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第60回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

教育DXにより教養教育の質的転換を図る

/教養教育高度化機構(KOMEX)に新設されたEX部門の5人のリーダーズに聞く

若杉 今年度、初年次教育部門とアクティブラーニング部門と自然科学教育高度化部門を統合してEX(Educational Transformation)部門ができました。教育DX(Digital Transformation)を活用した教養教育の質的転換を目指します。初年次ゼミナールの運営、アクティブラーニング(AL)の普及促進、自然科学分野のEarly Exposure(早期体験)などの取り組みを続けながら、先端技術を教養教育で活用するための検討も行います。

不確実な未来に対応できる人を

岡田 昨今、世界的潮流として、不確実な未来に対応できる若者の育成が教育に求められています。従来もALや初年次教育に注力してきましたが、部門統合でそれをより推進しようというわけです。

若杉 今後の検討事項としては、中高生との橋渡し(高大接続)があります。初年次ゼミ運営のノウハウを活かせるはずです。1・2年生と学部・大学院・卒業生との橋渡しも進めたいですね。

鹿島 大学進学時のマインドセットの切り替えは世界共通の課題です。私は高校生や東大の1年生に接してきて、かなり個別の違いが大きいと感じた経験から、自分が担当する少人数制実験授業では「個別最適」を心がけています。特に序盤に個別指導をがんばると、後で学生のパフォーマンスが違ってくると感じます。

宮島 初年次ゼミの基本的なスタイルは、学生が主体的に学ぶALです。素材や機会を提供し、おいてけぼりになる学生が出ないよう導くのが教員の役割だと思います。初年次ゼミ理科の教科書『科学の技法』(東大出版会、2017年)を改訂するため、いくつか授業を見学しましたが、学生の表現力は以前より格段に上がっています。コロナ禍を経たせいかICT機器に習熟した学生も多いように感じます。

中澤 初年次ゼミナールでは、第一希望の授業を受けられない学生が学習意欲を落としがちですが、ALの手法を活用すると、やる気に差があっても周りが引き上げてくれるケースが少なくありません。

岡田 ○○学とはこういうものだという思い込みが的外れだったとか、知らない分野だったが授業を受けたら面白かったという例も多々。教員との会話から活路が開ける場合もあり、面談が不可欠です。

中澤 生成AIに関しては、9月に教員向けワークショップを行いました。

鹿島 私の授業では、「寺田寅彦的思考」とは何かを記すレポートを授業中に書かせていました。人力では非常に時間がかかりますが、生成AIならほんの数秒。プロンプト次第で多様な論点が示されるので、最近はそれを元に議論しています。

生成AIは答に至るためのツール

中澤 私はグループディスカッションの際、ChatGPTを一つのグループとみなして同じテーマを与え、出てきた内容を共有します。学生は自分のグループでは出てこなかった視点も得られ、それを踏まえて議論が深まります。ChatGPTは、答を得るためではなく、答を考える材料を得るためのツールだと思います。

岡田 私は、学生が使ったプロンプト、ChatGPTの出力内容、それに返したコメントまで、やりとりをすべて提出させました。これならコピペにも気づけます。

中澤 教員がプロセスを把握できれば、不正利用を防げるし、どんなアドバイスがよいかも考えやすいんです。やりとり全部を確認するには手間がかかるので、優秀なTAの養成が重要になるでしょう。

若杉 来年3月のシンポジウムでは、そうした生成AIの活用についても話し合う予定です。主体性やグループワークが重要なのは、教養教育も我々EX部門も同じ。全部で24人いる教員で主体的なグループワークを重ねたいと思います。

EX部門の5人のリーダーたち 宮島 謙 特任准教授,岡田晃枝 特任准教授,若杉桂輔 EX部門長 教授,鹿島 勲 特任准教授,中澤明子 特任准教授
KALSにて
EX部門のロゴ
↑できたてほやほやのEX部門のロゴ。「3部門を統合してできたことと、若いフレッシュな芽のようにどんどん上に伸びることをイメージしました」(若杉先生)
円卓に座ってパソコンのモニターを見ている参加者と四方のプロジェクターから映し出された「ワーク:授業デザイン実践②」の映像
9月8日にKALSで開催された駒場アクティブラーニングワークショップ「アクティブラーニングで生成AIを活用する」では、教員有志14名が生成AIの活用事例を学び、意見交換を行いました

KALS=駒場アクティブラーニングスタジオ

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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ぶらり構内ショップの旅第19回

