11月30日~12月1日、現代が直面する課題と未来の人類社会のあり方について話し合う「東京フォーラム 2023 Shaping the Future」が開催されました。5回目となる今年のテーマは、社会的分断とデジタル革命の時代における人間性の再興。国内外から30人以上の識者と学生が安田講堂とオンライン空間に集い、議論を展開しました。全部で10を数えたプログラムから、2日目の学長セッション「デジタル革命の時代における大学の役割」で展開されたディスカッションの模様を抄録で紹介します。
初日には、藤井輝夫総長①と韓国SKグループのチェ・テウォン会長②による開会挨拶に続き、チュラロンコン大学のスリチャイ・ワンゲオ名誉教授③、カリフォルニア大学バークレー校のアリソン・ゴプニック卓越教授④、藤原帰一名誉教授⑤の3人が基調講演。続いてプレナリートークセッション⑥、ビジネスリーダーセッション「日本と韓国の連携によるグローバル経済の新地平ー起業家マインドを共にはぐくむー」⑦を行いました。2日目には「ロボットが投げかける問い ー 人間性とは何か?」⑧、ユースセッション「現役東大生×韓国の学生」⑨、学長セッション、そして「社会的分断への架橋:グローバルコモンズ保全と人間性の再興」に続いて、総括セッション「未来を俯瞰する:社会的分断とデジタルトランスフォーメーションの中で」⑩を実施。最後に藤井総長と崔鍾賢学術院のパク・イングク院長⑪が閉会挨拶を述べました。総合司会はNHKアナウンサーの山本美希さんが担当しました。
AIを使いこなすための能力とは
藤井 学長セッションのテーマは、デジタルトランスフォーメーション(DX)の時代における大学の役割です。DXは我々の日常生活においても拡大、進展を続けています。また、AIおよびデータ主導型のアプローチが、最近では科学研究の世界にも入り込んできています。こういった状況を踏まえ、教育、研究、そして全般的な大学の役割について4名の総長・学長に伺います。
ユ AI(人工知能)に関連して、三つの能力が学生に不可欠になってきていると思います。一つ目は、いかにAIを使いこなすかという能力。二つ目は、効果的な質問をする能力です。質問の仕方によって、AIが生成する回答は違ってきます。つまりプロンプト・エンジニアリングと呼ばれる能力を身につけることができれば、AIとのコミュニケーションが上手く取れることになり、AIをコラボレーションのツールとして使えるようになります。三つ目は、さまざまな領域の知識を文脈的に理解し、それを問題解決のために使う能力です。ただ単に事実を収集し、情報を収集し、それを記憶するといった能力というのは以前ほど重要ではなくなってきています。情報が必要であればAIが提供してくれるからです。その情報を知恵に変えていくための力が重要です。我々の大学でもAIを一般教養のカリキュラムに組み込んでいます。
ジェンダーバイアス増強の懸念
髙橋 日本の高等教育における課題の一つがジェンダーギャップです。AIを考える際、それを忘れてはいけません。学部での女子学生比率は男子学生よりもいまだに10ポイント低いという状態です。院生になると、さらにその格差は拡がり、講師、准教授、教授とどんどんギャップが大きくなります。これが日本の大学における現状です。学長では女性は13.9%、男性が86.1%。この状況を変えなければなりません。若い世代はこの状況を見ています。このジェンダーギャップが、日本の社会、学問、学術界において最も切迫した問題だと思います。ジェンダーの役割や無意識のバイアスはデータの中に潜んでいるので、AIが導入されることでこういった傾向がさらに増強するのではないかと懸念しています。
マルワラ AIリテラシーはとても重要だと考えていますが、同時に学際的なアプローチを教育に導入する必要があると思います。化学、工学を専攻している人たちは人文社会科学の科目も履修する。その逆もまたしかり、ということが必要です。そして事実を確認する能力がとても重要です。ChatGPTでテストをしてみましたが、簡単に確認できるような事実に関しても、私が知っている人についての質問についても不正確な答えが返ってきました。この不正確な情報に対応するために、どうすべきか。事実を検証するスキルを教えなければなりません。AIリテラシーに加えてデータリテラシーも教えなければなりません。
社会の変化についていく
