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令和7年度 退職教員アルバム 先生方の
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令和7年度退職教員の紹介のQRコード

お疲れ様でした&ありがとうございました

年度末に退職する教員情報について全学に提供を呼びかけ、所属部局から提出があったものから、皆さんのお写真を抽出して掲載します。長年にわたる研究・教育活動、大変お疲れ様でした。

=凡例= ❶所属部局 ❷氏名 ❹顔写真 ❸職名 ❺専門分野 行に収まらない場合は省略して掲載 ❻在職期間 中断がある場合は※を付記
法学政治学研究科
田邊國昭教授
田邊國昭
政策学
昭和59年4月~
法学政治学研究科
新田一郎教授
新田一郎
日本法制史
昭和63年4月~
法学政治学研究科
Simon VANDE WALLE教授
Simon VANDE WALLE
競争法
令和元年9月~
医学系研究科
岡部繁男教授
岡部繁男
神経細胞生物学
昭和63年9月~※
医学系研究科
高橋尚人教授
高橋尚人
新生児医学
平成24年3月~※
工学系研究科
大久保達也教授
大久保達也
化学工学
平成3年3月~
工学系研究科
高橋浩之教授
高橋浩之
放射線計測学
昭和64年1月~
工学系研究科
千葉 学教授
千葉 学
建築意匠
平成5年4月~
工学系研究科
中須賀真一教授
中須賀真一
宇宙工学
平成2年4月~
工学系研究科
森田一樹教授
森田一樹
金属生産工学
昭和63年4月~
人文社会系研究科
大津 透教授
大津 透
日本古代史
平成9年4月~
人文社会系研究科
大西克也教授
大西克也
中国語学
平成7年4月~
人文社会系研究科
大宮勘一郎教授
大宮勘一郎
ドイツ語ドイツ文学
平成23年4月~
人文社会系研究科
唐沢かおり教授
唐沢かおり
社会心理学
平成18年10月~
人文社会系研究科
後藤和彦教授
後藤和彦
英語英米文学
平成29年4月~
人文社会系研究科
高木和子教授
高木和子
日本文学
平成25年4月~
人文社会系研究科
橋場 弦教授
橋場 弦
古代ギリシア史
平成18年4月~
人文社会系研究科
堀内秀樹教授
堀内秀樹
考古学
昭和59年4月~
理学系研究科
狩野彰宏教授
狩野彰宏
堆積学
平成28年12月~
理学系研究科
久保健雄教授
久保健雄
動物生理化学
昭和62年11月~
理学系研究科
茂山俊和教授
茂山俊和
超新星爆発
平成4年1月~
理学系研究科
杉山宗隆教授
杉山宗隆
植物生理学
平成8年3月~
理学系研究科
長谷川修司教授
長谷川修司
物性物理学実験
平成2年3月~
理学系研究科
松尾 泰教授
松尾 泰
素粒子理論
平成4年1月~※
農学生命科学研究科
宮下 直教授
宮下 直
生態学
昭和60年4月~
経済学研究科
大日方 隆教授
大日方 隆
財務会計
平成10年4月~
経済学研究科
福田慎一教授
福田慎一
マクロ経済学
平成8年4月~
経済学研究科
星 岳雄教授
星 岳雄
マクロ経済学
令和元年9月~
経済学研究科
松島 斉教授
松島 斉
ゲーム理論
平成6年4月~
総合文化研究科
池上高志教授
池上高志
人工生命
平成6年3月~
総合文化研究科
石田 淳教授
石田 淳
国際政治学
平成14年4月~
総合文化研究科
宇佐美 洋教授
宇佐美 洋
言語教育
平成27年4月~
総合文化研究科
太田邦史教授
太田邦史
合成生物学
平成19年4月~
総合文化研究科
河合祥一郎教授
河合祥一郎
シェイクスピア
平成6年4月~
総合文化研究科
倉田博史教授
倉田博史
統計学
平成12年4月~
総合文化研究科
瀬川浩司教授
瀬川浩司
光化学
平成7年4月~
総合文化研究科
谷垣真理子教授
谷垣真理子
現代香港論
平成10年4月~
総合文化研究科
福井尚志教授
福井尚志
整形外科学
平成23年1月~
総合文化研究科
簑口友紀助教
簑口友紀
物性理論
平成元年4月~
総合文化研究科
山口 泰教授
山口 泰
視覚メディア処理
平成5年10月~
教育学研究科
小国喜弘教授
小国喜弘
日本教育史
平成23年4月~
教育学研究科
山本義春教授
山本義春
生体信号処理
平成5年4月~
薬学系研究科
阿部郁朗教授
阿部郁朗
天然物化学
平成21年5月~
新領域創成科学研究科
浅井 潔教授
浅井 潔
情報生命科学
平成15年4月~
新領域創成科学研究科
大崎博之教授
大崎博之
超電導工学
昭和63年4月~
新領域創成科学研究科
岡本 博教授
岡本 博
物性物理学
平成10年4月~
新領域創成科学研究科
森下真一教授
森下真一
ゲノム科学
平成9年9月~
情報学環
石崎雅人教授
石崎雅人
コミュニケーション
平成15年4月~
医科学研究所
藤堂具紀教授
藤堂具紀
悪性脳腫瘍治療
平成15年1月~
医科学研究所
中西 真教授
中西 真
分子老化学
平成28年4月~
地震研究所
金子隆之准教授
金子隆之
火山学
平成4年4月~
東洋文化研究所
園田茂人教授
園田茂人
社会学
平成21年4月~
生産技術研究所
平本俊郎教授
平本俊郎
集積デバイス
平成6年4月~
史料編纂所
小宮木代良教授
小宮木代良
日本近世史
昭和61年4月~
史料編纂所
本郷恵子教授
本郷恵子
日本中世史
昭和62年4月~
宇宙線研究所
川崎雅裕教授
川崎雅裕
宇宙論
平成5年4月~
物性研究所
常次宏一教授
常次宏一
物性物理学
平成18年9月~
物性研究所
廣井善二教授
廣井善二
固体物性化学
平成10年12月~
物性研究所
森 初果教授
森 初果
物性科学
平成13年9月~
総合研究博物館
西秋良宏教授
西秋良宏
先史考古学
平成8年4月~
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南伊豆に源泉掛け流しの東大温泉♨あり! 熱帯植物と体験学習の拠点 樹芸研究所・下賀茂寮宿泊施設 下賀茂寮の大浴場で一日の疲れを癒す全学体験ゼミの学生さん

