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『風姿花伝』が「世界の記憶」の国内候補に デジタルアーカイブで東大が貢献

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❶世阿弥直筆『花伝第七別紙口伝』/変色部分は火災の跡。「関東大震災を経た24世の観世元滋さんが借金をしてまで丈夫な蔵を建てたおかげで、東京大空襲でも文書は無事でした」(松岡) ❷世阿弥直筆『花伝第六花修』/「奥書に「心ざしの芸人より外は一見をもゆるすべからず」と書かれており、これが「芸人」という言葉の初出ではないかと考えられています」(松岡)

歴史的に重要な文書や絵画などを保護するユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界の記憶」。その国内候補として、昨年11月、観世宗家伝来 世阿弥能楽論『風姿花伝』が選定されました。本学が公開する「観世アーカイブ」で閲覧できる、日本が世界に誇る貴重文書です。その概要と今後の展望について、能楽研究の第一人者と今回の選定に尽力した研究者に解説をお願いしました。登録の可否は2027年4月頃に発表される予定です。

松岡心平
松岡心平 総合文化研究科名誉教授
教養学部生の頃に観た能の舞台に衝撃を受け、法学部志望から一転、能楽研究の道へ。『宴の身体』(岩波現代文庫)、『中世芸能講義』(講談社)など著書多数。
昨年の6月~8月、英語と日本語の両方で書類作りに集中しました。歴史的意義の紹介に加え、ピーター・ブルック、ロバート・ウィルソンといった海外の演出家や識者たちが世阿弥を高く評価していることや、『風姿花伝』が多くの言語に翻訳され、世界の古典となっていることなども紹介しました。「世界の記憶」に認められるには、どこからでも閲覧できる環境が重要になります。松岡先生が世界中の研究者に利用してもらおうと整備した「観世アーカイブ」の意義は大きいと思います。
高橋悠介
高橋悠介 慶應義塾大学
附属研究所
斯道文庫 教授
ライトアップされた野外の能舞台で演じる演者
2009年に教養学部60周年を記念して行われた「駒場薪能」の舞台。能の観世清和さんが「紅葉狩」を、狂言の野村萬斎さんは「萩大名」を演じました。

能と狂言をあわせて能楽といいます。能はシリアスに異界や死者を描き、狂言はコミカルに現世の話題を扱うのが特徴。かつて三島由紀夫は、能楽をダムに喩えました。大量の文化が蓄積し、そこから放流が起きて新しい文化が生まれる。能楽とはそうした機能を持つ装置です。『千と千尋の神隠し』ではカオナシや龍といった異界の住人や能舞台風の湯屋が登場します。『すずめの戸締まり』で描かれた後ろ戸は能楽の「翁」という演目と結びつきます。現代の作品にも能楽の世界観は息づいているのです。

おそらく世界初の総合的演劇書

能楽を大成した世阿弥(1363-1443)の前期の主著が、おそらく世界初の総合的演劇書である『風姿花伝』です。役者であり劇作家であり演出家でも批評家でもあった世阿弥は、フランスの研究者ルネ・シフェールが「舞台のダ・ヴィンチ」と評した通り、空前絶後の演劇人でした。活躍から約600年。その作品はいまも演じられており、私もいつも感動させられます。こうした総合演劇が日本にあるのは奇跡だと思います。

世阿弥の父・観阿弥を初代とし、現在は26世の観世清和さんが当主を務める観世宗家には、世阿弥直筆のものを含む『風姿花伝』が残ります。全7編の文書は大夫やそれに準じる弟子だけに見せた秘伝書。1909年に吉田東伍という学者が本で紹介して初めて世に知られるようになりました。

第6編『花伝第六花修』の冒頭には、「能の本を書く事、この道の命なり」と書かれており(→画像❷)、世阿弥の本質を表しています。世阿弥にとって、観客をいかに感動させるかが一番の関心事。観客をどう喜ばせるかにこだわった彼は、演劇でマーケティングを追求するなかで次々に新作を書き多くの演劇論を残しました。『風姿花伝』で論じたのは、芸の神髄「花」について。有名な「秘すれば花」という言葉は第7編に出てきます。隠していたものを披露することで、観客は驚き、感動するという意味です。

観世宗家の貴重文書をデジタル化

「世界の記憶」の申請に関しては、2025年3月に産経新聞に掲載された観世清和さんの記事が大きなきっかけでした。界隈で申請の機運が高まり、旧知のご縁から相談をいただいた形です。私だけでは大変なので、かつての学生の高橋悠介さんを推薦し、申請書の準備に尽力してもらいました。

