
11月22日、23日の2日間にわたって安田講堂で開催された「東京フォーラム2024」。今年のテーマは「Shape the Future, Design for Tomorrow」。国内外の研究者、ビジネスリーダー、学生など40名以上が登壇し、「デザイン」というテーマのもと議論を展開しました。全部で10を数えたプログラムから、デザインとAIについて議論された一日目のプレナリートークセッションの模様を抄録で紹介します。














初日に閉会挨拶をした藤井輝夫総長①と韓国SKグループのチェ・テウォン会長②。続いて基調講演を行ったデザイン評論家のアリス・ローソーンさん③と工学系研究科の松尾豊教授④。そしてパネルディスカッション「ジェンダード・イノベーションの描く未来:科学の評価、ファンディング、教育における変化」⑤、ビジネスリーダーセッション「新たにデザインする社会・環境課題への解決策」⑥が行われました。2日目にはパネルディスカッション「インクルーシブなまちづくり:社会的共通資本を巡る都市計画学と経済学との対話」⑦、東大と韓国の大学に通う学生20名が登壇したユースセッション⑧ー⑫、パネルディスカッション「境界を超えるデザイン:融合、革新、そして未来への挑戦」⑬、最終セッション「明日への対話」が行われ、最後に藤井総長と崔鍾賢学術院のキム・ユソク院長⑭が閉会挨拶を述べました。総合司会はNHKアナウンサーの山本美希さんが担当しました。

「デザイン」とは何なのか?
青木 地球と社会をよりよく変革する戦略としての「デザイン」について考えるために、私たちは東京フォーラムに集まりました。ユーザーエクスペリエンス(UX)が専門のチェ先生、AIが専門の松尾先生、デザイン評論家であるローソーンさん。まずは皆さんにとって「デザイン」とは何なのかを伺います。
チェ 私は多くの韓国のIT企業と仕事をし、PCからモバイルへの変遷だけではなく、私たちの日常のなかでのデザインの力や役割の変遷を見てきました。例えばIT業界。過去10年の間にプロダクション、マーケティング戦略などの意思決定にデザインが反映されるようになりました。政府のサービス、交通運輸といった公益事業にも広がり、今や韓国ではデザインは意思決定の際にも優先すべきものだという考えが浸透しています。私はデザインを特殊な領域として、その役割に制限を設けてはいけないと思っています。システムエンジニアやビジネスオペレーターなどさまざまな専門家と協力しながら、デザイナーの役割を拡充していくべきだと思っています。一方で懸念もあります。多くのデザイナーが、これからのAI時代に、ヒューマンセントリックデザイン(人間中心設計)にどのようにAIを導入すべきか迷っているということです。AIをどう扱うのか。インターフェイスの課題もあります。スマホのインターフェイス開発とは違います。デザイナーにとってのチャレンジでしょう。
松尾 短期的に考えると、AIはデザインプロセスを強化することができると思います。生成AIを使うことで、試作品を短期間で作り顧客に見せることができ、反復的なプロセスが高速化することで、より高品質の製品を作れるだろうと思います。難しいのはAIが進化していくなかで、人間とAIの役割が変わっていくかもしれないということです。デザインのためにはどのようなインターアクションが最適なのか。非常に難しい問題です。
姿勢としてのデザイン
青木 ローソーンさんはご著書『姿勢としてのデザイン』で「機知に富む」という言葉を使っています。デザインの文脈ではどのような意味を持ちますか?
