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データから変化の兆候を捉えてレジリエントな社会へ デジタルオブザーバトリ研究推進機構とは?

2023年4月、総長室総括委員会の下に新しい機構が設置されました。データ観測をレジリエントな社会に役立てることを目指して設置された全学組織です。機構長と副機構長の両先生に、デジタルオブザーバトリとは何なのか、何を観測するのか、観測した後はどうしたいのかなど、紹介していただきました。

機構長 喜連川 優,副機構長 豊田正史

日本全体に資するデータ観測を

昨今、ものづくりの世界では、ロシアのウクライナ侵攻の影響でサプライチェーンが混乱しています。チェーンが切れると当然製品は作れません。どこから部品等を調達し、何を作り、どこに売るか。産業の複雑なエコシステムの全貌をデジタルの力で観測して明らかにすれば日本全体に資するはず。以前からそう考えていたと語るのは、機構長の喜連川優先生です。「昨春、データ研究を通じて昔から交流がある日立の小島啓二社長と話す機会がありました。提言に主眼を置くだけでなく、もっと手を動かせる組織もほしいという話を受け、構想が一気に動き出したんです」

データをオブザーブ(観測)することで、リスクが発生しても産業力を落とさぬようにしたいという思いが、機構の発足につながりました。観測の対象は、政府や自治体や企業等から出る各種の統計データ、実世界の各所に備えられたセンサーが取得する数値データ、SNSで日々飛び交う膨大なテキストデータまで、多種多様かつ大量です。

情報学の研究者だけでは無理だと考えた喜連川先生は、法学、農学、経済学など、多分野の研究者に声をかけました。「たとえば総合文化研究科の阪本拓人先生は、世界の紛争リスクを示す地図を研究しています。紛争地域に依存する材料の供給が止まると早めにわかれば、企業は何らかの対応が取れるはず。西側諸国がロシアに課した規制がどれくらい有効なのか、たとえば経済学の知見を入れて議論すれば、次の行動に結びつけることができるはずです」

気候変動の問題も重要です。生研で気象データを収集してきた活動が元となって今年4月に発足した学際融合研究施設・地球環境データコモンズのデータを使えば、今後の気候変動を予測できます。「温暖化が進むと作物の分布が変わり世界経済に影響を及ぼします。情勢が大きく急激に変わる時代ですが、そうした変化の影響を受けにくいレジリエントな社会にしたいんです」

そのためには変化の兆しを捉える目を増やして観測する機能が必要です。変化が大きな世界でデジタル観測の役割が増すことを見据えて生まれたのがこの機構。膨大なデータをしっかり観測していれば、大きな人間活動、自然災害、気候変動などの兆候は何かしら見えてくるはずです。

まずはものづくりのデータから

とはいえ、世界の全てのデータを集められるわけではありません。日立との協働なのでまずはものづくりに関わるデータに注目すると語るのは、副機構長の豊田正史先生。なかでも代表的なのが、産業ごとのモノとカネの動きをまとめた産業連関表で、豊田先生は国家間の産業連関表を視覚的に分析できるツールを開発しています。「たとえば、圧延アルミに関する産業連関表を可視化すると、日本が中国、オーストラリア、ロシアに依存していることが見えてきます(右上図)。重要なチョークポイントを的確に目ざとく捉えることは、産業のレジリエンスにつながるのではないでしょうか」

一方で、大学として進めるべき分野もあると機構長は話します。たとえばそれはESGやSDGs、そしてDEI。たとえば国立大学82校でどんな障害をもった研究者がどこに何人いるのかすら、まだ正確には捕捉できていないそうです。「これでは障害がある学生が研究者としてのキャリアパスを描けません。バリアフリー推進室長を務める先端研の熊谷晋一郎先生とともに、関連データを集めることから始めます」

「オブザーバトリ」(観測所)の名を戴く機構ですが、役割は観測するだけではありません。機構長は、データを集め、分析し、次に取るべきアクションを探ることこそを大きなミッションと位置付けています。「ただ、ロシアのウクライナ侵攻は2年前には誰も予想できなかったはず。現時点で何か細かく決めても詮無いことです。想定外のことが起きた際に機敏に対応して動けるような体制を作り上げたいと思います」

◉デジタルオブザーバトリ基盤に関する研究グループ

組織間データ共有・活用を促進するプラットフォーム構築日立製作所
多様な社会活動を観測可能にする基盤技術豊田正史(生産技術研究所)ほか

◉デジタルオブザーバトリ利活用に関する研究グループ

社会活動データ分析チーム川崎昭如(未来ビジョン研究センター)、豊田正史
食料サプライチェーン分析チーム中嶋康博(農学生命科学研究科)、二宮正士(同)、齋藤勝宏(同)
多メディア分析チーム宮尾祐介(情報理工学系研究科)、吉永直樹(生産技術研究所)、黒橋禎夫(国立情報学研究所)
グローバル社会構造ネットワーク分析チーム阪本拓人(総合文化研究科)
法学政治学チーム宍戸常寿(法学政治学研究科)、森肇志(同)、伊藤一頼(同)
経済学チーム渡辺哲也(公共政策大学院)、立本博文(筑波大学)
金融・セキュリティ分析チーム山口利恵(情報理工学系研究科)
ダイバーシティ・インクルージョン研究チーム熊谷晋一郎(先端科学技術研究センター)
連携機関:経済産業省、農林水産省、他関連省庁