1991年設立の観世文庫には4500点ほどの資料があります。私は2006年から科研費を活用して資料のデジタル化と目録作成を続けてきました。その成果をもとに、附属図書館の協力を得て2009年に「観世アーカイブ」を公開し、駒場コミュニケーション・プラザで記念の薪能を、駒場博物館では特別展示を行いました。文庫の世阿弥直筆本を全て揃える空前の展示でした。「世界の記憶」選定の暁には、いろいろな企画を通し、能楽の魅力をより多くの皆さんに伝えたいと思っています。

これまでの選定例は、ベートーベンの交響曲第9番の直筆譜、アンネの日記、グーテンベルク聖書など。日本からは御堂関白記、東寺百合文書など9点が選ばれています。

https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/collection/kanze

宮崎駿監督のアニメ映画(2001年)

新海誠監督のアニメ映画(2022年)

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本郷正門が紫色に 暴力根絶の願いを込めて「パープル・ライトアップ」を実施

ジェンダー平等と暴力根絶を願い、年末の本郷正門に紫の光を灯すライトアップが行われました。Safer Campus at UTokyo Projectを契機に、安心・安全なキャンパスと社会の実現を目指す試みの一環。気品のある紫を追求する演出が注目を集めました。

12月17日、「パープル・ライトアップ」点灯式が本郷キャンパス正門で開催されました。女性に対する暴力根絶の運動のシンボルであるパープルリボンにちなみ、全国のタワーやランドマークなどを紫色に照らすという内閣府のキャンペーンの一環で、本学は東京都の大学として唯一の参加登録となりました。16時40分からの点灯式は、多様性包摂共創センター(IncluDE)ジェンダー・エクイティ推進オフィスの小川真理子副オフィス長の司会で進行しました。

冒頭挨拶で登壇した藤井輝夫総長は、ジェンダー・エクイティ推進オフィスで始動した「Safer Campus at UTokyo Project」を契機として、ハラスメントや暴力の根絶、人権尊重、ジェンダー平等を学内外へ広く発信することを目指していると述べ、「世界の誰もが来たくなる安心・安全なキャンパス、そして社会の実現を目指します。このライトアップが理念を共有し、行動につなげる契機となることを期待します」と話しました。さらに、UTokyo Compass(2021年)、ダイバーシティ& インクルージョン宣言(2022年)、昨年5月の総長メッセージなどに言及しながら、DEI推進への強い決意を表明。同プロジェクトの一環として実施した生理用品の配布や教職員研修などの啓発活動の展開についても触れ、このライトアップがこれらの取り組みを社会へ発信する象徴的な試みであることを紹介しました。

続いて、ライトアップのデザインを担当した本学出身の照明デザイナー・石井リーサ明理さん(株式会社I.C.O.N.代表)が登壇し、「心に響く紫」「心をつなぐ光」「心に残る光」をコンセプトに、「大学らしい気品のある紫を作るために、昨日の晩も1%刻みで調整しました」と語りました。門柱だけでなく梁も照らすことで人と人のつながりを象徴する光を演出し、よりSaferなキャンパスやインクルーシブな社会の実現への願いを込めたことも紹介しました。

藤井総長、石井さんに相原博昭理事・副学長、林香里理事・副学長が加わって点灯ボタンを押すと、正門はパープルに染まり、ジェンダー平等や安全なキャンパスへの願いを込めた光が輝きました。今回のライトアップは12月23日まで行われ、正門の内と外が紫色の光で包まれる初めての年末となりました。

紫色にライトアップされた正門の前でスイッチに手をかける登壇者の4人
点灯ボタンに手をかける登壇者の皆さん。石井リーサ明理さん(右端)は駒場の21 KOMCEEや柏のKavli IPMUの照明も手がけています。

多様な背景をもつ人々が尊厳をもって過ごせる、安心・安全なキャンパス環境、ひいては社会を築こうとする願いを込めて、本学では初めてライトアップを実施しました。あらゆる暴力やハラスメントを「見過ごさない」「許さない」という姿勢を発信するとともに、「あなたは一人じゃない」というメッセージを伝えるものです。一人ひとりが人権尊重について考えるきっかけとなることを願っています。

