第1160回淡青評論

七徳堂鬼瓦

書を携えて、「現場」へ出よう

専門は何かと聞かれたら、「教育哲学、具体的には臨床現象学」と答える。臨床現象学とは、「現場」で出会ったできごとや、「現場」の「当事者」へのインタビューについて、現象学のスタンスで考察する学問である。こうした研究の一環として、現在、二つのプロジェクトを運営している。KYOSS(教育学部セイファー・スぺ―ス)と、東京大学相馬プロジェクト改め浜通りプロジェクトである。

2022年4月、赤門総合研究棟の2階に、教育学部のオールジェンダートイレが完成した。その横に、学生たちの意見を採り入れた、誰でもいつでも使えるKYOSSラウンジを作り、複数の学部の学生と共にコミュニティも立ち上げた。学生たちが決めたコンセプトは、「みんなで、ゆるく」。学外の方々とも交流しながら、読書会、料理を作って食べる会、多年度留年生や社会人学生の会など、様々な活動を展開している。複数のラウンジ利用者から、「体調を壊したときに休憩できる場所ができて嬉しい」という声が届いた。これからも大学内でみんなにとって居心地の良い場とコミュニティづくりを模索していきたい。

もう一つのプロジェクトでは、2018年から福島県相馬市の中高生への、2023年からはいわき市で避難を続けている双葉町の小中学生への学習支援を行っている。12年経った今も被災の続く地域で生きるとはどういうことか、現地のみなさんから教わり続けている。旅費の捻出に毎回苦しむが、「また絶対来てくださいね」という子どもたちの声や、「学生が来てくれたあとはしばらく子どもたちのやる気が続く」という先生方の声に励まされながら続けている。学部や大学の垣根を超えたプロジェクトメンバーは、それぞれの知見を活かして子どもたちと交流している。

「現場」でなければ分からない現実がある。他方、大学で研究するからこそ紡ぎ出し、届けられる知恵や言葉もある。「書を捨てよ、町へ出よう」と言ったのは寺山修二だが、研究室と「現場」を往来する私はこう言いたい。「書を携えて、現場へ出よう」。

大塚 類
(教育学研究科)

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数種類のソファ、小上がりの場所、ホワイトボードなどがあるKYOSSラウンジ
教室で机をコの字型に並べて座る子供5名と両脇に立つ先生2名。1人の子の冊子を見ている様子
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