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第64回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

犯罪における当事者たちから学ぶ刑事司法のリアル

/全学自由研究ゼミナール「 塀の向こうには誰がいるのか : 犯罪と刑事司法の多角的理解」

特任講師 山岡あゆち
山岡あゆち

矯正局での経験をキャンパスへ

――前職は法務省だったそうですね。

私は大学で法学と心理学を学んだ後、法務省矯正局の職員となりました。非行少年や受刑者の方々と面接し、どんな働きかけが必要か、その人の課題や強みは何かなどをアセスメントする心理職です。多くの非行や犯罪といわれる行動の裏側にその人の生きづらさに触れる中で問題意識が芽生え、法律を学ぶ学生に知ってほしいことや、心理学を学ぶ学生にも法律を知ってほしいという思いが出てきました。経験を教育に活かしたいと考え、2023年4月に教養学部に赴任しました

昨年度から行っているのは、弁護士、元検察官、出所後の支援を担う人、元受刑者、犯罪被害の当事者などの皆さんをお招きして話してもらう授業です。前回は40人定員のところ60人の応募がありました。テレビなどで見たセンセーショナルな事件をもとに犯罪を捉えている学生が多いんですが、様々な立場の人の話を聞くなかで、罪を犯した人も一人の人間であることや、ずっと罪を犯しているわけではないことに気づきます。罪を犯したら罰するべきであると思っていたのが、そう単純な話でもないと思って苦しむ。学生たちには、その苦しさを経た上で法曹になってほしいし、法学のテキストだけでは見えないものに向き合ってほしい。専門書の向こうに人生があるよというのが私のメッセージです。他人が違う考えを持っていることを前提に、心理学と社会学の両面から犯罪を捉えながら、各々が自分で考えてほしいと思っています

――犯罪における当事者の話をじかに聞くというのはかなりしんどそうです。

当事者の肉声に圧倒されて…

教室の空気はもちろん重いです。学生にはしんどすぎる場合は部屋から出てかまわないと伝える一方で、話してくださる気持ちを想像して、どうしても寝てしまいそうだったら休んでも構わないと釘を刺しています。犯罪に関わる自分の経験を話すことの重みについて、学生に考えてほしい。自分の話をするのは本当に大変なことなんです。ただ、私があえて言わなくても学生は皆緊張して聞いており、圧倒されて言葉が出ないことも多いようですね。一人ひとりが塀の向こう側を知ることが、世のヘイトや偏見をなくすことにつながるはずです

学生の多くはこれまで犯罪や非行との接点がなく、メディアで犯罪報道を見て、自分と関係のない世界だと思っているでしょう。でも、たとえば暴力を振るう非行少年は身近に感じられなくても、学校になじめないとか、友達がいないとか、親が教育にうるさすぎるといった問題なら、東大生にもピンとくるはずです

――受験のストレスで鬱になってしまうような学生もいるでしょうね。

人は犯罪を松葉杖として使うことがあります。周りに助けてくれる人がおらず、他に方法がなかったときに、やむなく犯罪に手を出してしまう。傷害事件や薬物依存の裏にある孤独や困りごとから自分との「連続性」を感じてほしいんです。たとえば依存は誰にも起こり得ます。依存先が薬物や酒などだと犯罪につながりがちですが、依存先が健全なものだったらそうはなりません。同じように孤独や困りごとを抱えていても、犯罪に進む人と踏みとどまる人がいます。その違いはいったい何かを自分の人生と結びつけながら考えてもらえたら、と思っています

「塀の向こうには誰がいるのか」授業概要2023年Aセメスター
第1回 オリエンテーション、日本の犯罪の動向、少年・成人の刑事司法の概要
第2回 施設内処遇の実際
第3-4回 加害者の内的世界について体感する
第5-6回 法曹の立場から
第7回 社会での立ち直り支援
第8回 社会内処遇について
第9回 加害者家族の支援
第10回 犯罪学における犯罪に関する主要理論(1)
第11回 犯罪被害者の立場から望むこと
第12回 犯罪学における犯罪に関する主要理論(2)と再犯防止
第13回 振り返りとミニプレゼン
❶「塀の向こうには誰がいるのか」「犯罪と刑事司法の多角的理解」と書かれたポスター画像
❶授業ポスター。履修希望が多かったため、今年度は年2回の実施に。
❷府中刑務所の外観を見る参加者の5人
❷もう一つの授業「再犯防止×地方創生~地域と刑務所で創るソーシャルイノベーション」では府中刑務所見学ツアーを実施しました。
❸「坂上香監督 映画「プリズン・サークル」上映会」と書かれたポスター画像
❸官民協働刑務所の一つ、島根あさひ社会復帰促進センターが舞台となった映画の上映会も実施しました。
❹壇上でスクリーンの手前に座るシンポジウムの登壇者とそれを見ている参加者
❹昨年11月に社会連携部門で実施したシンポジウム「子どものいのちと未来を紡ぐDX」より。

