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第74回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

フェミニズムと自然科学はいかに関連づけられるのか?

/D&I科目「フェミニズム科学論」

教養教育高度化機構
D&I部門

文/飯田麻結
飯田麻結

科学は身体をどう意味づけるか

今回は、私が2023年度から担当しているD&I科目「フェミニズム科学論」について主にご紹介したいと思います。この授業で最初に取り上げるのは、フェミニズムと自然科学はどのように関連づけられるのかという問いです。この問いを考えるにあたっては、「フェミニズムとは何か」だけでなく「科学とは何か」という視点が重要になってきます。いわゆるSTEM分野に女子学生が少ないことや、女性の生の向上やエンパワメントを目指す「フェムテック」と呼ばれるテクノロジーを思い浮かべる人も多いかもしれません。けれども、ひとつの知のあり方としての自然科学はどのように「客観性」「普遍性」を担保してきたのか、そして私たちの身体をどのように意味づけてきたのか、一歩踏み込んだ問いを考えるきっかけを授業を通じて提供したいと思っています。

この授業の特色のひとつは、各回で扱う内容が必ずしも時系列ではなく、特定のトピックをめぐる議論を幅広く参照する点です。授業の終わりに提出するリアクションペーパーには質問を書いてもらい、それらに基づいて次回の授業構成を考えるため、過去3年の開講はそれぞれ異なる流れで行っています。

また、私が学会やワークショップの参加を通じて見聞きした物事を積極的に取り入れることを心がけています。昨年は3月にベルリンで行われたSTS HubのDiffracting the Criticalで研究発表を行い、回折(diffraction)という現象をどのようにフェミニズム・クィア理論の方法論や教授法として具体的に取り入れることができるかについて議論しました。「回折」概念は、四半世紀以上前にフェミニズム研究者であり科学者でもあるダナ・ハラウェイやカレン・バラッドが差異の生産されるプロセスに敷衍したことで知られていますが、大規模なSTS学会でパネルの半数以上がフェミニズムに関連するという環境は、非常に勇気づけられるものでした。

おかしいと感じた瞬間を逃さずに

学会後にベルリンのクィア・カルチャーの中心部であるクロイツベルクを散策していたところ、ドイツ歴史博物館『啓蒙主義とは何か?』展のポスターを発見しました。近代科学の発展と切り離せない啓蒙主義の歴史の中で、特に着目した展示が〈写真❶〉です。授業でも触れましたが、なぜ右側が空欄になっているのでしょうか? 左はドイツで初めて医師となった女性の肖像画ですが、右側は西アフリカから奴隷として連行され、のちに医師となった黒人男性を表しています。その人物の名前も肖像も記録に残っていません。これは科学史においてジェンダー・人種・階級・植民地主義が複雑に交錯した事例のひとつです。

医学博物館や自然史博物館を訪れるのが私個人の趣味でもあるため、ロンドンのハンタリアン博物館(18世紀に描かれたジョン・ハンターの肖像画〈写真❷〉には不思議な箇所が数点ありますが、気づいたでしょうか?)、コペンハーゲンMedicinsk Museionでの企画展、ベルリン・シャリテの医学史博物館で収集した資料や写真なども多く授業で参照しています。私たちが日常で経験する出来事で「何かがおかしい」と感じる瞬間を手放さず、批判的な思考を培う手助けをしたいと日々考えています。

複合的視点で理解を深める

最後になりますが、D&I部門の教育部門はこれまでの3年間で科目数も増え、受講する学生の数も増加しています。とりわけD&I科目を複数受講するケースについても多く耳にしています。脱植民地主義や障害学、ダイバーシティと法、社会正義論など、様々なトピックを扱っていますが、それぞれ独立した課題としてではなく、互いに関連する議論として複合的な視点から理解を深めようとする主体的な学びの姿勢が広がりつつあります。教育部門としては、引き続きこうした学際的な学びを支えながら、学生が多様な視点を行き来しつつ思考を深められる環境を整えていくことが重要であると考えています。

❶左側には横顔の人物を描いた楕円形の肖像画があり、右側には対照的に何も描かれていないような白い額縁が並んでいる
D&I部門 2026年度Sセメスター開講科目
月4性の政治Ⅰ クィア理論 浜崎史菜
火3地域文化論 脱/植民地政治と性政治 福永玄弥
火4(演習)インターセクショナリティ概論 福永玄弥
水5フェミニズム科学論 ジェンダーと科学 飯田麻結
木3性と身体Ⅰ 障害学 加藤旭人
金5性と身体Ⅱ トランスジェンダー・スタディーズ 山田秀頌

