創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。
東大生が中国の学生とともに調べて考える
/LAP(リベラルアーツ・プログラム)の日中学生研修プログラム
日中の学生が塩の世界を表現
白 私は2011年から日中間の学生研修プログラムに携わっています。東大生を中国に連れて行き、中国の学生を日本に呼び、現場に触れて考えるプログラムです。以前から心がけているのは対話の機会を増やすこと。教室で話すだけでなく、ともに何かを調べたり、街で同じ景色を見て議論することを意識しています。
コロナ禍を経て、今年度、現地での活動を再開しました。南京大学の学生10人+東大生10人で11月25~28日に高知へ行き、地元の塩杜氏・田野屋銀象さんをテーマにワークショップを実施しました。ご本人に取材し、工房を見学して、塩杜氏の世界観をどう表現するのがよいかを5つのチームごとに議論。海と塩は一体だとの思いを受け、海辺で発表会を行いました。塩は料理を引き立てるという見方を踏まえて映画の助演俳優賞のような賞を設定する案、カレンダーと塩を使うレシピを融合させる案など、様々なアイデアが飛び交いました。教室とは違う、激しい潮風と波音のなかでの発表が、参加者には意外でよかったようです。
朱 私は2014年に始まった交流プログラム「深思北京」を2016年から担当しています。当初は様々な業界の社会人の話を聞く形でしたが、教養学部と提携した中国人民大学の学生を加え、講師の話に出た題材について学生同士が討論を行う形に変更しました。2021年は「日中Z世代生活誌」、国交回復50周年の2022年には「日中民間交流の現場の声を聴く」というテーマを設定し、オンラインと対面を組み合わせて活動を行いました。
今回は、11月22~28日に東大生8人と北京に赴き、中国人民大学の学生16人とともに活動しました。もう一つの協力者は伝統演劇の社会人団体・北京戯曲評論学会。伝統的な中国と現代中国ではイメージに乖離がありますが、実は両者は繋がっています。重層的に交差する姿を学び、日中双方を冷静に捉える視点を養うため、シンクタンクやメディア、民間・国営の企業の人に話してもらいました。
北京の街のスローガンを観察
路上観察のワークショップも行いました。北京五輪の施設の現在を調べるなど、何か問題意識を持って街を歩く試みです。ある学生は街中の標語に注目しました。中国では日本よりも頻繁に標語が見られます。たとえば「向前一小歩、文明一大歩」(小用時の一歩は小さいが文明にとっては大きな歩み)や「節約用紙」(用紙=トイレットペーパー)、習近平政権下のレストランに貼られた食べ残し禁止の標語など、北京の街に当たり前に存在する標語の意味や背景を議論しました。
白 国際研修では欧米志向の学生が多く、ビジネス以外での中国への関心は低いです。2011年頃と今では少し状況が違い、中国の学生が日本の情報を多く得ている一方、東大生は中国に対する認識レベルが落ちています。研修を通じて双方のギャップを少しでも埋めたいのですが……。
朱 今回、私は北京側から「無口な学生が多かった」と言われて少し恥ずかしい思いをしました。残念ながら、語学力もコミュニケーション力もコロナ禍以前のほうが上だったように感じます。
白 国際交流が大事とは言いますが、東大全体でアジアへの興味を醸成する雰囲気が薄いことが学生の意識にも影響しているのではないかと疑いつつ、引き続き小さな一歩を積み重ねたいと思います。