第1163回淡青評論

七徳堂鬼瓦

総合知

最近、総合知という言葉を聞く機会が自分の周辺でも増えてきた。総合知とは、内閣府の取りまとめによると「多様な『知』が集い、新たな価値を創出する『知の活力』を生むこと」となっている。自分は自然科学、その中でも特にポリマーを専門としており、個人レベルでの交流は別として、人文・社会科学との研究上での接点は正直のところこれまであまり強く無かった。ところが最近、ポリマーの分野でも人文・社会科学との連携が非常に重要になってきた。

ポリマーは軽くて便利なことから我々の周りに満ち溢れるようになり、海に流れ込むプラスチックを契機として「プラスチック汚染」という言葉まで登場し、プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定が約160か国の国連加盟国によって議論されている。理想的なポリマーとは、使用時には強靭で耐久性があって長期間利用することができ、劣化した場合には回収後にリサイクルによって元の性能まで回復可能であり、しかも様々な止むを得ない理由で海洋を含む環境中に流出した場合には速やかに分解して水と二酸化炭素に還元する材料であるが、そのようなポリマーは現時点では存在していない。現在のポリマーが理想的な材料に置き換わるためには、資源循環に配慮した分子設計や材料開発はもちろんだが、現在よりも価格が値上がりすることから、普及のためには消費者や生産者の意識改革や行動変容が必須となるだけでなく、法規制やビジネスモデルさらには社会システムの変革もグローバルなレベルで必要となる。このような材料への価値観が大きく変化する時代には、自然科学と人文・社会科学の協創すなわち総合知がますます重要になってくる。

東京大学には文系・理系の我が国を代表する叡智が集結しており、総合知の威力が発揮できる場だと思われる。そのような環境を十分に活用することで、地球規模の課題についての革新的なアイデアや世の中を変えるようなブレークスルーが多数出てくることを心から期待している。

伊藤耕三
(新領域創成科学研究科)