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第69回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

「多様性」と「安全」の緊張関係

/KOMEXシンポジウム2025「多様性と安全 Diversity and Safety」

D&I部門
准教授 福永玄弥
特任講師 飯田麻結
D&I部門 福永玄弥,飯田麻結

DEIを掲げる大学として

福永 3月に「多様性と安全」をテーマにシンポジウムを行いました。「多様性」の推進は部門の重要な任務ですが、それを推進する過程で社会や組織の「安全」が損なわれるといった懸念が表明されることがあります。特にマイノリティの権利を否定する文脈で「安全」が持ち出されるのは世界的にも喫緊の課題です。DEIを掲げる大学としてそうした現象を考えるべきだと思い、「多様性」と「安全」の間の緊張関係に対する一つの応答として公開シンポジウムを実施しました。

 第1部と第2部では内外の研究者6人が登壇しました。D&I科目でも非常勤を担当する岡真理先生は、イスラエルによってパレスチナで引き起こされているジェノサイドについての講演でした。「ジェノサイド」の語源をたどりながら、パレスチナでは生命の抹消だけでなく文化や教育を根こそぎ破壊することで人間の「生」を根絶やしにするプロジェクトが進行しているというお話です。お茶の水女子大学の本山央子先生は、岡先生の講演とも関連して、軍隊をはじめとする安全保障の分野でもマイノリティを「活用」する動きが起きていることに対して警鐘を鳴らします。一見すると「良いこと」をしているようで、それが新自由主義と結びつきながら軍事的暴力を覆い隠してしまう点を批判されました。

 関西大学の井谷聡子先生は「トランスジェンダーとスポーツ」の問題がテーマでした。トランスジェンダーが「女子スポーツ」に問題を引き起こすと言われ、米国では複数の州でトランスジェンダーの女子チーム参加を禁じる法律が成立。多様性の推進でマジョリティが脅威を受けると危惧する声が反DEIの文脈で言及され、政治化しています。

飯田 第3部の基調講演はジュディス・バトラー先生にお願いしました。第二次トランプ政権の発足により、民主主義だけでなくトランスジェンダーや移民の人々の生が脅かされている状況に触れ、その背後にあるファシスト的な激情に抵抗する術に関する講演でした。もちろん、このような状況は米国でのみ生じているわけではありません。特定の集団に対する恐怖を恣意的に動員する極右や白人至上主義者の戦略に対し、「対抗的な想像力」、つまりあらゆる生の相互依存や哀悼可能性に基づいた異なる世界のあり方を集合的に想像する力をバトラー先生は提案します。この視点は第2部の発表とも密接に関わるものであり、「多様性と安全」を論じる際に不可欠だと感じました。

福永 世界中で同様の問題が形を変えて起きていて、各々の現場で抵抗する人たちがいます。個別の抵抗だけでなく、問題を交差させながら共に抵抗するというアプローチに可能性を感じる講演でした。

情報保障導入でアクセシブルに

飯田 今回、情報保障を導入し、すべての発言をテキスト化して画面上に表示しました。事前にいただいた発表原稿をもとに用語リストを共有し、自動変換にではなく文字通訳者が発言を即時入力する方法を選択したことで、専門用語を含めてより精確に内容を伝えることができました。今後は学内で情報保障に関するノウハウを共有し、全学でアクセシブルなイベントが広がるよう協力していければと思います。また、今回のシンポジウムは東大TVによって後日公開される予定ですので、ぜひご覧ください。

プログラム@18号館ホール(+オンライン)
第1部 講演
原 和之(KOMEX機構長)「精神分析と性的多様性:『理論』の果たす役割」
岡 真理(早稲田大学)「Genos-Cideに抗して、あるいは《未来》というホームランド」
第2部 問題提起
井芹真紀子(KOMEX)「〈リスク〉のロジックに抗して:セイフティ、コミュニティ、アクセス」
井谷聡子(関西大学)「女子スポーツの安全を脅かすのは誰か」
高谷 幸(人文社会系研究科)「『共生』と安全をめぐる政治」
本山央子(お茶の水女子大学)「安全保障における多様性と包摂の推進ーー何のために?」
第3部 基調講演
ジュディス・バトラー(UC Berkeley)