フォトスタジオ新光社@本郷キャンパスの巻

自然な表情を引き出す写真館

昭和26年に本郷キャンパスで開業した「東大本郷の森のフォトスタジオ新光社」は「学術写真の老舗」としてスライド作成、コピー無き時代の文献複写等で、先生方の学術研究をお手伝いしてきました。デジタル化で写真が低迷した現在は、スタジオ撮影や出張撮影に力を入れ、学生や教職員の需要に応えています。

佐々木克也さん
新光社店長の佐々木克也さん

卒業式や学位記授与式当日には、記念写真を撮ろうと多くの学生やその家族が法文2号館地下1階にあるスタジオに来店します。そのほとんどの人が注文するのが、大学名が入った高級レザー台紙で作る卒業記念写真(¥8000~;普通台紙は¥6000~)。1ポーズにつき10~20枚撮影し、その中からベストな写真を選んで作成してくれます。事前予約は必須。予約開始日はホームページでお知らせされるので確認してみてください。

また、就職活動が開始する時期になると、需要が増えるのが証明写真の撮影です。コロナ禍前には、毎日4、5人の学生が履歴書用の証明写真を撮りに来店してました。写真10枚にプリント用データとWeb用切り抜きデータがセットで¥4500。心掛けているのは「ぱっと見て、人となりが分かるような写真」だと話すのは、本郷で撮影と営業を20年以上担当してきた店長の佐々木克也さん。学生たちの「自然な表情」を引き出すための佐々木さん独自の方法があるとか。10年ほど採用面接を担当していた経験もあり、面接官に良い印象を与えられる撮影も心がけているそう。

他にもホームページ用のポートレート写真、最終講義や同窓会などの出張撮影やビデオ撮影、学術写真の経験を生かしたフィルム・写真のデジタル化、名刺作成や印刷などの依頼も受け付けています。「これからもお客様の自然な表情を撮影していきますので、皆様のご来店をお待ちしております」

金色で「東京大学卒業記念」と書かれた2種類の台紙。左がクリーム色の台紙、右がレザー調の濃い茶色の台紙
卒業記念写真は普通台紙(左)と高級台紙(右)の2種類から選べます。
営業時間
平日11時~17時(13時~14時は昼休み)
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#We Change Now

第4回
男女共同参画室通信

「無意識のバイアス」確認シート

前回のコラムでご紹介しました2023年度ジェンダー・エクイティ研修「誰にでもある思い込みと向き合う」は受講していただけましたでしょうか?さまざまなご意見やご感想をいただき、ありがとうございました。すでに来年度の研修に向けて動き始めているので、今年度の研修でいただいた声を生かし、よりよい研修となるよう努めたいと思います。

さて、ジェンダー・エクイティ研修では、私たち個人ができることとして「自分にある思い込みに気づき、それをふまえ行動を変えていくこと」と紹介しました。その中でも人事評価の時にあらわれる思い込みに気づくために、男女共同参画室では2022年度末に「人事選考のための「無意識のバイアス」確認シート」を作成し、各部局に配布しました。確認シートは#WeChangeのウェブサイトからもPDFでダウンロードできますので、ぜひご活用ください。

「人事選考のための「無意識のバイアス」確認シート 東京大学男女共同参画室」と書かれたリーフレット
確認シートは英語版もあります

こちらの確認シートは、「無意識のバイアス―Unconscious Bias ―を知っていますか?」リーフレット(男女共同参画学協会連絡会(以下、「学協会連絡会」)を補助資料として一緒に読んでいただくことをおすすめしています(https://www.djrenrakukai.org/unconsciousbias/index.html)。学協会連絡会は自然科学系分野の男女共同参画を推進するために設立されました。同リーフレットは長年本学で教鞭をとられた大坪久子先生が中心となって作成されました。無意識のバイアスについて早くから注目し、女性科学者の活躍に多大な貢献をされた大坪先生は、本年7月30日ご永眠されました。ご冥福をお祈りするとともに今後も先生のご遺志を引き継いでいければと思います。

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第210回

本部安全衛生課
保健・健康推進チーム
古屋慎一郎

患者じゃなくても医師と話せる仕事

古屋慎一郎
「お大事になさってください」の心をこめて

本郷の保健センターにて、予算・決算や消耗品等の発注、研究費管理を含む会計業務全般に加えて窓口業務を行うことが私のお仕事です。

事務職として生活していますので、今までお医者様とお話できるのは自分が診察を受ける数分の間だけでしたが、保健センターで仕事をしていると医師の先生と世間話をしてしまったり、保健師、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、歯科衛生士などの医療職の方々とも、自分の身体ではない話で一緒に考えたり悩んだり相談することが仕事となり、ふと通勤電車の帰り道などで本当に特権だなと感じています。