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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ぶらり構内ショップの旅第26回

魚河岸本郷@本郷キャンパスの巻

新鮮な魚を使った丼

今年4月に本郷キャンパスの中央食堂にオープンした「魚河岸本郷」。豊洲市場から届く新鮮な刺身を使用した丼を提供するお店です。「食堂のリニューアルオープンに伴い、お客様にアンケートを取ったところ、とても多かったのが、『魚を扱ってほしい』という声でした」と話す中央食堂店長の伊藤隆行さん。その声に答えようと、知り合いの福島漁連さんに、グルメ漫画『築地魚河岸三代目』のモデルとして知られる小川貢一さんを紹介してもらい、小川さん監修のもと、魚を提供できることになったと説明します。

伊藤隆行さん<
店長の伊藤隆行さん

現在提供しているメニューは3種類。「海鮮丼」(組価¥900、一般¥1125)、「ねぎとろ丼」(組価¥700、一般¥875)、そして7月に新たに登場した、錦糸卵の上にあなご煮が盛られた「あなご丼」(組価¥600、一般¥750)です。海鮮丼の刺身はマグロをメインに、3種類。7月はマグロ、甘エビ、そしてヒラメです。魚の種類は月に一度くらいの頻度で変わります。

三代目の小川さんから伝授してもらった方法で切っておいた刺身を、注文が入るたびに酢飯にのせています。将来的にはお客さんの目の前で刺身を切り、盛り付けをしたいと考えているそうです。「なるべく鮮度のいいものを提供したいと思っています」

今後は丼に加え、煮魚や焼き魚の定食も提供したいと考えているとか。時期は未定ですが、「秋以降になるだろう」と伊藤さん。「魚を扱っていない、ということが生協の弱いところでしたが、今回『魚河岸本郷』を立ち上げることができました。皆さんに魚を食べていただきたいという強い思いがあります。ぜひ、鮮度の良い魚を食べに来てください」

※価格は税込

黒い器にまぐろ、甘エビ、ヒラメがなどが乗っている丼
まぐろ、甘エビ、ヒラメが盛られた海鮮丼。
営業時間:11時-14時
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#We Change Now

第8回
ジェンダー・エクイティ推進オフィス通信

「#言葉の逆風」を巡る対談・議論進む

前回のコラムで「#言葉の逆風」プロジェクトの始動について紹介しました。その後、さまざまなメディアにも取り上げられ、学内だけではなく「社会の課題」として認識していただけるようになりました。学内のUTokyo WomenネットワークのSlackでは自分の「追い風」になった言葉を共有し合うなどポジティブな動きもあるようです。

「なぜ東京大学には女性が少ないのか?」「#言葉の逆風 どう向き合う」と書かれたポスター画像

6月26日(水) には「#言葉の逆風 どう向き合う『なぜ東大は男だらけなのか』著者、矢口副学長と考える」と題したブックトークイベントを開催しました。矢口祐人副学長に加え、当オフィスの進学促進部会長である後藤由季子・薬学系研究科教授、本学卒業生の山口真由・信州大学特任教授、中野円佳・ IncluDE准教授の4名で、東京大学のジェンダー問題について議論しました。40名近くの学内構成員が参加し、イベントの後半では参加者との質疑応答の時間を設け、より深い議論が展開されました。イベントの内容は近日中に学内限定で公開する予定です。

「TOKYO COLLEGE」と書かれたポスター画像

7月25日(木)には東京カレッジと「東京大学のジェンダーバランス不均衡を考える」と題したラウンドテーブルを開催し、当オフィスからは安東明珠花・IncluDE特任研究員が登壇する予定です(英語開催、質問は英語・日本語どちらでも可)。詳細についてはこちらのリンクからご確認ください(https://wechange.adm.u-tokyo.ac.jp/ja/news/706/)。

