第1176回淡青評論

七徳堂鬼瓦

研究を支える知的好奇心の喚起

自然科学研究はエンターテイメントであると、自負してやまない。研究に社会実装が強く求められる今日、直近の課題を解決し役立つことが重要で、最終的には金銭に換算できる価値観が席巻している。確かにそういった分野の研究の大きさに圧倒されることがあり、自然科学研究の価値を改めて自問することになる。しかし、結論としては、すごい!、分かった!、面白い!、不思議!の一言をもらい、人々の知的好奇心を喚起させ人生を豊かにさせることにこそ研究の意義があると感じている。それらのほとんどは「レ・ミゼラブル」や「エリザベート」といったミュージカルを観劇した時の気持ちと一緒なので、自然科学研究もエンターテイメントであると確信している。そのためには、殻に閉じこもり身内受けする研究とならずに、広く市井の人々に理解してもらう努力も怠ってはいけないと自戒している。

実際、自然界にはエンターテイメント性のある材料が満ち溢れており、ニホンウナギもその一つである。産卵海域はマリアナ諸島西方にあり、わざわざ北赤道海流から黒潮に乗り換えて3000kmもの旅をする。それが分かったのは1991年のことで、かつて本学の海洋研究所所属であった白鳳丸の大きな研究成果であり、採取されたニホンウナギの仔魚の写真がNatureの表紙を飾った。結構すごいことである。ちなみに、ニホンウナギの英名としてのJapanese eelも表紙に記載されているが、国を表すこともある文字が本誌の表紙に出ているのも珍しい。本種は、透き通った綺麗な太平洋の海で産卵しているにもかかわらず、日本の河川に来遊すると汚れたどぶ川でも平気で生息している。とはいえ、近年は資源の減少が著しく、土用の丑の日には誰もが鰻重の価格が気にかかる。このように話題に事欠かないエンターテイメント性ある魚類なので、柳の下にドジョウならぬウナギが二匹とばかり研究に勤しんでいる。

エンターテイメントを飾るには、より良き舞台装置が必要である。海洋研究者にとって、白鳳丸がその舞台装置なのだが、齢30年を超えエンジンが悲鳴を上げた。この段階で普通は廃船となるところであるが、船を切断して船底にあるエンジンを交換し延命することとなった。海外では研究船をちょん切り大改造することはよくあるが、日本では珍しく、本当にやるとは思わなかったと言われることがある。何事もチャレンジである。その際、旧い東大ロゴとなっている銀杏のファンネルマーク(煙突に付ける船の所属を示すマーク)は残した。現在、白鳳丸は海洋研究開発機構の所属となっているのであるが、学術研究船としての役割を後世に分かりやすく伝えるために、令和の大改造に際してもあえて旧東大ロゴを生かしている。帰港時には晴海埠頭に係留されることが多く、近くの豊洲大橋から見ると淡青色の煙突に黄色の銀杏がとても映える。舞台装置は有能で美しく、それに見合ったエンターテイメントが求められる。

木村伸吾
(大気海洋研究所)

埠頭に横付けされている白い学術研究船(中央)とファンネル(左上)
ニューカレドニアに入港した大改造前の白鳳丸とファンネルマーク。岸壁から船首が飛び出し喫水が見えている構図は珍しい。