第1166回淡青評論

七徳堂鬼瓦

正門を出発、赤門から帰還

工学系研究科で燃料電池の電解質膜を作っていた筆者が、現在の専門である経済学、特に医療経済学に興味を持ったのは、アメリカ留学中にたまたま胃カメラを受けたことが発端だった。当日は受付で20ドル払ったのみで、日本の医療制度に慣れていた身としては、何の疑念も抱かなかったが、これは完全な間違いだった。1カ月もしないうちに検査をした何とかラボ、麻酔科、胃腸科等々、高額請求のラブレターが次々と届き、郵便受けを開けるのが毎日恐怖だった。

一方で、夏休みに日本で実家近くのクリニックに行くと、自己負担は3割で、ある程度の金額以上は負担しなくてよい高額療養費制度もある。ただし、2時間待ちとかはざらで、ベルトコンベアに乗せられたかのように機械的に診察されることは日常茶飯事だ。博士修了後に就職したカナダのブリティッシュコロンビア州は、日本よりももっと極端で、基本的な医療は全部タダ、2020年1月からは納める保険料も無料。ただし、生死に関わらない限り、診察してもらうのにも一苦労だ。

どの国の制度も一長一短であり、これがベストといえる類ではないが、異なる制度を実際に自らで経験したからこそ、もっと理解を深めたいという思いから生涯の研究テーマとなった。ありきたりだが、若い人には短期間でも良いので海外で(旅行ではなく)実際に生活してみて欲しい。「相対的に」他と比べることで初めて、自らの置かれている環境や文化を理解できる。定刻なんて概念が存在しない国がほとんどの中で、電車が5分おきに時間通りに来る日本が決して当たり前ではないと感謝する一方で、30秒でも遅れたら壊れたラジオのようにひたすら謝罪する車内放送に、ここまで必要なのか、と思うようになるかもしれない。

ちなみに今年めでたく20周年を迎える公共政策大学院には留学はもちろん、国内でも様々な国々やバックグラウンドの人々と交わる機会が豊富にあり、学びの場として超オススメだ(笑)。

重岡 仁
(公共政策学連携研究部)