人文学、社会科学、科学技術論など広範な領域にまたがる多様な講義が前期教養教育に組み込まれ、通年で7コマ開催されています。
https://www.utdandi.org/

❷18世紀に描かれたジョン・ハンターの肖像画
John Hunter by John Jackson, after Sir Joshua Reynolds oil on canvas, 1813, based on a work of 1786
https://www.npg.org.uk/collections/search/portrait/mw03322/John-Hunter

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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UTokyo Brand Studio 実験中!第2回

法科大学院3年雨堤若菜

ブランドコミュニケーションという営み

昨年秋より、UTokyo Brand Studio(以下「ブランドスタジオ」)学生スタッフとして活動しています。キックオフから半年弱、ホームカミングデイへの出展や駒場祭取材といった活動と並行して、グラフィックデザイン、コピーライティングなど様々な角度から、プロの講師による研修を受ける機会を頂いています。

中でもブランドコミュニケーション研修では、クリエイティブ・ディレクターの樋口景一さんを講師としてお話を伺いました。

研修の中で挙げられた例で印象に残っているものがあります。樋口さんが九州新幹線全線開通の広告を担当された際のこと。単に「新幹線が開通した」ことをそのまま発信しては、見る人にとって、交通手段が増えた、という情報にしかならない。そこで企画したのが、沿線の九州各地の人々が九州新幹線全線開通を手を振り歓声をあげて迎える様子を車窓から撮影した映像。こうすることで、小さな地域ごとに社会が形成され分立していた九州の統合、ひいては地域社会や人の輪のつながり、という、より普遍的で視聴者にも共有されるストーリーを伝えることができる。他人事ではなく、心を動かすものになる。そんな考え方は私にとって全く初めて触れるもので、感情に寄り添った、それでいて具体と抽象の視点を使い分けるロジカルな思考に、新鮮な驚きと感動を覚えました。

ブランドコミュニケーションという言葉は何やら難しく聞こえますが、それを考えることは、単なる一方的な広報・発信ではなく、なんだか世界の新しい見方を手に入れることのように私には感じられます。世界のあらゆる物事にそれぞれのストーリーがあって、いろいろな人のさまざまな感情を巻き込んで動いている。その一つ一つに丁寧に寄り添い、意味を見出して、言語化し、あるいは視覚的に表現していく。

ブランドスタジオでの活動を通じ、そのような営みに関われるのなら幸せに思います。この大学に集まる多くのストーリーを大切に拾い上げ、届けていけるよう、ブランドスタジオ一同、これからも模索してまいります。

スライド資料が映るモニターの前で、ノートパソコンを広げながら受講者に話をする講師と、それを見守る参加者たちの様子
研修の様子。樋口さんは本学教育学部の卒業生で、一般社団法人クリエーティブ教育研究所の代表理事も務めています。
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#We Change Now

第18回
ジェンダー・エクイティ推進オフィス通信

女性教員幹部養成プログラム
ネットワーキングイベント開催

2026年2月4日、伊藤国際学術研究センターにて、藤井輝夫総長と各部局の女性教員26名による意見交換会が開催されました。昼食を共にしながら、参加者全員からの1分間スピーチに、藤井総長からのコメントが述べられ、貴重な意見交換の場となりました。

会場でマイクを持って話す登壇者と、それを聞く参加者たちの様子

スピーチでは、「配偶者帯同雇用制度を実現してほしい」「祝日に授業があると学童や保育園が閉まっている」など現状で困っていることをテーマにしたものや、「現行の評価基準は男性的な探求型業績に偏りがちだが、教育や実験などの管理には女性が長ける多角的な視点が不可欠」「東京大学が世界トップ大学を目指すには、大学院生が学際的研究を自ら志せる環境づくりが重要だと考える」といった東大を変革するための提言、さらには、「多様な価値観を尊重し合いながら相互理解を深め、専門知をもって持続的に社会に貢献するリーダーシップを涵養する学びの推進をしていきたい」など東大の未来へのビジョンが語られました。

最後に、林香里理事・副学長より、参加者への激励の言葉が述べられ締めくくられました。

(特任研究員 小野仁美)