参加者数:対面79人+オンライン496人

「多様性と安全」を表現したポスター。さまざまな人々が共にいるシーンを示している
↑ポスターは、一般的にD&I推進が想起させるような「明るくキラキラした」イメージとは異なるものに。
黒いドアに様々なポスターが貼られているD&I部門の入口。 D&I部門のホームページのトップページ画面 D&I部門のホームページのQRコード
↑D&I部門の入口とホームページ。https://www.utdandi.org/

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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UTokyo バリアフリー最前線!第34回

障害がある職員のお仕事拝見⑨工学部環境整備担当の巻
ことだまくん

工学部エリアの環境美化

掃き掃除、ゴミ拾い、草取りなど工学部エリアの清掃を担っているのが、2011年に発足した工学部財務課の環境整備担当。知的障害があるスタッフ6人とコーディネーター3人からなるチームです。3組に分かれて、本郷地区と浅野地区の工学部建物周辺や弥生門と西片門周辺、そして喫煙所などを清掃し、環境を整えています。

制服を着た環境整備担当スタッフが地面をホウキで掃除している様子
工学部の建物周辺の落ち葉を集める環境整備担当職員。

常緑樹もあるため、落ち葉や枯れ枝などの掃き掃除や回収は通年作業です。なかでも大変なのが秋から冬にかけての銀杏の季節。「銀杏は東大のシンボルで美しいのですが、秋ごろになると葉や実がたくさん落ちます。それを掃くのが重たくて大変です」と話す、2016年に入職した関口将さん。今年で7年目になる濱田翠央さんは、雨が降った後の湿った葉も地面に張り付いたりして、回収作業が難しくなると話します。風もやっかいです。強風が吹く日などは、落ち葉をきれいに掃いたそばから吹き飛ばされてしまうなんてことも。その対策として、集めたらすぐ塵取りで回収するよう心掛けているそうです。

身体を動かす作業なので体調管理も大切です。夏は暑さ対策として購入した「クールタオル」で首回りを冷やし、冬は作業服のポケットにカイロを入れて、できるだけ快適に仕事ができるようにしていますと説明するのは2016年に入職した水野健太さん。そしてチーム全員が何より大切にしているのが、安全に作業を遂行するための声かけや最終確認といった基本を守るということです。皆で協力しながら、楽しく清掃を行えるように努力していると話す関口さん。「普段は目につきにくいチームですが、私たちが働いている現場に少しでも関心をもっていただけると嬉しいです」

広場で5人の境整備担当スタッフが草取り作業をしている様子
工学部1号館前の広場で草取りを行う環境整備担当スタッフ。手作業で丁寧に雑草を駆除していきます。
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#We Change Now

第13回
ジェンダー・エクイティ推進オフィス通信

「女性比率2割の壁」のその先へ

皆さんは、今年3月に放送されたETV特集(NHK)シリーズ「日本人と東大」第2回「翼と壁~女子学生2割の壁~」(2025年3月29日)をご覧になったでしょうか。番組の中では、1946年、東京大学初の女子学生19名が入学したことが紹介され、彼女たちの進む道は決して明るいものではなかったことが映し出されました。優秀な成績で卒業しても、教員として就職できるのは男性のみ、夫が稼いでいれば女性は外で働く必要はないとされる時期が長らく続きました。

時代の激しい変化に伴い、2000年までに東大の女子入学者の数は全体の2割である約600名にまで増えたものの、その後は長らく横ばいを続けています。また、下のグラフに示したように、女性の教員数は、2000年代に着実に増加しましたが、それでもなお、准教授の比率は17.5%、教授は10.5%で、2割の壁は高く立ちはだかっています。

東京大学における女性リーダー育成に向けた施策「 UTokyo男女+協働改革#WeChange 」は、今年度で4年目を迎えます。林香里理事・副学長は、過去3年間の歩みを、Nature誌(2025年2月)で紹介し、この事業が、①学内の多様性、公平性、包摂性を実現するための意識改革、②女性研究者への継続的な研究支援、③構成員の女性比率増加を目指すプログラム等、多岐にわたる取組みを展開していることを示しました。しかし、その道はいまだ険しく、多数派である男性優位の構図は塗り替えられるには至っていません。「私たちは、自分たちのためだけでなく、私たちの努力を受け継ぎ、さらに発展させていく次世代のためにも、前進し続けます。現状維持は選択肢ではありません」と、林理事は記事の最後で強く主張しています。

より豊かな人材を育み、創造的な革新を継続していくためには、より一層の多様性と包摂性への理解が求められます。東京大学を受験する女子生徒をさらに増やすこと、そして2027年までに女性教員の割合を全体の25%以上にすることを目標に、#WeChange UTokyoはこれからも様々な支援やイベントを展開していきます。皆さんと一緒に考え、一歩一歩進んでまいりたいと思います。

(特任研究員 小野仁美)

2001年から2024までの女性教員数と比率のグラフ

‘Male-dominated campuses belong to the past’: the University of Tokyo tackles the gender gap(2025年2月, 638号)

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第228回

財務部契約課
集中調達チーム
市川 祐

調達を通じ本学のスケールを実感

市川 祐
本部棟2階は絶好のお花見スポットです!

