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日本の大学として初めて東大が署名したDORA(The Declaration on Research Assessment)について、関わりの深い皆さんに聞きましたSignatory of DORA

2023年12月1日、東京大学は研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)に署名しました。日本の大学としては初めてとなった今回の署名。その背景、経緯、意義、展望などについて、DORAとも関わりが深いオープンアクセス推進の動きとともに、3人の先生に座談会形式で紹介していただきました。

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/actions/dora.html

DORAの学術機関向け勧告より
雇用、任期、昇進を決定する際に用いる判断基準が明示的であること、特にキャリアの初期段階にある研究者に対して、出版物の数量的指標やその論文が発表された雑誌がどのようなものであるかということよりも、論文の科学的内容の方がはるかに重要であることを、はっきりと強調すること。
坂井修一 副学長 附属図書館長,齊藤延人 理事・副学長,後藤由季子 薬学系研究科教授,座談会実施日:2023年12月22日

齊藤 これまで、雑誌ごとのインパクトファクター(JIF)という指標が研究者の人事選考の際に利用されることがありました。本来は業績自体を評価すべきであり、論文掲載誌の指標を人事評価に使うのはよくないというのがDORAの主旨です。私は3年前に前任の宮園理事からこの件を引き継ぎ、学内での検討を始めましたが、それ以前からDORAに関わっていたのが後藤先生です。

ある雑誌に掲載された論文が平均的にどれくらい引用されているかを示す雑誌ごとの指標。

歪な論文システムへの危機感

後藤 2018年、ハワード・ヒューズ医学研究所と米国細胞生物学会が主催した研究評価に関する会議に誘われて唯一の日本人として出たのが発端です。いかに現在の論文掲載のシステムが歪んでいるかという議論に参加したのを機に、DORA運営委員会のメンバーとなりました。日本がこの件で遅れているという危機感を覚え、帰国後に宮園理事に話したところ、学術研究懇談会(RU11)に働きかけてくれたんですが、署名には至りませんでした。そこで、まずは東大からという方針に転換したんです。

齊藤 生命科学ネットワークでの議論を経て検討ワーキンググループ(WG)を立ち上げました。この問題がまだ知られていなかったので、まず学内で問題意識を醸成することが大事だというのがWGの意見でした。次年度に立ち上げた検討委員会では、学術の多様性を守り発展させるには多元的な研究評価が求められ、DORA署名はその一環としてなされるべきだという結論でした。昨年4月に役員懇談会と科所長会議で検討内容を報告し、6月に科所長との意見交換会、8月には学内構成員と総長の対話集会を行いました。10月には学術推進支援室学術運営戦略部門会議で署名に際して示すメッセージ案を議論し、11月の役員会議での決定を経て、12月に署名しました。

後藤 JIFは私企業による一つの指標に過ぎず、信頼性の点、人為的操作の余地が残る点で懸念があります。分野間の偏りも問題で、たとえば日本語の媒体を主戦場にしている研究者には不向きです。DORAの真の意図は、歪んだ論文発表のシステムを正したいということ。論文発表は公的資金を受けて行った研究の成果を社会で共有するためのものですが、これが大手学術出版社によってコントロールされ、研究者は論文を出すにも読むにも多額のお金を払わされています。出版社の雑誌は購入して読むものですが、研究者にしてみれば論文掲載料(APC)を払うことで、自分の論文を無料で読んで引用してもらえるようになります。つまり二重にお金を取られるようになったのです。近年、APCが高騰し、たとえばネイチャー誌に掲載するのに100万円~150万円ほどかかります。論文を読む際にも出版社が高価な料金を設定しているため、研究機関の負担は膨大です。こうした状況を生んだのはJIFです。

大きな丸テーブルに3人が間隔を空けて座っている様子

OA化で鍵を握るのは図書館

齊藤 ほかの研究機関にもこの流れが広がることを期待しています。現在、どの大学でも学術雑誌の購読費高騰に悲鳴を上げています。さらに、近年は論文を誰でも無料で読めるオープンアクセス(OA)で発表するために投稿者側が金を払わないといけないという問題が加わっています。そこで重要な任を担うのが大学図書館です。