「#WeChange 女性教員幹部養成プログラム ネットワーキング」の参加者と登壇者による集合写真
女性教員幹部養成プログラムネットワーキングイベントプログラム(2月4日)
12:00 開会の挨拶(藤井輝夫総長)
12:03 参加者のスピーチおよび藤井総長からのコメント
12:50 閉会の挨拶(林香里理事・副学長)
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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第238回

地震研究所
庶務チーム
砂川実緒里

地震研創立100周年!記念すべき年に

砂川実緒里
地震研マスコット「震研亀」とともに

昨年4月、地震研に異動してもうすぐ1 年。人事給与、教務、スポーツ庁への研修出向を経て、現在は「地震研の庶務業務」がワタシのオシゴトです。

具体的には、就労管理、兼業、健康診断、各種照会、行事対応等を担当しており、定型業務もありつつ、新しい学びや刺激が多くあります。

今年度は特に、地震研究所創立100周年記念事業の対応があり、記念すべき節目の年に地震研の一員として携われたことがとても感慨深かったです。『学内広報』No.1601では、100周年記念式典・講演会を特集していただいておりますので、ぜひご覧ください!

異動初年度のこの1年は、周りの方にたくさん助けていただきました。今後は恩返しできるよう、より広い視野を持ったタフな職員に成長していきたいです。

豪華なトッピングが特徴的な白湯ラーメン
最近食べて一番おいしかったラーメン

オシゴト以外も少し。バスケットボール(Bリーグ観戦、学生時代の仲間とプレーも!)や、美術館巡り、美味しいものが大好きです。いつまでも趣味を楽しめるよう、健康に気を付けていきたいと思います。

得意ワザ:
こつこつ継続(日記は20年以上継続!)
自分の性格:
てきぱき、マイペース
次回執筆者のご指名:
藤森公介さん
次回執筆者との関係:
同期のお兄さん
次回執筆者の紹介:
業務改革マン!祝・総長賞!!
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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第42回
文科一類2年宇城謙人

「見えない」声に向き合い 伝える

FS珠洲市チームのミッションは「子どもたちが思い描く『珠洲のみらい』を表現しよう」。人口減少・過疎化が全国に先立ち進む中、2024年に能登半島地震、奥能登豪雨の被害を受けた珠洲市に生きる高校生が、地域や自らにどのような将来像を思い描いているのかを探り、地域の未来シナリオの設計に役立てようというものだ。

FSとして2回現地を訪問して行った高校生へのヒアリング──と一口に言っても簡単なものではなかった。大人の持つ言葉の重さゆえに、高校生が大人と会話する中で口をつぐんだり、通り一遍な受け答えになってしまう場面に遭遇した。「珠洲の魅力とは?」という問いにも、意外に詰まってしまう。子どもたちが本当に「思い描く未来」とは?生の声を聞く難しさ、そしてその重要性にハッとさせられた。チームでなんとか良い方法はないか検討し、時には高校生の部活動に混ぜてもらって(時にはキャッチボールもしながら!)ひたすら「普通の会話」をすることを繰り返し、そこから見える高校生の本音を探った。

展示ポスターが並ぶ会場で、笑顔で並ぶ5人の男女の集合写真
展覧会での様子

録音で集めた声はそのまま文字に起こし、1月17、18日の両日、SHIBUYA SCRAMBLE SQUAREの15階にあるSHIBUYA QWSでの展覧会の開催を目指した。どうすれば能登半島の先端に生きる高校生の声をリアリティを持った声として来場者に届けられるか、チームで試行錯誤。文字起こししたものをポスターにするだけでなく、動画作品も作成した。また、活動内外で、時にはひょんなことから知り合った珠洲出身の方にお声かけして、それぞれが珠洲に対して感じてきたことを語ってもらう3件のトークセッションを設計した。

当日は2日間合わせて72名の方にご来場いただいた。目標としていた100名には及ばなかったが、2時間を超えて滞在いただく来場者が多くを占めたほか、来場者同士の交流が活発だった印象だ。珠洲の高校生の声をきっかけに来場者に何かのヒントが与えられたのであれば、感無量だと感じている。ご協力いただいた珠洲市役所、SHIBUYA QWS、大学の皆さん、そしてチームメンバーの皆さんには感謝しかない。

●メンバーはほかに鈴木律紡(文学部3年)、廣田彩咲(教養学部4年)