伊豆半島の最南端、静かな山あいに湧き出す温泉が、学びの場を支えてきました。自然の恵みを活かし、温室の熱帯植物やフィールド実習、下賀茂寮宿泊施設(以下、下賀茂寮)を通して、学生が自然と向き合う力を育む拠点が、樹芸研究所。所長の齋藤暖生先生に、研究所の役割、温泉が開く教育の可能性、南伊豆とともに紡ぐ新たな展望について聞きました。

齋藤暖生
樹芸研究所長 齋藤暖生

カカオにバニラにマンゴーまで

南伊豆は東京からの移動に時間がかかり、公共交通機関だけでは辿り着くことも難しい場所です。気軽に訪ねられる立地ではありませんが、温暖な気候が育む熱帯・亜熱帯植物、海と森に包まれた静けさ、そして東大でおそらく唯一の源泉かけ流し温泉と、ここに来なければ触れられない学びと体験が確かに存在します。

樹芸研究所では、カカオ、バニラ、コショウ、ターメリック、マンゴー、パラゴムノキ、ビャクダンなど、約200種の植物を育てています。食用植物や油糧植物を通じて食文化や歴史、環境問題へと議論が広がり、植物と人間社会の関係を学びながら失われつつある自然とのつながりを考え直す場として、大きな役割を果たしています。

1948年に掘削された源泉は、100%かけ流しの食塩泉です。温室の熱源として植物の生育を支え、下賀茂寮では学生たちが朝風呂を楽しみ、生活のリズムを整える場にもなっています。さらに温泉は自然エネルギーの活用を学ぶ教材にもなり、新たな研究の芽を育てています。2020年から樹芸研究所が管理するようになった下賀茂寮は、部屋数10の活動拠点です。初対面の学生でも寝食を共にすることで打ち解け、夜遅くまで議論が続くことも。南伊豆という環境、自然、温泉が、深い対話と自由な発想を生む土壌になっています。

目の前の植物がカレーに!

全学体験ゼミ「伊豆に学ぶ自然の恵みを活かす技」では、薪割りや炭焼きなど、自然と暮らしをつなぐ体験をします。自ら割った竹を器に仕立て、研究所産のスパイスを使って作るカレーを盛り付けて味わう時間は、自然の恵みを“生活の技”として感じる象徴的なひとときです。さらに、タピオカの原料であるキャッサバのでんぷんで皮を作る桜餅づくりなど、植物が生活文化を支えてきた歴史にも触れます。「植物を通じて日常と世界の環境がつながった」と語る学生も多く、体験が知を深める確かな手触りとなっています。

近年は、猟師の営みを体験しながら、自然と人について考える講義も始まりました。学生が動物の痕跡を読み取って、猟師が模擬狩猟を行うプログラムは、道なき道を進みながら自然と向き合う実践の場。また、2018年に締結した南伊豆町と農学生命科学研究科との連携協定に基づき、 GX(グリーントランスフォーメーション)を目指して温泉熱を使った親子向けチョコづくり講座など、多様な協働が進んでいます。保護者との対話から新たなアイデアが生まれることもあり、地域と大学がともに未来を描く場としての手応えがあります。

リトリートを兼ねた合宿や研究会にも最適な場所です。南伊豆で過ごす時間は、専門の枠を越えた対話や新しい着想を生むきっかけになるはず。樹芸研究所と下賀茂寮を、教育・研究・交流のフィールドとして学内の皆さんに活用いただければ幸いです。