「ワタシのオシゴト」は主に、各部局から依頼を頂いた調達について、入札までの手続きや、その後の契約締結を行う業務です。特に集中調達チームで担当する案件は、政府調達と呼ばれる一定金額以上のものであり、どの案件を扱っても本学の運営や研究についてスケールの大きさを感じることができます。特有の規則や手続きがあり、着任初年度であった昨季は分からないことだらけでしたが、温かな先輩方のサポートを受け、なんとか乗り越えられました(桜をバックにした写真は契約業務の師匠に撮影して頂きました!)。

業務の流れや政府調達ならではの手続きについて、少しずつ覚えてきたので、この1年は少しでも課やチーム、各部の皆様に貢献できるように頑張りたいと思います!

プライベートでは、一目惚れで購入した愛車でドライブ!が趣味だったのですが、半年程前に道で止まってしまったのをきっかけに惜しくも手放しました。現在は次の車を検討中です!

ドライブ好きな市川が惜しくも手放した愛車の写真
月1くらいで舞浜をドライブしていました!
得意ワザ:
写真撮影(練習中なので得意技にしたい!)
自分の性格:
1つの映画やアニメを何周も観るタイプ
次回執筆者のご指名:
清水珠子さん
次回執筆者との関係:
趣味トークができる同期
次回執筆者の紹介:
話題問わず楽しく話す姿が魅力!
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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第37回
文科一類2年宇城謙人

厳しい環境こそチャンス

城ヶ岳で並んで立つ4人のメンバー。
宇久島最高峰・城ヶ岳にて

長崎県の五島列島最北端に浮かぶ宇久島(うくじま)。人口減少が著しく、昭和30年に1万人を超えていた人口は現在約1800人。20代は約10人、高校生は8人という状況で、このままだと宇久島ではなく「沈む島」になってしまう──全く笑えないジョークを島民の方に聞きながら始めた活動のテーマは、宇久島を含む五島列島北部地域への移住促進と「離島活性化協議会」の財政健全化。宇久島を取り巻く過疎化の厳しい嵐を知れば知るほど、あたかも解決への希望がないかのように感じられ、課題解決の難しさを思い知らされた。

夏季休暇に行われた第1回の現地活動では、台風で船便が2日間欠航になり、ようやく宇久島に初上陸。島民の方々に島の暮らしについて伺い、その魅力や難しさ両面について理解を深める。また、宇久島の観光コンテンツも実際に体験し、移住希望者に訴求できるアピールポイントを探した。

第2回の現地活動では、宇久島に隣接する小値賀町(おぢかちょう)新上五島町(しんかみごとうちょう)を訪問。またもや大風で船が欠航になるハプニングに見舞われた。小値賀島は小洒落た飲食店が揃い、「おしゃれ」という評判がこれ以上ないほど似合う島。新上五島町は人口規模が圧倒的に大きいために、「島」というよりは「都会」という印象が感じられた。宇久島と比べ移住促進が先行する2島。その差に歴然としたものを感じた。

第3回の現地活動を経た11月には都内のイベントに参加。学生チームの感覚をもとに、移住相談会では移住希望者向けに3島の暮らしを比較する資料を作成し、参加者に発表した。「アイランダー」(島々の祭典)では全国各地の島々の振興策を聞いて回り、それぞれの施策や根底にある考えを伺った。

最終発表まで、五島列島北部地域の移住促進に画期的な施策はなかなか思いつかなかった。しかし、なんとか施策を提言しようと試行錯誤するその過程で伺ったお話や養った感覚は、大変貴重なものになった。タフな課題を前に「なんとか試行錯誤」する重要性を感じた1年だった。

●メンバーはほかに山中弘毅(工学部卒業)、木戸友仁(工4年)、稲葉佑太(文3年)