ローソーン 「機知に富む」はデザインにとって重要な資質です。歴史的には、個人やコミュニティで緊急な課題があり、それを解決するために必要なお金や資材がなく、プロセスもない時にどう工夫をするのかという意味で使われてきました。想像力も原則も重要ですが、いかに工夫できるかがとても重要です。「姿勢としてのデザイン」はデザインの役割を制約から自由にするということです。デザイナーは、指示を受けて仕事をすることや、他分野の専門家によって大事な判断が行われた後に仕上げなどを行うことが多いです。いかにそういった制約からデザインを解放し、想像力などを発揮できるようにするか、そしていかに意思決定プロセスにデザインを入れ、他分野の専門家と協業していくかということです。
例としてソーシャルデザインのパイオニア、ヒラリー・コッタムを紹介します。彼女は世界銀行に務めていた時に、複数のアフリカの灌漑プロジェクトに関わりました。それらの成功例と失敗例を分析して浮かび上がってきたのが、ダムや灌漑システムといったもののデザインの品質が、最終的な結果に大きな影響を与えていたということです。その後、彼女はイギリスで「Participle」という社会的企業を立ち上げました。ある自治体の高齢者ケア改善プロジェクトでは、技術者や心理学者といったさまざまな専門家から構成されるチームを作り、それをデザイナーが主導しました。プロダクトデザインやグラフィックデザインといった分野の専門家です。そして、デザインプロジェクトとして取り組んだ。そうすることで、より質の高い解が見つかり、正確で精緻なものができると、彼女は強く信じていたからです。これは大成功しました。
人間のためのデザイン
チェ 人間中心設計の重要性を指摘したいです。私たちは人間のために、製品などをデザインしたり、開発しなくてはいけません。AIの領域では人間中心のAIという言葉が使われていて、とてもよいアプローチだと思います。エンジニアは人間中心のAIというものをどう定義しているのでしょうか?
松尾 AIを学習させるときはデータセットを作成します。そこには人間の価値観が反映されています。例えば画像ランキングなどを行うシステムでAIが性別、年齢といった属性を基準にすることがある。つまり私たちが使って欲しくないものを使って分類してしまうことがあります。いかにバイアスを取り除くかということも研究されていて、何が分かったかというと、バイアスのないモデルを使うとパフォーマンスが落ちてしまうということでした。非常に良いAIモデルを構築しようと思ったら、バイアスのレベルを調整しなきゃいけない。そこにトレードオフが発生します。人間社会にはバイアスが常に潜んでいます。それについてもっと考えていく必要があります。 これが人間中心のAIに関連すると思いますし、やはり人間が中心的役割を果たすべきだと思っています。
全ての学生がデザインを学ぶ
青木 デザインを人類が直面する大きな課題を解決するためのツールとして使うことについてはどう思われますか。
チェ デザインは社会的、経済的、政治的に重要な課題に対応するために大事なツールだと思います。教育者として私が懸念しているのは、全ての領域の学生や研究者を今後どうやって教育していくのかということです。違う専門分野の人たちとも協力して、さまざまな社会問題に対応していかなくてはいけません。私が具体的に考えていることがあります。教育の現場でAIエンジニアや研究者、学生に対してデザイン思考の方法論を教えるということです。例えば工学の学生にデザイン思考を教えれば、AIの乱用やバイアスを排除することができる代替的な手法を考え出すことができるのではないかと考えています。
松尾 とてもよい考えだと思います。デザインというものをAI開発者に教えることで、彼らの活動の幅がより広がる。そしてより広い社会的な範囲をカバーできるようになると思います。AIをさまざまな業界、産業で使っていくためには、多くのステークホルダーとの対話が必要です。政策立案者、官僚、医師などとも対話が必要です。つまりデザイン思考能力は必要だと思います。 デザインというのは非常に学際的なプロセスです。例えば工学部でもそれぞれの専門分野がさらに分かれているところにデザインを取り込んでいく、デザインを学生に教える、というのは決してたやすいことではありません。チャレンジですが、その価値はあると思います。
認識されるデザインの価値
青木 デザインは人類が直面する大きな課題を解決するためのツールになりえるという話がありましたが、デザインをどうプロモートするか、その課題などありましたらお聞かせください。
ローソーン 最近のデザインの歴史を振り返ると、20世紀の後半は、誰も見向きもしませんでした。例えば社会問題や人権問題解決の際に、デザインは注目されませんでした。デザインとはスタイル性を追求するとか、素敵な製品を開発して見栄えよく仕立て高い値段で売ることだと考える人たちが今もいます。しかしそれは少しずつ変化してきました。新しい世代はデザインというものを新たな目で見るようになっています。 色々なデザインプロジェクトも誕生しています。人権、環境、社会などの課題を解決するプロジェクトでデザインは価値あるものだということが立証されています。だからこそ人々は耳を傾けることになりました。東京フォーラムでデザインをテーマに取り上げたのも素晴らしいことで、一歩前進している証だと思います。