窓口には、たくさんの外国の方がくるのですが、先日窓口対応の際に、昨年から勉強している韓国語と、できない英語が頭の中で混乱し、明らかに英語圏の方に、「예(イェー:韓国語で「はい」の意味)」などと答えてしまいました。勉強しているからと言ってまったく話せない韓国語と混乱する自分の図々しさに感動さえ覚えた瞬間でした。

テーブルの上に並んだ韓国風のかき氷、ドーナツ、コーヒー 新大久保駅の改札前
店先のベンチに座ってアイスクリームや飲み物を持っている3人。中央は古屋氏 テーブルの上に並んだカクテキ、豆腐、ナムル、サラダ、キムチ
毎週、新大久保に留学しています
得意ワザ:
困るときの方が多いかもですが「忘れる力」
自分の性格:
傷つきやすく図々しい性格
次回執筆者のご指名:
前田美貴子さん
次回執筆者との関係:
約10年間同じ部局で勤務
次回執筆者の紹介:
完璧すぎない気遣いが魅力です
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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第27回
公共政策学教育部
専門職学位課程1年
宮岡優太

「学び」でつながるコミュニティづくり

和歌山県紀の川市担当チームでは、「打田駅前エリアにおける空き家の利活用を通じたコミュニティの創出と関係人口の拡大」という課題に、学生5名で取り組んでいます。活動に際しては、市や県の方々に加え地域の方々、地域創生に取り組む企業の皆様にサポートしていただいています。

紀の川市は県北部に位置し、大阪へは電車でのアクセスが可能です。また春は桃、秋は柿など1年を通してフルーツ栽培が盛んで、重要文化財の粉河寺も立地する歴史あるまちです。近年は子育て世代向けの施策を打ち出すも、市全体では人口減少が続いています。一方で人口が漸増しているはずの打田駅前エリアでも、人通りがほとんど見られず賑わいを失っています。そこで今回のFSでは、地域内の人のつながりを創出することを目的に、打田駅前の空き家を拠点として、地域の人が集いたくなるイベントを開催することを目標としています。

古民家の梁から伸ばしたコードの電球に様々な色の丸型の提灯をかぶせている2人
地域の祭りをお手伝い 古民家を飾り付け

夏休み中には、2度紀の川市を訪問しました。1度目の訪問は地域おこし協力隊制度を利用し、地域の魅力を理解することを目的に、学生によっては1週間程度滞在しました。市の特産物を取り揃えた直売所などを訪問し、紀の川市の歴史や特色ある産業について学び、地域おこしの拠点となる古民家での活動も行いました。2度目の訪問は、9月下旬に行いました。ここでは、チームとして行うイベントについてディスカッションを行いました。また和歌山大学の学生と共に紀の川市内を巡り、市の魅力や地域おこし活動の課題について話し合いました。

担当チームでは「学び」をテーマに、地域の小学生から、生涯学習に関心のある大人世代までをターゲットとしたイベントを企画・運営することを目標としています。テーマについては、学ぶことの意義や楽しさを伝えることが東大生に最も期待されるであろうこと、市の方が家庭ごとの教育格差が目立つようになったとおっしゃったことをきっかけに決定しました。ご協力いただく皆様への感謝を忘れずに、地域の方々が自然と集まりたくなる拠点づくりができるよう、全力で地域に向き合います。

※メンバーはほかに本田柊稀(理二1年)、緒方佑太朗(理一2年)、中間悠介(文一2年)、太田創(建築3年)

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インタープリターズ・バイブル第195回

理学系研究科准教授
科学技術コミュニケーション部門
鳥居寛之

AI倫理と知の中央集権

ChatGPTをはじめとする生成AIの飛躍的な進化は世界に大きな衝撃を与えた。人類の知的活動を支える言語を巧みに操り、対話相手が生身の人間でなく機械であることの判別すら困難なレベルに到達している。ネット上の膨大な言語データを学習し、数千億ものパラメータを自動的に調整することで、様々な分野の問いかけに流暢に返答するだけでなく、文章の要約や翻訳、さらには絵画などの創作まで可能になった。

