第1171回淡青評論

七徳堂鬼瓦

血の通った論点に耳を傾ける

「多様性の海へ:対話が創造する未来」――UTokyo Compassの表紙を飾るフレーズです。科学コミュニケーションに携わる身のため、「対話」が気になります。想定しているのは、誰と誰の、何を目的とした対話でしょう。

私が科学コミュニケーションの経験を積んだのは、日本科学未来館です。東日本大震災が起きた2011年前後を過ごし、同僚や来館者と、社会の中での科学技術の、科学技術に対する私たちの、立ち位置や価値を問い続けました。さまざまな知恵を使い、私たちがよりよく生きていけるよう、科学コミュニケーションで何をすべきか。展示制作にイベント企画に、試行錯誤を重ねる中で痛感したことこそ、「対話」の重要性でした。

ある時、出生前診断の是非を問うミニ展示を企画しました。検出内容や精度、母体への影響を技術間で比較したデータや、染色体異常を伝えられた受診者の行動傾向を判断材料として提示し、付箋を置いて来館者にコメントを募りました。来館者はすぐにはペンをとりません。意見をまとめる前に彼らが熟読していたのは、それまでに訪れた来館者たちが貼った付箋でした。受診条件の設定やカウンセラーの確保など、技術をとりまく環境整備を訴えるもの、染色体異常を心配せずに出産できる社会を望むもの、染色体異常症を不幸とみなす偏見への怒りなど、実体験に根差した、血の通った論点が並んでいました。

大学が何を社会に生み出していくか。専門家が重視する情報と論点だけでは議論に限界があるとすれば、生み出されたものを受取る側にいる人々を対話の場に招き、言葉に耳を傾けてはどうでしょう。何を問うべきかから共に考え、判断に必要な情報を特定する。専門家はその結果を軽視せずに専門に生かす。「未来を創造する対話」に、そんな対話も加えてはいかがでしょう。

今年、生産技術研究所はウェブマガジンを新設しました。工学が描く「もしかする未来」を、こんなのどう?と提示します。読み手は、期待や不安を理由とともに投稿できます。どうか、研究現場に刺激をもたらす対話の場となりますように。

松山桃世
(生産技術研究所)

「東大生研ウェブマガジン」と書かれたポスター画像とQRコード
「もしかする未来」と書かれたWebサイトのキャプチャー画面

もしかする未来 Case #UTokyo-IIS https://magazine.iis.u-tokyo.ac.jp/