小川真理子
小川真理子 ジェンダー・エクイティ推進オフィス
副オフィス長

※2025年度は527施設が参加登録しました(11月時点)。東京都以外の大学としては、岩手大学、静岡大学、山口大学等が参加。東京都の登録機関としては、経団連会館、東京都庁第一本庁舎、東京スカイツリー等が参加しました。https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/no_violence_act/index.html#purple

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クラウドツールや生成AIを駆使した試みに高評価が 2025年度 業務改革総長賞

12月19日、業務改革総長賞の表彰式が安田講堂で開催されました。選考された7課題(総長賞1、理事賞2、特別賞4)に対し、藤井輝夫総長と角田喜彦理事(業務改革担当)が表彰状と副賞を授与。続いて行われたプレゼンテーションでは、受賞者が業務改革の試みを紹介し、優れたアイデアを共有しました。会場とウェビナーを合わせて延べ800名以上の教職員が参加し、受賞を祝いました。

総長賞 UTokyo e決裁アプリの開発による、電子決裁の簡易化と促進

DX推進のための地盤醸成チーム

総長賞受賞者の2人
代表して表彰を受ける(左から)坂口楓太さん、藤森公介さん

取組内容

大学が推奨するTeams「承認」アプリを基盤に、PowerAppsで電子決裁アプリを開発。取り組みメンバーが所属する本部社会連携企画課では会計伝票等を除く7割以上の決裁が本アプリを用いて電子化されている。

評価ポイント

◉本学で提供されているクラウドツール(Microsoft365)を駆使して構築されていて、追加コストゼロで展開可能である点が高い応用性を秘めている。◉学内の電子決裁の普及・促進に資する取り組みで、本学のDX実現に寄与しうるものとして高く評価できる。

理事賞 「秒」で振替!
振替伝票自動仕訳ツール

教養学部等経理課財務チーム係長 松峯正典

理事賞受賞者の3人

取組内容

主に年度末に集中する残額調整や財源修正等の振替伝票の仕訳を自動化するツールを作成。1件あたり数分を要した振替伝票作成時間が約1秒に短縮され、年度末の超過勤務時間を約45%削減した。生成AIを駆使することで、構想から実装までを1ヶ月で実現した点が生成AIやITツール利活用のモデルケースとして高い評価を得た。

理事賞 経理AIアシスタントpowered by
Google×ChatGPT連携RAG

農学部・農学生命科学研究科経理課 経費執行チーム係長 有田竜三

理事賞受賞者の1人

取組内容

Google スプレッドシートとChatGPTを連携させ、経理業務に関するよくある質問や規程を自動で検索・整理しAIの回答に反映する仕組みを開発。AIによる回答だけでなく、質問されたログフィードバックを収集し、よく出る疑問を可視化することで制度改善の優先順位を客観的に定め計画的な業務改善を可能にした。

特別賞

Microsoft Bookings を活用した物品貸し出しのDX化総合文化研究科・教養学部 共通技術室・18 号館共通事務室
「つなぐ」ための法・政治デザインセンターを支える事務体制の確立法学政治学研究科附属 法・政治デザインセンター
ノーコードツール導入による公開講座運営の効率化および高度化の実現メタバース工学部ジュニア講座業務効率化・高度化プロジェクトチーム
「フォルダに入れるだけ」全自動メール送信システム教養学部等経理課財務チーム 大宅海里

24件の応募があった今年度の業務改革総長賞。応募テーマは「DX・D&I・GXを意識した業務の取組」と「組織的な業務フローや業務分担の改善に関連した取組」。表彰後の講話で藤井輝夫総長は、クラウドツールを駆使した電子決裁アプリの構築、生成AIを効果的に活用した振替伝票の仕訳自動化ツールの作成やAI アシスタントの構築などの受賞課題を紹介し、いずれも現場における試行錯誤と実践によって具体化されたものだと評しました。そのうえで、このような積み重ねが大学全体の業務のあり方を変えていくと確信していると話しました。総長賞のチームには30万円(国内研修費)、理事賞のチームには10万円(自己研鑽費)、特別賞のチームには5万円(自己研鑽費)の副賞が渡されました。皆さん、おめでとうございます。

◉応募(推薦)課題の取組内容(過去のものを含む)は、東大ポータル・便利帳「業務改革(改善)に関する課題の一覧」をご覧ください。

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~読者からのフィードバック~ 本誌1599号巻末コラム 「AIを引っ提げてやってきた大学院生」をめぐって