もともとヒトの脳神経の結合を模したニューラルネットワークモデルは半世紀以上前に提唱されていたものの、近年急速に発展したのはビッグデータとコンピュータ能力の飛躍的な進展に依るところが大きい。パラメータの桁数を増やすことで、劇的に賢くなったという。こうした生成AIがやっていることは、本質的には次の単語を予測するという単純なタスクに過ぎないのだが、それだけでなぜ様々な創発的能力を獲得したのか、誰にもまだわからない。翻って、人間の知能そのものが未解明なわけだが、人類の思考や文化的活動が押し並べて言語を基盤として成立しているということか、あるいは脳の認知機能の延長線上に言語が存在するということか。AIの進化が、人間とは何かという根源的な問題にヒントを与えてくれると期待したい。

鉄腕アトムやドラえもんなど、ロボットと人との共生を題材にした漫画に親しんできたからか、あるいは便利だからいいという実利主義からか、日本ではAIに好意的な受け止めが多い一方で、欧米からは、キリスト教的世界観に基づく嫌悪感も手伝ってか、AIの脅威に様々な懸念の声や規制の必要性が訴えられている。ただ、AI利用に関して著作権の問題や、ハルシネーションに代表される誤情報に対する倫理的問題が、人類が新たに向き合うべき課題であることは間違いない。

また、生成AIの開発には巨額の投資が必要で、世界的巨大企業が覇権を握る構図となっている。同じくフェイク情報の問題が深刻になっているSNSにおいても、世界中の億万の民が使うサービスが急激な変容を見せている。人員整理で情報の質を守る対策がおろそかになっただけでなく、科学者には無料で提供されていたデータが高額になり、Twitter (X) を利用した情報・社会科学の研究が困難になったとの嘆きも聞く。巨万の富を手にした一個人が世界の情報の流れを牛耳っていいのかという疑問とともに、知識の中央集権化に対する懸念は、人間とAIとの対峙という前に、人間同士で考えるべき喫緊の課題と言えるだろう。

科学技術インタープリター養成プログラム

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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第49回

本部渉外課戦略チーム右田美奈

想いをのせた寄付者銘板

みなさんは、安田講堂に「寄付者銘板」が掲示されていることをご存じですか?東大基金では、ご寄付に対する感謝のしるしとして、寄付者のお名前を刻んだ「寄付者銘板」を作成し、安田講堂に掲示しています。その数およそ5,700名分!私は、4月から現部署で銘板作成に携わるまで、安田講堂に銘板が掲示されていることも、そもそも銘板が何たるかもまったく知りませんでした。

東大基金では寄付額に基づき称号が付与されますが、銘板は、貢献会員(寄付額30万円~)以上の方を対象として作成しており、称号により色・大きさなどの仕様が異なります。この寄付額は「累計」でのカウントとなるため、一度の大きな金額の寄付でなくても、寄付を積み重ねて作成対象となったり、ランクアップしたりすることも可能です。

銘板の作成に携わっていると、一口に「寄付」といっても、そこにはさまざまな想いを持った寄付者がいらっしゃることを感じます。こつこつと何年もご寄付を続けてくださっている方、母校や後輩のために支援してくださる卒業生、お子様が入学・卒業された保護者の方、亡くなったご家族の大切なご遺産を寄付してくださるご遺族の方、本学の多様な事業を支えてくださっている法人や団体…こうした皆さまの想いが寄付という形でつながり、本学の日々の教育・研究が支えられていることを改めて実感し、身の引き締まる思いになります。

先日開催されたホームカミングデイでは、銘板を自由にご覧いただく機会として銘板見学会を実施しました。350名近くの方が来場され、ご自身やご家族の名前が刻まれた銘板を見つけて喜んでいらっしゃる姿、銘板とともに記念撮影をされている姿、銘板を見ながら思い出話に花を咲かせていらっしゃる姿があちこちで見られました。皆さんもぜひ、機会があれば安田講堂の銘板をご覧になってみてください。銘板に刻まれた方々がどのような想いを持って寄付してくださったのか、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

カーブしている廊下に掲示された銘板をスマートフォンのカメラで収めたり歩いたりしている見学者
ホームカミングデイでの銘板見学の様子
寄付者銘板の詳細はこちら↓から
「銘板 in 安田講堂」のWebページのQRコード

東京大学基金事務局(本部渉外課)
kikin.adm@gs.mail.u-tokyo.ac.jp