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インタープリターズ・バイブル第213回

総合文化研究科 教授
科学技術コミュニケーション部門
梶谷真司

医療人類学が示唆するもの

アーサー・クラインマン(Arthur Kleinman:1941~)の主著『臨床人類学 文化のなかの病者と治療者』(1992/2021)は、科学コミュニケーションにとっても大変示唆に富んでいる。この書は、彼が台湾で精神医学の医者として働きつつフィールドワークを行った成果である。

通常、文化人類学で医療を扱う場合、多くは未開社会の伝統医療を対象とする。他方、彼が取り上げるのは、近代的な社会における様々な医療の多元的・多層的構造である。彼は医療を「民衆セクター」、「専門セクター」、「民俗セクター」に分ける。民衆セクターは、一般の人が自分で行ったり、家族や友人など身近な人たちの間で行ったりする医療や健康法を指す。専門セクターは、何らかの専門家による治療で、主に近代西洋医学を指すが、中国医学や指圧のような代替医療も含む。民俗セクターは、宗教的医療と民間療法からなる。

これら3つのセクターでは、病気の捉え方も対処の仕方も違うし、何が健康で何が治癒と考えるかも異なる。また専門セクターと言っても一枚岩ではなく、西洋医学と伝統医学その他の代替医療では、病気や健康に関する考え方が違う。そこでは、各々が独自の理論的実践的体系をもっているので排除しあい、いずれが正しいか、優れているかを巡って競合する。一般には、確固たる制度を有する西洋医学が最上位にあり、その下に代替医療が来る。

ただし、民衆セクターは最も広い部分を占め、病気が最初に経験され、対処され、様々な治療法の選択や評価が行われるところである。ここでは異なる医療体系の間にあるような対立や隔たりはなく、患者はその間を自由に行き来する。このように民衆セクターは、種々の医療体系の基層として、それらを結合する役割をもつ。一般の人の科学についての理解が不正確で一貫性がないように見えるのは、このためでもある。

ここには重要な含意がたくさんある――科学者と一般の人々は、いわゆるコミュニケーションをとる前からすでに関わりをもっている。しかもこの関わりは、きわめて多様で一義的に規定することはできず、それが実際のやり取りの場面でどのように影響するかはコントロールできない。さらに、科学の権威や正しさは専門家集団によって保証されるが、最終的には、一般の人々がそれをどのように受け止めるかによって左右される。科学コミュニケーションは、ゼロから立ち上げることはできず、すでに関わりあっているところからしか始まらないのだ。

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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第67回

ディベロップメントオフィス
シニアディレクター
山崎将志

新しい寄付の形 ― PayPayの導入

赤門近くのUTCC(東京大学コミュニケーションセンター)に、大きなQRコードが掲示されているのをご存知でしょうか。

2024年11月、東京大学基金は新たな寄付の手段としてPayPayを導入しました。PayPayは国内QRコード決済の6割以上のシェアを持ち、10代から60代以上まで幅広い世代に普及している決済ツールです。

東大基金ウェブページでの決済手段としてだけでなく、UTCCのポスターのように、24時間利用可能なデジタル募金箱としても活用を始めています。

この身近な決済ツールを使えば、スマートフォン1つで、少額からでも気軽に、たくさんの想いを東京大学の発展につなげることができます。

2027年に創立150周年を迎える東京大学は、創設以来、多くの方々の善意によって支えられてきました。赤門をはじめとする歴史的建造物の保存、世界をリードする研究活動の推進、優秀な学生への支援など、その想いは様々な形で実を結び、伝統を支え続けています。

従来、寄付というと「高額でないと意味がない」「手続きが複雑」という印象をお持ちの方も多かったのではないでしょうか。しかし、急速なキャッシュレス化の進展により、そのような考え方は大きく変わりつつあります。PayPayを活用した新しいデジタル寄付の仕組みは、寄付文化をより多くの方にとって身近なものへと進化させる可能性を秘めています。

PayPay導入後、各基金での利用は着実に広がっています。入学式や卒業式、ホームカミングデーといった大学の節目となるイベントや、学内施設のポスターで、このQRコードを目にする機会が増えていくことでしょう。

学内施設に貼ってあるQRコードが表示されたポスター

デジタルという新しい形で進化した寄付文化――その第一歩を、まずは本学関係者の皆様に体験していただきたいと考えています。

「思い立った時に、その場で」という気軽さで、みなさんの想いを東京大学の未来に託すことができます。学内やイベントでQRコードを見かけたら、みなさんの想いを形にしてみませんか。