坂井 OA推進の動きは世界的に広がっています。昨年行われたG7の会議でも推進の方針が示されました。公的資金で支えられた研究成果の共有は当然です。OA化の方法としては、研究機関のリポジトリに登録して無料公開するグリーンOAと、出版社にAPCを払って無料で読めるようにするゴールドOAがあります。グリーンOAのメリットはお金がかからないことで、デメリットはパブリシティが低いこと。一方、ゴールドOAのメリットはパブリシティが高いことで、デメリットはお金がかかることです。機関リポジトリ(東京大学なら「UTokyo Repository」)で論文を公開するのは無料ですが、JIFがつかず、機関リポジトリに掲載した論文にたどりつく人は少ないという問題があります。ゴールドOAを行う出版社側は、専門家に論文を査読させたり、図を読みやすくする工夫を促すなどの編集業務を行っているとしており、その対価としてAPCの支払いを求めます。東大では複数の大手出版社とパッケージ契約をしています。論文掲載誌を読むための購読料と出版社側が行うOA化の編集業務の対価をセットにした契約です。そこを担い、OAの側面でDORAと関わるのが大学図書館です。機関リポジトリと出版社のせめぎあいがあり、図書館は両者に気を配る必要があります。たとえばGoogleで論文を検索した際、機関リポジトリ掲載の論文は上位に表示されません。JIFの高い雑誌を優先して調べたいという需要がある限り出版社のページランクは上がる。機関リポジトリへのアクセスが増えれば、大手出版社の雑誌に掲載する価値が下がり、APCを高く設定することはできなくなります。DORAは価値の序列を変更するきっかけになるかもしれません。

25年から即時OA化が義務に

齊藤 出版社と協調することが必要です。将来的にはグリーンOAに移行するのが理想ですが、現状ではゴールドOAを選ばざるを得ません。国の政策としてOAに舵が切られ、2025年以降に公募する公的な競争的資金による論文に即時OAが義務づけられました。ただ、まだ現場の研究者に十分には伝わっていません。

後藤 OAの義務化が進む欧米各国もほとんどはゴールドOAです。通常のグリーンOAだと査読がないのが問題。審査過程がないと研究者間で高い評価を得にくいのです。機関リポジトリに査読の仕組みが備わることが理想ですが……

齊藤 OA義務化に対応する検討組織が発足し、東大からは私が参加していますが、実際は出版社との価格交渉の問題になります。たとえば査読のノウハウは出版社にあり、大学側の体制は整っていない。出版社の力を借りるほかないのです。

査読を経た論文(著者最終稿)を機関リポジトリに登録する方法もグリーンOAに含まれます。

齊藤延人 理事・副学長

出版社との交渉に連合で臨む

坂井 東大は昨年1月から大手3社と転換契約を結びました。論文閲覧のために大学側が支払うパッケージ契約のなかに、論文のOA出版のための費用を含むものです。その結果、全学で1億円以上の節約になりました。従来は個々の研究者が高いAPCを払って論文をOA化する必要があり、それがネックでした。大学がまとめて支払う形であればOA化は進みます。しっかり交渉して不当なAPCの負担を避けないといけません。各大学図書館の職員が参加する大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)が出版社と交渉を行いますが、大学によって立場が違うので交渉は複雑になるでしょう。

後藤 ゴールドOAに際しては、査読を行う研究者に対価が払われるわけではないことを指摘しておきます。お金に加え、時間と労力の問題もあります。出版社の指示で研究者の時間が奪われ、要求される実験を行う若手の疲弊に繋がっています。論文を通そうと無理をしてひどいときには捏造すら起こる。商業誌への依存が減ればよくなることは多いと思います。

坂井 総合大学には学問の多様性が重要ですが、商業誌は世間受けする方向に流れがちです。お金だけの問題でもありません。流行する分野でお金がかかるのに加え、マイナーだが大学として重要な分野にお金が回らなくなる懸念があります。

齊藤 DORA署名の前後で変わることは実は特にありませんが、たとえば研究広報の際に「○○誌に載りました」と強調することは避けたほうがよいでしょう。

後藤 本文に雑誌名を記すのは当然ですが、見出しに雑誌名だけを記すのではよくないということ。中身重視の姿勢を東大が示していることを若い研究者に知ってもらいたいと思います。

坂井 JSTやJSPSのプレスリリースでも、記事の表題に雑誌名を入れるケースを目にします。東大の研究者が他機関と共同リリースを出すときにも注意が必要です。

後藤由季子 薬学系研究科教授

JIFも限定的な利用なら問題なし

後藤 たとえば自分の範囲外の分野だと、定量的な数字があれば楽な面もあります。多元的評価の一つとしてJIFを限定的に使うことは許容されると思います。

坂井 実験すればどちらが正しいか決められる分野もありますが、結論が出ないところで議論をする分野も当然あります。深い知見を求める心を強く持つしかない。非常に大変ですが、大学教授は研究の評価にかなりのパワーを使うものです。新しいことを言った人をきちんと評価することがより問われます。特にシニアの研究者がプライドをもって評価することが求められます。

