ナイジェリア出身。2003~2006年、2011年~2015年の2度にわたりナイジェリアの財務大臣を務めた。2005年には欧米の主要国と交渉し、ナイジェリアの対外債務の大幅な削減に尽力。2011年には世界銀行のナンバー2である専務理事も歴任。2021年3月にWTO事務局長に就任。
5月22日、学生を対象にした公共政策セミナー(公共政策大学院と国際戦略企画室事業運営WGの共催)が工学部11号館のHASEKO-KUMA HALLで開催され、世界貿易機関(WTO)のンゴジ・オコンジョ=イウェアラ(Ngozi Okonjo-Iweala)事務局長が講演を行いました。女性として初めて、アフリカ出身としても初めてとなるWTO事務局長ということで、2021年の就任時に多くの注目を集めたオコンジョ=イウェアラ氏。自由貿易を礎に発展してきた日本経済、米中対立を背景とした経済のブロック化への警告、サプライチェーン(供給網)多様化の重要性などについて語った基調講演の要旨、そして藤井輝夫総長、石井菜穂子理事、飯田敬輔公共政策大学院長とのパネルディスカッションの一部を紹介します。
日本の経済復興に学ぶ
人々の生活向上のために貿易がいかに強力な力となりうるか、ということを実証した最初の国が日本です。戦後、日本は米国を中心とした外需を取り込み、輸出主導型の経済成長と発展を遂げました。その成果は劇的で、国民一人当たりの所得は、1945年~1958年に年平均7%、1959年~1970年には年平均9.5%の割合で成長しました。この輸出主導型の成功に刺激され、多くの発展途上国が日本の後に続こうとしました。韓国、東南アジア諸国、そして中国。その後インド、ラテンアメリカ諸国も続き、輸出を強化することで稼ごうとしたのです。外向きの、市場を基盤とした改革が発展途上国の成長と貿易を加速し、開発を進めました。
結果として、コロナ禍までの数十年間で10億人以上の人々が極度の貧困から脱却し、1日1.90ドル相当以下で生活する世界人口の貧困率は、1990年の36%から2018年には9%を下回るまでに減少しました。この成長と発展の重要な要素となったのが、GATT(関税および貿易に関する一般協定)/WTOに支えられた、開かれた世界経済です。
貿易のブロック分断はリスク
しかしこれらの成果は、WTOや貿易の役割とともに議論を巻き起こしています。近年の地政学的な緊張の高まりと、世界金融危機、パンデミック、ウクライナ戦争という一連の衝撃と相まって、経済のグローバル化はリスクだという見方が出てきています。各国は自立を目指すべきで、相互依存はせいぜい小さな仲間内だけにとどめるべきだという考えです。また、コロナ禍とウクライナ危機は、特定国に生産拠点が集中していることによる調達難のリスクも浮き彫りにしました。
しかしこれらの危機は同時に、国際貿易が社会と経済にとっていかにショックを軽減する役割を担っているかということも明らかにしました。貿易と多国間サプライチェーンは、新型コロナウイルスワクチンやその他の医療用品の増産やアクセスを可能にし、ウクライナ危機による経済的影響も緩和しました。ロックダウン(都市封鎖)後は、開かれた国際市場があったことによって、各国は互いの需要をうまく利用し、経済回復することができたのです。
デカップリング(切り離し)と反グローバル化は、世界に莫大なコストと混乱を招きます。WTOのエコノミストの推計によると、世界経済が二つのブロックに分断された場合、世界の実質GDPは少なくとも5%減少します。
リ・グローバリゼーション
つまり必要なのは、グローバル化から取り残された国や地域をも国際経済の主流に取り込むことによって、分散された、より多角的なグローバル・サプライチェーンを構築することです。これは、戦略的ライバルによって戦略的な利用がしにくくなる強大で強靭な供給網でもあります。WTOではこれを「リ・グローバリゼーション(新たなグローバル化)」と呼んでいます。
1970~80年代に日本企業は東アジア地域の一部を国際化しました。国内の生産コスト上昇などを背景に、日本企業は生産拠点を東アジア諸国に分散し、安価な熟練労働力を利用しました。しかし、これは東アジア諸国を工業化し、国民所得を向上させ、新しい市場を開拓することにつながったのです。東アジアへの日本の直接投資は急増し、1977年には米国を上回りました。
リスクに強いサプライチェーン
振り返ってみると、欧米メディアが「Japan Incorporated」と呼んだ、海外市場に向かった動きは、皆にとって有益なものでした。開発途上国では、雇用の拡大、学習機会の増加、貿易と生産量の発展につながり、日本企業にとっては、生産コストの低下や自然災害リスクの分散につながりました。そして日本全体にとっては、市場が拡大し、国内では生産性の高い活動に特化できるようになり、生活水準の向上につながりました。
この先例は、今日これまでになく重要です。気候変動や地政学的な危機に強いサプライチェーンを作るための「リ・グローバリゼーション」を実現するためには、アフリカ、ラテンアメリカ、アジアの取り残された国や地域、特に中小企業を、国際生産ネットワークに取り込むことが必要です。言い換えれば、日本が数十年前に香港やマレーシア、韓国などを助けたように、私たちは同じようなことをこれらの国々に対して行う必要があるのです。
今日の世界情勢のなかで、多国間フォーラムはこれまで以上に必要とされています。多くの国は、どちらの超大国につくべきかといった選択などしたくないのです。そのような分断を避けるためには、強靭な多国間貿易システムが重要です。WTOで日本は主導的な役割を担っていています。「チームジャパン」は、オープンでルールに基づき、公正で安定した多国間貿易システムの維持において非常に強固であるということを知っていただきたいと思います。
※セミナーは英語で行われました。
パネルディスカッションとQ&Aセッションより
講演に続き行われたパネルディスカッションでは、石井理事がモデレーターを務め、オコンジョ=イウェアラ氏、藤井総長、飯田院長が登壇し、経済のリ・グローバリゼーションやサプライチェーンの多様化、そして大学の役割などについて意見を交わしました。
オコンジョ=イウェアラ氏は、大学は政策について客観的な分析や研究を行う重要な役目があると指摘しました。またAIや量子コンピューターといった新しい技術が正しく使われるための管理や規制について考える役割も担っていると話しました。
飯田院長は、多くの刺激やインスピレーションを得ることができ、より広い世界を経験できる最初の場が大学だと述べました。
藤井総長は、世界情勢が変化するなかでも、大学はアカデミアとして、さまざまな国の大学や学生と交流し良好な関係を築くことができると語りました。また、東京大学では学生の起業を重視し、社会起業家活動を後押ししていることも紹介しました。
最後に設けられたQ&Aセッションでは、「デカップリング」と「デリスキング(リスク低減)」、経済安全保障の重要性、経済のグローバル化などに関する質問が学生から寄せられました。デカップリングについてオコンジョ=イウェアラ氏は、世界が別々の貿易圏に分断されることは、世界経済にマイナスだと指摘しました。多くの企業はサプライチェーンを分散させるなどのリスクの低減に取り組んできましたが、供給網に入っていない国々も含めることによって、さらに多様化を目指す必要があると話し、WTOが提唱するリ・グローバリゼーションの重要性を再度強調しました。