キム 梨花女子大学校でのAIに関する取り組みを紹介します。2014年に学際的な専攻を作りました。ビッグデータアナリティクスという修士、博士号のコースです。ビッグデータを理解して、爆発的に増えるデータをいろいろな分野で活用していこうと考えました。また、データサイエンスの学部を作りました。そして今年、AI学部も設立しました。アルゴリズムを作る人から始まり、誰もがAIのユーザーになっていくので、このように全ての科、一つの学部だけでは不十分だということで学部まで作ったわけです。AIは様々な多岐にわたる影響があるので、一つの学部だけでは不十分だということです。社会で起きていることに、我々はなんとか追いつこうとしています。今、新しいテクノロジーが学外で出てきています。その一歩先を行くことはできないとしても、少なくとも遅れないようについていこうと努力しています。
ユ AIのテクノロジーによって格差が生まれる可能性があります。特に地域、あるいは性別などによる格差や分断の可能性です。AIの技術は、学習データに規定される、集約されるという性質があるからです。データに含まれているバイアス、つまり白人あるいは男性というのが顔認識においてもよく使われています。ChatGPTなどに関しても主に英語圏のデータを使って学習しているということです。誤った情報がリークされたり、著作権が侵害されたりといったリスクもあります。複数のテクノロジーや規制と組み合わせて対応していく必要があると思います。そして、より複雑な問題も発生してきています。例えば、違法なコンテンツの作成、特にDeepfakeなどです。個人レベルでそういったコンテンツを生成して共有するということが簡単にできるようになってきています。このような中で、情報の真正性を確認する能力というものが不可欠になってきています。AI倫理の教育も重要です。ソウル大学校では2019年にAI研究所を設立しました。そして研究所の中に、さらにセンターを設置し、学際的、法的、社会的な問題に関する研究を行っています。
髙橋 大学院への進学率の低さも指摘したいと思います。女性も男性もです。2018年、日本では人口100万人あたり550人くらいしか修士号を取得していません。博士号では100万人あたり120人です。我々は大学院に進学するように学生を後押ししていかなければなりません。日本の企業、自治体、国も修士号や博士号の価値をもっと評価していかなければなりません。DXの時代において、より広範な知識を持つことが求められています。より批判的に考える能力も必要です。また真実を見極める能力も求められます。DXに対応していくためには、より高位の学位を持つ人たちの数を社会の中で増やしていくことが必須だと考えています。
産業界との連携がカギ
マルワラ 大切なのは、大学と産業界の連携を強めることです。AIの専門家が大学を離れて、いわゆるビッグテックと呼ばれる北米の大企業に移動しています。民間部門の方が教育機関よりも給料が高いからかというと、必ずしもそうではありません。大学と産業界との関係をさらに強化しなければいけないということです。これは科学や技術の学部だけの話ではありません。産業界が必要としているスキルは、テクニカルなものだけではないからです。また、インターネットで見つけられるデータベースの50%は英語であるとも言われます。日本語は4%に過ぎません。これも大規模言語モデルの学習に影響を与えるわけで、こういった格差をどのように見ていくのかということを考えなくてはいけません。
大学は社会的責任を負う
キム 大学は社会の中で、意味のある重要な機関になっていかなければなりません。社会とコミュニケーションを図り、共同で研究をしていく。私たちの大学の周りに壁があるのですが、それを取り払ってボーダーレスな大学を作ろうとしています。物理的な構造も変え、新しい大学の使命に合うような形にしていきます。それから、大学はグローバルな社会的責任を負っています。奨学金制度を設置してグローバルサウスとの連携も深めていきます。
藤井 本当に興味深く、そして重要な点が数多く指摘されました。必要なのは新しい教育プログラムで、これを大学教育の中に取り込んでいかねばならないということです。そして、ジェンダーギャップ。様々なテクノロジーへの平等なアクセス。どうやって社会的な規範をシステムの中に取り込んでいくのか。倫理的、法的、社会的な課題に関して、それを行っていくということがとても重要だという指摘がありました。そして、不可欠なのが社会との協働です。そういった中でグローバルな責任を果たしていくということが我々大学に求められています。