後藤 理系でも、論文以外の側面、たとえば生データの価値が評価に繋がる面があります。生成AIではデータこそが大事。論文よりも元データを整備することが評価される時代が来る可能性もあります。

坂井 最近のサイエンスでは、0次データをまず保存してAIに読ませることから始めるアプローチが増えています。実は大手出版社はデータ主義のアプローチにも踏み込もうとしています。次はデータに関するDORAのような宣言が必要になるかもしれませんね。

坂井修一 副学長 附属図書館長
歌人としての顔も持つ坂井先生。研究評価に関するテーマで何か一首とお願いしてみたところ、右の歌をいただきました。昨年刊行された第12歌集の名は『塗中騒騒』(本阿弥書店)です。(広報課)
鷗外は学殖無きを憂へたり学殖は寒き数字にあらず
坂井修一
【註】「わたくしは学殖なきを憂ふる。常識なきを憂へない」森鷗外『伊澤蘭軒』
※右一首は広報課の求めに応じて為しし物なり。文学作品にあらず(坂井)

◉DORA署名関連の会議体

用語 解説
学術研究懇談会(RU11) 研究大学のコンソーシアム(参加校は北大、東北大、東大、早大、慶大、名大、京大、阪大、九大、筑波大、東工大)。2020年度に東大からの議題提案で検討を行ったが、署名には至らなかった。
生命科学ネットワーク 総長室総括委員会下の組織。16部局が参画。齊藤理事の依頼に基づきDORA署名について検討し、東大が署名することを提言。
研究評価に関するサンフランシスコ宣言への本学署名に関する検討ワーキンググループ 学術推進支援室学術運営戦略部門のもとに、2021年度に設置されたWG(座長:佐藤岩夫)
研究評価の在り方に関する検討委員会 学術推進支援室学術運営戦略部門のもとに、2022年度に設置された委員会(座長:岸利治)

◉DORA署名状況(2023年12月14日時点)

署名数
164
3,064機関
21,262個人
機関数 主な機関名
日本 17 東京大学、JST、理化学研究所、医薬基盤・健康・栄養研究所、東京大学定量生命科学研究所、量子科学技術研究開発機構、日本生化学会、生物科学学会連合
英国 268 University of Cambridge, University of Oxford, University College London, Francis Crick Institute, Institute of Cancer Research, Wellcome Sanger Institute
ドイツ 66 University of Stuttgart, DFG German Research Foundation
フランス 87 Sorbonne University, University of Burgundy, CNRS, Pasteur Institute
スイス 60 EPFL, ETH Zurich, University of Basel, Swiss National Science Foundation
米国 171 Howard Hughes Medical Institute, AAAS, Bill & Melinda Gates Foundation
中国 7 University of Nottingham Ningbo China, Chinese Mathematical Society

◉オープンアクセス(OA)用語解説

用語 解説
グリーンOA 研究者自らが自著論文を機関リポジトリなどに登録(セルフアーカイブ)し、無料で公開する方法。
ゴールドOA 論文出版料を支払うことで論文を無料で読めるようにする方法。
APC
(Article Processing Charge)
論文出版料、論文掲載料などと訳される。フルOA誌への論文掲載、ハイブリッドOA誌で論文をOA化する場合に著者が支払う。
フルOA誌 出版される論文のすべてがOAで公開される雑誌。
ハイブリッドOA誌 雑誌自体は有料で、著者がAPCを支払った論文のみOAとするオプションを備えた雑誌。購読料とAPCの二重取りの問題が指摘される。
転換契約 一般的には、論文の閲覧のために大学等が出版社に対して支払う費用を、論文出版のための費用(論文掲載料)へと段階的に転換させ、それによって論文のOA出版の拡大を目指す契約のことを指す。

◉出版社別の公表論文数とAPC支払推定額(2022年、上位10社)

順位 出版社名 公表論文数 OA論文数 APC支払推定額(円)
1 ELSEVIER 13,847 4,560 952,499,772
2 SPRINGER 9,647 2,509 790,338,240
3 JOHN WILEY & SONS 9,173 2,152 702,356,027
4 MDPI AG 7,174 7,166 2,130,602,032
5 TAYLOR & FRANCIS INC 3,005 678 210,746,523
6 AMER CHEMICAL SOC 2,796 256 90,129,122
7 OXFORD UNIV PRESS 2,694 1,102 238,419,192
8 NATURE PUBLISHING GROUP 2,504 2,402 902,421,484
9 FRONTIERS MEDIA SA 2,175 2,169 896,242,848
10 BIOMED CENTRAL LTD 1,990 1,982 682,031,302
その他 30,083 16,675 2,752,681,002
合計 85,088 41,651 10,348,467,544
国内機関所属の著者が責任著者となった論文のAPC支払推定額は、2012年は約12.5億円でしたが、2022年には約103.5億円に。国内からの公表論文数は上位10社で約65%を占め、APC支払推定額は上位10社で約73%を占めています。
※大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)の論文公表実態調査報告2023年度より。
https://contents.nii.ac.jp/justice/documents
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自動化と生成AIと多様性がポイントに 2023年度 業務改革総長賞