本誌1599号(2025.10.27) の巻末コラム「淡青評論」を読んだ情報学環の教員から、書かれた内容について意見を述べたいという打診が、本部コミュニケーション戦略課に届きました。学内構成員が個人の立場で自由に意見を述べるコラムとして掲載します。

1599号「淡青評論」コラム

1599号「淡青評論」コラムが掲載された記事

「淡青評論」は学内各部局から選出された教員が、大学の諸問題等に関する意見などを自由に語る長寿コラム欄です。1599号では、経済学研究科の小川光先生が、経済学を専門としていない大学院生が生成AIを活用して経済学に関する高水準の論文を仕上げてきたという出来事を紹介。11月7日にX(旧Twitter)でコラムを紹介する投稿をポストすると瞬く間に拡散し、表示回数は50万回を超えました。「淡青評論」史上、最も大きな反響を呼んだ回となりました。

Xで投稿されたポスト画面

↓本編はこちらからご覧ください↓https://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/kouhou/1599/end.html

寄稿
情報学環准教授 ダルグリーシュ・ブレガム Bregham DALGLIESH
ダルグリーシュ・ブレガム

Another question concerning AI

In a recent “Tansei Hyōron” column (no. 1184), Ogawa Hikaru describes how generative AI (GAI) is transforming the world, particularly academic authorship. Whether painters or professors, everyone is grappling with GAI. For one thing, it epitomises the Promethean gap, which depicts our incapacity to conceive the consequences of what we construct. Furthermore, GAI is a technoscience. With its profit-driven research underwritten by the global gerontocracy of guys, the tech brosarchy enjoys unfettered freedom to manufacture their learning machines.

Ogawa’s concern raises the broader question of GAI’s threat to thinking. On campuses of concentration, the interpretive sciences specialise in the how of it. They inculcate deciphering texts and contemplating otherwise. Teaching students to create meaning initially depends on sensory memory, which intuits things immediately present. Learning subsequently requires students to demonstrate knowledge, or the what of thinking. It relies on mind memory that recalls things already past. These individual retentive capacities are notoriously porous. As animals of forgetting, we long ago became digital. We use our fingers to exteriorise our ideas in technical memory, from mulberry paper to data banks. Looping back into our embodied brains, we re-present our previously scattered thoughts as presto thinking. Teaching and learning are therefore strategic and serendipitous processes. Notwithstanding the imperialism of concepts, they spawn a subject of knowledge, which is the holy grail of GAI, and a self with agency that distinguishes me from you.

Getting GAI to comprehend for me overrides having a say in what I know and who I am. The journey becomes superfluous, nay a burden given the capacity of GAI to compute; only the destination counts. Akin to leapfrogging life at birth to get to death, differences in the know-what of each person remain, yet we become the same in our inability to knowwhy. GAI hereby makes consultants of students. Skilled in sourcing information from Cartesian clouds in space, thinkers adept in questioning their time and place become extinct. In short, by deferring to GAI we not only abdicate constituting ourselves as subjects of thinking and acting, but we also enrich its promoters and enhance the powers that support them. For these reasons, we ought to discourage students from the nihilistic gymnastics of GAI, though with Ogawa I fear the horse has already bolted for Gen Z.

(大意)

「淡青評論」において小川光先生は、生成AI(GAI)が世界、とりわけ学術的著述や教育に与える根本的な影響を論じています。GAIは、人間が自ら作った技術の帰結を予測できないといういわゆる「プロメテウスのギャップ」を体現し、利益主導的で男性中心的なテクノサイエンスの政治構造に支えられて発展してきました。

大学教育においては、解釈や方法論がGAI対応に偏り、感覚記憶や身体化された思考を通じて意味を創造する学びが弱体化しています。人間は忘却する存在であり、知を外部化して技術的記憶に依存しますが、これまではそこから主体的思考が形成されてきたといえます。しかし、GAIに理解を委ねすぎることで、知ることや「なぜ」を問う主体性が失われ、学生は思考する存在から情報を操作するコンサルタントへと変えられてしまうのではないでしょうか。

私たちは、GAIに従うことで、思考と行動の主体としての立場を放棄するだけでなく、GAIの推進者を豊かにし、彼らを支える力を強めてしまいます。学生たちはGAIの虚無主義的な振る舞いから距離を置くべきだと私は考えますが、Z世代のなかではすでにその流れが始まっているのもしれません。

※生成AI(ChatGPT)による要約です。元原稿と比べて生成AIの現在地をご確認ください