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インタープリターズ・バイブル第223回

総合文化研究科 客員教授
科学技術コミュニケーション部門
小松美彦

シラカシ

30年ほど前のことである。来宅した旧友と散歩に出かけた。道すがら、ある場所のことが気になり、久しぶりに足を運んでみた。

それは、木が鬱蒼と茂った、幅1メートル半、長さ100メートルたらずの小道である。農家が屋敷森の一部を区に貸与して「区民の森」となり、そのために敷かれたものである。ただし、当時は両端が藪に覆われ、小道があることすら気づかれにくい小道であった。

蝉時雨に打たれながら旧友とそこへ入っていくと、ふと懐かしい匂いが鼻をついた。私は、やにわに「クワガタの匂いだ」と叫び、脇の大木に目を遣った。その幹には、「シラカシ」と書かれた白い鉄板がぶら下がっており、気配につられて私はそれをめくってみた。すると、クワガタが1匹現れたのである。しかも、近所では初見のオオクワガタである。小ぶりだが、オスのオオクワガタが樹液を吸っていたのである。

それからそこは、私と子供の秘密の場所となった。子供には、クワガタの匂いならぬ樹液の匂いを覚えさせ、集う昆虫を観察させた。時には家に持ち帰ってスケッチさせ、シラカシへと戻した。そして、その根が張り出し、小道が上下にうねっている様も確認させた。日々、どんな昆虫と出会えるかが楽しみだったが、一番の気がかりは、その場所が皆に知られ、虫たちが連れ去られることであった。

しかし、その心配は、何年かで無用になった。シラカシはやはりそびえていたが、虫たちが来なくなったのである。小道が舗装されたためである。シラカシの背後には「区民の森」が広がっているのに、わずか幅1メートル半の小道を簡易舗装しただけで、樹液が涸れてしまったのである。

オオクワガタもカナブンもカブトムシも、いなくなったことによって、いたことを知らせた。シラカシは、虫たちが来なくなったことによって、樹液が涸れたことを知らせた。そして、樹液の枯渇は、小道が舗装されたことの複雑な意味を知らせたのである。

簡易舗装のアスファルトが覆ったのは、小道だけではなく、自然とのコミュニケーションを可能にする私たちの感性でもあるだろう。ならば、歴史とのコミュニケーションをもたらす感性も覆ってはなるまい。

シラカシの樹液がそうであったように、例えば自由も民主主義も一度失われたなら、戻ってこない可能性のほうが高い。何気ないことの絶大な存在意義は、ともすると、不在となってはじめて覚知されるのである。

イ・ア・ラ

科学技術インタープリター養成プログラム

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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第77回

ディベロップメントオフィス
アソシエイトディレクター
山田朋子

支援が育む学生の挑戦

「ステューデントサポーターズクラブ(SSC)奨学金」は、返還不要の給付型奨学金として、2022年に創設され、今年度で4年目を迎えました。これまでに127名の修士学生の学びを支えてまいりました。本奨学金の大きな特長は、学生が研究成果を自ら発表し、日頃支えてくださっている寄付者の皆様から直接ご感想やアドバイスをいただける機会が設けられている点にあります。

2026年2月に開催された2024年度採用学生の最終成果報告会では、寄付者の皆様に加え、今回初めてSSC奨学金の修了生も参加し、世代を越えた交流の場となりました。当日は、現役奨学生が6名ずつの5グループに分かれ、順番に寄付者の皆様のテーブルを回りながら、事前に作成した報告書冊子をご覧いただき、研究成果について発表いたしました。経済的な不安が和らいだことで研究に専念できたこと、新たなテーマに挑戦できたことなど、支援がもたらした具体的な変化が、学生自らの言葉で語られ、会場は温かな雰囲気に包まれました。

また、修了生からは、在学中に受けた2年間の支援が現在の進路につながっているというお話もあり、支援が一過性のものではなく、未来へと受け継がれていくつながりであることを実感するひとときとなりました。

奨学金は、寄付募集、選考、資金管理、学生支援など、多くの部署の連携によって支えられています。支援する人、支えられる人、そしてそれをつなぐ人。それぞれの思いが重なり合い、本学の寄付文化はゆっくりと着実に育まれています。

報告会は、その協働の成果が学生の成長というかたちで結実していることを学内で共有する機会でもあります。これからも将来に繋がる交流の場となるような報告会を企画したいと思います。

今後も学内外の皆様とともに、学生一人ひとりの挑戦に寄り添い、その歩みをあたたかく支えてまいります。

採用学生の最終成果報告会でテーブルを囲んで資料を確認する参加者たちの様子
SSC奨学金について(東大基金)のQRコード
SSC奨学金について
(東大基金)