨年よりも奨学生募集数が増えています。全ての大学院生がお金の心配をすることなく研究に専念できる未来に繋がればと考えています。

※2023年度SSC奨学生は6月より募集開始予定

東京大学基金事務局(本部渉外課)
kikin.adm@gs.mail.u-tokyo.ac.jp