ジェンダーに限らず、東京大学の多様性についてこれからも構成員の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第218回

農学部・農学生命科学研究科
経理課予算・決算チーム
峯 正也

弥生はとってもよい職場

峯 正也
デスクのお供達。辛い時に癒してくれます

皆様は農学部と聞いて何の研究を想像されるでしょうか? 多くの方が農業や林業を思い浮かべるかもしれませんが、獣医学・感染症・水産資源・生物材料など幅広い分野が研究されています。農学部に馴染みがない方に少しでも魅力を伝えられたら嬉しいです。

現在のチームでは伝票処理に誤りが無いか確認する決算業務や監査への対応業務の他、部局間振替・財務会計システム登録といった雑務も担当しています。システムの処理や登録について研究室から問い合わせが来ることも多く、システムの細かい仕様を分かり易く伝えられるよう努めています。

農学部の教育・研究活動を支えるのが多くの附属施設。遠隔地にある附属施設ですが、農作物販売や一般公開を通して身近に感じることが出来ます。生態調和農学機構で収穫される旬の果物は不定期に農学部でも販売され、一般公開では附属施設の空気を直に感じることが出来ます。機会があれば皆様もぜひ足を運んでみてください。

正面左側の壁際で動物の骨を持っている先生とそれを見ている参加者
牧場での公開授業。地元の方も興味津々
得意ワザ:
パスタの乾麺を何となく測れる
自分の性格:
あまり人見知りしない
次回執筆者のご指名:
結城舞子さん
次回執筆者との関係:
前部署での直属の先輩
次回執筆者の紹介:
気配り上手で周囲を明るくする方
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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第32回
公共政策学教育部2年遠藤瑞季

持続可能な森づくりのために

麓を見下ろす山頂に並んだ地域の方とメンバー
地域の方・メンバーと山頂にて

私たちは昨年度長野県辰野町で「森林を活かした地方創生・ゼロカーボン実現策の提案」に取り組みました。

辰野町は、長野県の中央あたりに位置し、町の87%を山が占める人口18,000人余の町です。蛍の名所で、全国の地方公共団体名で唯一「辰」の字があるタイムリーな町です。一方、高齢化が進む中で森林管理に課題を抱えており、地域経済活性化や地域課題の解決につながる持続可能な森づくりが必要な状況です。

FSでは、現地でしか得られない知見を得るため、現場の視察や関係者の方々との意見交換を行います。私たちも昨年の8月と10月の2回にわたり辰野町を訪問し、森に関わる方や役場の関係課の方など様々な方からお話を伺いました。そこで得た情報や学内調査から、辰野町の森林をめぐる課題の関連性をマッピングした結果、個人所有の山が多い中で土地の境界や所有者が分からず、行政が山に手を入れるのが難しいという「所有者不明森林問題」があると考えました。活動開始当初、辰野町は森林・林業に関する基本方針や取り組み事項に関する計画案を策定中でした。そこで私たちは策定委員会に出席し、当時の案に対して所有者不明森林問題の解決につながる「災害リスクを意識した森林整備計画」や「後継者を意識した計画」の必要性について提言しました。この提言は今年3月に公開された「未来につなぐ辰野町の森ビジョン」に掲載されています。

森に囲まれた川に入るメンバー
辰野町の雄大な自然を体感しました

活動のまとめとして、今年2月に、町長や副町長、関係課の皆さまの前で最終報告会を行いました。現地活動を通して得た課題感と解決策や、専門分野や興味を軸とした自主研究を発表しました。皆さまから「1年間辰野町に携わってくれてありがとう」というありがたいお言葉をいただきました。FSでは大学での学習を超えた貴重な学びを得ることができました。3月の学内報告会で活動は一区切りしましたが、ここで得た知識やスキルを活かし、今後より一層、勉学や課外活動に励んでいきたいと思います。

※メンバーはほかに富澤雫(文一2年)、中島大雅(農学部4年)、久保雄一郎(経済学部4年)、阿部渓輔(工学系研究科修了)

