東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。
フェミニズムと自然科学はいかに関連づけられるのか?
/D&I科目「フェミニズム科学論」
D&I部門
文/飯田麻結
科学は身体をどう意味づけるか
今回は、私が2023年度から担当しているD&I科目「フェミニズム科学論」について主にご紹介したいと思います。この授業で最初に取り上げるのは、フェミニズムと自然科学はどのように関連づけられるのかという問いです。この問いを考えるにあたっては、「フェミニズムとは何か」だけでなく「科学とは何か」という視点が重要になってきます。いわゆるSTEM分野に女子学生が少ないことや、女性の生の向上やエンパワメントを目指す「フェムテック」と呼ばれるテクノロジーを思い浮かべる人も多いかもしれません。けれども、ひとつの知のあり方としての自然科学はどのように「客観性」「普遍性」を担保してきたのか、そして私たちの身体をどのように意味づけてきたのか、一歩踏み込んだ問いを考えるきっかけを授業を通じて提供したいと思っています。
この授業の特色のひとつは、各回で扱う内容が必ずしも時系列ではなく、特定のトピックをめぐる議論を幅広く参照する点です。授業の終わりに提出するリアクションペーパーには質問を書いてもらい、それらに基づいて次回の授業構成を考えるため、過去3年の開講はそれぞれ異なる流れで行っています。
また、私が学会やワークショップの参加を通じて見聞きした物事を積極的に取り入れることを心がけています。昨年は3月にベルリンで行われたSTS HubのDiffracting the Criticalで研究発表を行い、回折(diffraction)という現象をどのようにフェミニズム・クィア理論の方法論や教授法として具体的に取り入れることができるかについて議論しました。「回折」概念は、四半世紀以上前にフェミニズム研究者であり科学者でもあるダナ・ハラウェイやカレン・バラッドが差異の生産されるプロセスに敷衍したことで知られていますが、大規模なSTS学会でパネルの半数以上がフェミニズムに関連するという環境は、非常に勇気づけられるものでした。
おかしいと感じた瞬間を逃さずに
学会後にベルリンのクィア・カルチャーの中心部であるクロイツベルクを散策していたところ、ドイツ歴史博物館『啓蒙主義とは何か?』展のポスターを発見しました。近代科学の発展と切り離せない啓蒙主義の歴史の中で、特に着目した展示が〈写真❶〉です。授業でも触れましたが、なぜ右側が空欄になっているのでしょうか? 左はドイツで初めて医師となった女性の肖像画ですが、右側は西アフリカから奴隷として連行され、のちに医師となった黒人男性を表しています。その人物の名前も肖像も記録に残っていません。これは科学史においてジェンダー・人種・階級・植民地主義が複雑に交錯した事例のひとつです。
医学博物館や自然史博物館を訪れるのが私個人の趣味でもあるため、ロンドンのハンタリアン博物館(18世紀に描かれたジョン・ハンターの肖像画〈写真❷〉には不思議な箇所が数点ありますが、気づいたでしょうか?)、コペンハーゲンMedicinsk Museionでの企画展、ベルリン・シャリテの医学史博物館で収集した資料や写真なども多く授業で参照しています。私たちが日常で経験する出来事で「何かがおかしい」と感じる瞬間を手放さず、批判的な思考を培う手助けをしたいと日々考えています。
複合的視点で理解を深める
最後になりますが、D&I部門の教育部門はこれまでの3年間で科目数も増え、受講する学生の数も増加しています。とりわけD&I科目を複数受講するケースについても多く耳にしています。脱植民地主義や障害学、ダイバーシティと法、社会正義論など、様々なトピックを扱っていますが、それぞれ独立した課題としてではなく、互いに関連する議論として複合的な視点から理解を深めようとする主体的な学びの姿勢が広がりつつあります。教育部門としては、引き続きこうした学際的な学びを支えながら、学生が多様な視点を行き来しつつ思考を深められる環境を整えていくことが重要であると考えています。

| 月4 | 性の政治Ⅰ クィア理論 浜崎史菜 |
| 火3 | 地域文化論 脱/植民地政治と性政治 福永玄弥 |
| 火4 | (演習)インターセクショナリティ概論 福永玄弥 |
| 水5 | フェミニズム科学論 ジェンダーと科学 飯田麻結 |
| 木3 | 性と身体Ⅰ 障害学 加藤旭人 |
| 金5 | 性と身体Ⅱ トランスジェンダー・スタディーズ 山田秀頌 |
人文学、社会科学、科学技術論など広範な領域にまたがる多様な講義が前期教養教育に組み込まれ、通年で7コマ開催されています。
https://www.utdandi.org/
https://www.npg.org.uk/collections/search/portrait/mw03322/John-Hunter