12月20日、業務改革総長賞の表彰式が安田講堂で開催されました。選考された7課題(総長賞1、理事賞2、特別賞4)と、継続的に業務改善に取り組んできた1部局に対し、藤井輝夫総長と角田喜彦理事(業務改革担当)が表彰状と副賞を授与。受賞者によるプレゼンテーションが行われ、会場・ウェビナー参加を合わせて延べ約800名の教職員が受賞を祝うとともに、優れた業務改革のアイディアを共有しました。

総長賞 RPAを利用した近距離旅費自動計算から振込処理まで/
PADを利用した就労管理システム勤務表らくらくチェック

近距離業務ツール作成チーム/勤務表らくらくチェック作成チーム

総長賞受賞者の3人
代表して表彰を受ける(左から)和田房子さん、永岩修也さん、麻生邦仁子さん

取組内容

Excel VBAとPower Automate Desktopを組み合わせて近距離旅費の経路・費用検索、決裁用資料の押印までを自動化。同じくPower Automate Desktopを用いた勤務表の要確認箇所の自動チェックツールを作成し月末月初に集中する勤務時間管理員の負担軽減を実現。

評価ポイント

◉職員の多くが日常的に接する事務業務の改善であり、導入効果が非常に大きい。◉本来構築に一定の知識が求められるVBA構築をChatGPTの活用で実現しており、今後の大学業務における生成AI活用事例としても意義がある。

Robotic Process Automation Power Automate Desktop Visual Basic for Applications

理事賞 「体験活動プログラム」にかかる業務の持続可能なDX化

本部社会連携推進課体験活動推進チーム

理事賞受賞者の3人

取組内容

大量の申請書式により学生・職員双方に大きな負担となっていた応募手続きをMicrosoft FormsとPower Automateで簡略化。共通IDをキーにして各情報を紐づけることで反復した情報入力や手動転記による人的ミスを無くし、ChatGPTを用いてRPAに触れたことのない職員でもシステムに触れることができるマニュアルも整備した。

理事賞 日光植物園のD&I宣言 〜植物園全体の業務から私たちの「出来る」を見つける

理学系研究科附属植物園日光分園環境整備チーム

理事賞受賞者の5人

取組内容

植物園環境整備チーム(障害者雇用チーム)における「出来る」作業を一歩一歩着実に拡大。スタッフが常に改善へのアンテナを張り「こうだったらいいのに」という何気ない意見も即実行。作業の正確さ・丁寧さが認められていき、「守られるチーム」から「頼られるチーム」となることで障害者への固定観念を払拭した。

特別賞・優秀奨励賞

ITツール利活用促進事業(全学教職員・ITツール利活用コミュニティ)ITツール利活用促進事業チーム
学部入試(一般選抜)における出願・入学手続のデジタル化本部入試課入試実施チーム
加速するDXに向けた地盤づくり -東大職員専用PADマニュアル作成を通じて-DX推進のための地盤醸成チーム
学生の経済支援に係るオンライン化高橋 麻美子(教養学部等教務課)
常に業務改善を意識した意欲的な活動教育・学生支援部

29件の応募があった今年度の業務改革総長賞。「デジタルキャンパスの実現やD&Iを意識した業務の取組み」というテーマの下、応募課題にはDXに関する取組が多く見られました。

表彰後の講話では、生成AIに相談しながら自動化プロセスを進めたチームの新しいものを積極的に取り入れる姿勢や、一人一人異なる構成員の多様な観点を丁寧に掬い上げたチームの取組に高い評価が与えられての選出となったことを総長が紹介。個々のアイディアを全学で共有して「世界の誰もが来たくなる大学」の実現につなげていこうとの呼びかけがなされました。

総長賞のチームには30万円(国内研修費)、理事賞のチームには10万円(自己研鑽費)、特別賞のチームには5万円(自己研鑽費)の副賞が渡されました。皆さん、おめでとうございます。

◉応募(推薦)課題の取組内容(過去のものを含む)は、東大ポータル・便利帳「業務改革(改善)に関する課題の一覧」をご覧ください。