❶緑に囲まれた2階建ての建物 ❷建物内の吹き抜けになっている廊下 ❸三角屋根になっている透明な温室 ❹木に実っている緑や黄色のカカオ ❺温室内でエプロン姿の参加者がチョコレートへ加工している様子 ❻捕獲されたイノシシ
❶❷保健体育寮だった下賀茂寮(1967年設置)の建物が、2020年に農学生命科学研究科に移管されました。❸1948年に掘り当てられた源泉を熱源とする温室(2009年改築)。❹温室で育てたカカオ(トリ二タリオ種)。❺南伊豆町との協定事業で2月14日に実施した「温泉とカカオ豆から作るチョコレート体験」。9組21名の親子が参加してくれました。❻狩猟体験を中心とした全学体験ゼミ(2月)。猟師さん5名の指導を受けながら学生たちが痕跡調査を行い、イノシシを捕獲することができました。

※下賀茂寮は今後老朽化対応の工事が入る可能性があります。ご利用前に最新情報をお問い合わせください。
https://www.uf.a.u-tokyo.ac.jp/jyugei/

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進展する史料編纂所の地域協創 茨城県立歴史館との共催展を初開催 信長自筆書状や秀吉の新発見誓約状を初公開

2月7日から3月22日まで、茨城県立歴史館で開催された企画展「史料を集め、伝え、そして編む̶̶東京大学史料編纂所の過去と現在」。2025年に編纂所に新設された史料学協創センター開設を記念した展覧会です。史料編纂所が外部機関と共催で所蔵品を展示するのは25年ぶりのこと。国宝、重要文化財を含む約80点が一同に展示された企画展について紹介します。

展示台の中の展示物を見つめる来場者 マイクを持って話す金子拓教授
(左)茨城県立歴史館で開催された企画展に連日多くの人が訪れました。
(右)金子拓教授の講演会には約170人が参加。
羽柴秀吉が送ったとみられる起請文の書状
羽柴秀吉起請文初公開!
織田信長が書いたとみられる書状
織田信長自筆書状
(益田家文書)表初公開!
光厳上皇が書いたとみられる書状
中院一品記(光厳上皇自筆書状)
江戸大地震之図のうち家々が延焼する様子を描いた様子
江戸大地震之図(国宝)

本能寺の変の翌日の秀吉書状

史料編纂所と地域の博物館や文書館との連携強化の第1弾として開催された今回の企画展。編纂所が所蔵する膨大な史料の中から、国宝「島津家文書」をはじめ、代表的な古文書や絵巻、茨城ゆかりの史料などが水戸の茨城県立歴史館で公開されました。

なかでも大きな注目を集めたのが、初公開の「羽柴秀吉起請文」です。織田信長の命を受けて備中国高松城(岡山県岡山市)で毛利氏と戦っていた秀吉が、寝返った毛利方の武将に報奨を約束した誓約状で、日付は天正10年(1582)6月3日。信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」の翌日にあたり、秀吉がまだ信長の死を知らない時点で書かれたことが分かる極めて貴重な史料です。昨年10月に史料編纂所の村井祐樹准教授がネットオークションで発見し、筆跡などの鑑定を経て本物と判断されました。

同じく初公開の「織田信長自筆書状」は、天正6年(1578)に、信長が重臣の荒木村重に向けて、叛意の噂の真偽を問いただそうと書いたもの。墨が乾かないうちに巻かれたため、裏面に墨が移った痕跡が確認でき、信長の苛立ちなどがうかがえる史料です。このほか、安政2年(1855)の江戸地震前後の様子を描いた絵巻「江戸大地震之図」、重要文化財「光厳上皇自筆書状」など、史料編纂所の貴重な史料が並びました。

会場には史料学協創センターの新たな試みを紹介するコーナーも。その関連で展示されたのが、室町時代に描かれた「洛中洛外図屏風」の復元模写です。原本の科学調査結果を踏まえ、当時と同じ材料や道具を可能な限り用いて、原本の色彩を再現したもの。原本の上に紙を置き、筆勢や墨のにじみまで忠実に映し取る「影写」技術の紹介展示もありました。「織田信長自筆書状」を影写した宮﨑肇特任研究員は、「随分とすり減った筆が使われている」と話し、その再現のために毛先を切り、サンドペーパーで傷ませた筆を使ったと説明しました。

信長の印象を変える「絹衣相論」

会期中には史料編纂所教員による講演も行われました。2月22日に開催された金子拓教授の講演では、常陸国の天台宗と真言宗の僧侶が「絹衣けんえ」という法服の着用をめぐって争い、やがて朝廷、さらには織田信長を巻き込む大問題に発展した「絹衣相論」について、展示史料とともに解説しました。信長は、朝廷が天台優位・真言優位と判断を揺らし続ける状況に危機感を抱き、合議による体制整備を求めたのではないかと説明。従来は、信長が朝廷を支配しようとして介入したとする見方が一般的でしたが、近年の研究では、むしろ協力関係にあったという見解もあり、絹衣相論は信長像を再考するうえで重要な事例だと話しました。

地域の博物館や文書館との連携は今後も継続予定で、第2弾として沖縄県立博物館・美術館との企画展も計画されています。