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インタープリターズ・バイブル第203回

理学系研究科 教授
科学技術コミュニケーション部門
塚谷裕一

コミュニケーションにおける代弁の意味

サイエンスコミュニケーションが必要になる場面の一つに、代弁というものがあると思う。それは例えば私にとって、物言わぬ動植物の代弁である。

以前、ある企業の方から、雑草のタネをきれいなデザインのパッケージにして配るという企画をコンペティションに出したいので、助言をいただきたいと連絡を受けた。聞いてみると「雑草」というものについて漠然としたイメージだけで拵えた企画だとわかり、戸惑う。私は物言わぬ植物のために代弁をする。今日では、店で買ってきたメダカを池や川に放つ行為は、保全生態学的に非難の対象となること。それは「雑草」でも同じであり、近縁種どうしで起きる繁殖干渉という排他的現象などにも配慮が必要であること。なによりも、いわゆる雑草の多くはタネに強い休眠性があって、蒔いてもおいそれとは発芽しないことなどである。先方の方はたいへん不満そうだったが、私が言わねば植物は言えないのだ。

あるいはキャンパスのソメイヨシノが枯れてきたというので現地視察に行ってみると、あにはからんや、太幹をバッサリ切ってあり、そのあと一度も芽吹いた形跡がない。あきらかに「桜切るバカ梅切らぬバカ」の典型。幹切断のタイミングやケアが不適切だったための枯死である。ところが机上の知識から「ソメイヨシノは寿命が短いので云々」とのたまう先生がおられる。ここで反論すると人間同士は気まずいことになるが、やはりここは物言わぬ植物の代弁こそ大事だろう。この桜はつい最近まで咲き誇っていたこと、茂りすぎたので大規模に切られただけで、明らかに寿命ではない、人災であると主張する。加えて、わが附属植物園育成部の専門家にも追加で診てもらい、やはり同じ見解を得、それを改めて関係者に伝える。いずれも、物言わぬ植物の代わりである。私が言わなければ、植物は寿命で勝手に枯れたことにされてしまい、泣き寝入りではないか。違う、無茶な業者の無茶な幹切断のせいだとは自分からは告発できない。物言わぬ植物の代弁は必要である。植物のためばかりではない。回り回って、よりよい人間生活のためにもだ。

サイエンスコミュニケーションには、こうした側面もある。以上の話はたまたま植物の代弁だったが、これはもちろん人間社会においてもある話である。

科学技術インタープリター養成プログラム

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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第57回

ディベロップメントオフィス
アソシエイト・ディレクター
播 真純

好機を活かす寄付のタネまき

本学は2002年から、イタリア南部ヴェスヴィオ北麓のソンマ・ヴェスヴィアーナ市で火山の噴火で埋没したローマ時代の遺跡発掘調査を行っています。本研究プロジェクトは「伝説のローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの終焉の地の考古学的な検証」と「人類がいかにして噴火罹災から復興してきたのか」を明らかにする意義あるものとして、「ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査プロジェクト」基金を設置し、研究のための資金を募っています。

このたび20年の発掘調査を経て、考古学史上重大な新発見が明らかとなったことを機に、発掘調査継続のための資金集めをより強化したい! という関係者の意向により、基金ページのリニューアルを実施、併せて研究成果および寄付訴求の記者会見を行う運びとなりました。記者会見は本部広報課や教養学部等総務課広報・情報企画チームとの連携のもと、4月17日に駒場キャンパスで実施。今回は①発掘調査における研究成果発表、②研究費削減に伴う資金調達の必要性(寄付訴求)という2本立ての構成による新たな会見スタイルを採用。渉外部門としては、サイトリニューアルの他、記者会見の企画・調整、動画、チラシ、スライド等の作成、広報アドバイス等、多方面でのサポートを実施。プロジェクト責任者の村松真理子教授はじめ関係者の方々と密に連携し、教職協働での取り組みとなりました。その結果、会見当日には10社以上の報道各社が訪れ、多数のメディアに取り上げていただくことができました。また、翌日から記者会見きっかけによる寄付も続々と! 現在も国内外からの取材依頼や寄付が継続しており、今回の広報活動による大きな成果を実感しています。

本ケースのように、注目度の高い研究の場合は、研究成果×寄付訴求といった連携や様々な工夫により、広報活動もファンドレイジングのチャンネルとして活用することもできます。寄付に繋げる新たな広報戦略の一つとしてぜひご検討ください!

壁にロゴが貼られた部屋で長机に座る参加者と後ろにいる記者
記者会見の様子。村松真理子 総合文化研究科教授、青柳正規 名誉教授、藤井敏嗣 名誉教授が出席。
ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査プロジェクトのQRコード