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すべての歴史は現代史であり、その物語(narrative)は望ましい未来を創出していくための資源です。
来たる創立150周年に向けて日々進められている年史編纂の現況を、当事者の声を通して隔月で伝えます。

文学部出身者の戦没率は本当に高かったのか

百五十年史編纂室副室長
鈴木 淳
鈴木 淳

大正期の大学と研究所の関係は?

百五十年史編纂室副室長として、1945年までを扱う通史篇第1巻のまとめ役を務めています。百年史は辞書的な存在でしたが、今回は読み物としての書籍を意識しています。百年史の際とは逆に、執筆者は若手でなくベテラン中心で、原稿は匿名式でなく記名式。大学について考えてきた5人の教員が、自分の体験や知見を反映させながら、大学としてではなく各々の見解として書く形を取ります。

自分の執筆担当は大正時代はじめから関東大震災まで。大学で研究所が制度化された頃です。大学の研究所はいかに生まれ、全学にどんな影響を与えたのか。最初の設置は伝染病研究所ですが、これは学外の事情による面が大きく、大学が主体的に設置した端緒は航空研究所。既存の天文台も航空研にならって附置研究所に改組されます。当初附研究所だった航空研は後に附研究所になりますが、伝研は最初から附研究所でした。目を転じると、駒場農学校以来、農学部には実科教育の機能がありましたが、手狭な弥生の地に移ったのを機にその機能は失いました。こうした大学の成立過程は百年史を読み込めば見えてくるのですが、もう少しわかりやすく、現在の大学とつながる姿が伝わるようにしたいと思いながら書き進めています。

学徒出陣期の戦没者録を再検討

一方で進めているのは、学徒出陣の再検討です。『東京大学の学徒動員・学徒出陣』(東大出版会、1998年)という書籍があります。学徒出陣から50年のタイミングで、東京大学史史料室が同窓会等から戦没者情報を集めてまとめましたが、集まったのは全体の7割程度でした。この本には以後も調査を続けると記してありますが、残念ながら実際には行われていないことに気づき、再検討するなら150周年目前の今しかないと思いました。

数年前、学徒出陣の戦没者には文学部生が特に多いという情報がテレビ番組で流れました。その出所は本書でしたが、今回調べ直してみると、掲載した数字に誤りがあり、指摘ほどの差はなかったとわかりました。在籍者が亡くなった場合は情報が大学に残りますが、卒業生の場合は残りません。学徒出陣の世代では、戦没者率は理系より文系のほうが明らかに高いです。戦争中、医学部生の多くはまだ大学にいて戦地には行かず、工学部生は卒業しても主に陸海軍の技術士官として武器を作らせられたり飛行場を整備させられたりしていたでしょう。医者でも技術者でもない文系の学生を出陣させるという動きは、やはりあったと考えられます。特攻隊に配属されるのも文系が主でした。実は農学部の農学科や農業経済学科は文系扱いで、学徒出陣の対象でした。この辺りの事情については、通史篇1巻の1938年以降の章で言及されることになるでしょう。

4月末、先述の書籍に掲載された情報をデータベース「東京大学関係戦没者名簿」(https://h150.l.u-tokyo.ac.jp/warvictims/)として公開しました。1703件の情報(入学年月、学部学科、氏名)を掲載していますが、他に情報があったら教えてほしいと呼びかけています。戦争の記憶は社会でどんどん薄れつつあります。戦争に行った東大生のお孫さんなどがこのデータベースの存在に気づいて情報を寄せてくれることを願っています。

『東京大学の学徒動員・学徒出陣』の書籍表紙。グレーの背景に、力強い赤色の文字でタイトルが縦書きで記されている。
吉川弘之総長の下で1993年に始まった調査が元。本には文学部の戦没者率は10.6%とありますが実際は8.0%(法学部7.1%、経済学部6.0%)。文系3学部間に大差はありませんでした(1942年10月入学者の数値)。
学徒出陣期とそれ以前の入学者・戦没者・戦没者率(補正済)
  学徒出陣前
(1926~41年入学)
学徒出陣期
(1942~45年入学)
学部 入学者 戦没者 戦没者率 入学者 戦没者 戦没者率
11115 439 3.9 3277 148 4.5
2654 157 5.9 873 4 0.5
5517 141 2.6 4417 11 0.2
5605 177 3.2 1808 92 5.1
1801 39 2.2 807 7 0.9
3424 95 2.8 1121 19 1.7
経済 6147 231 3.8 1941 92 4.7
文科系 22867 847 3.7 7026 332 4.7
理科系 13396 432 3.2 7218 41 0.6
合計 36263 1279 3.5 14244 373 2.6
「天上大風」と大きく刻まれた石碑。石碑には「東京大學學徒同窓生之碑」という文字も刻まれており、周囲を緑の植栽が囲んでいる
「天上大風」は良寛の言葉。
木々や店舗が立ち並ぶ、街角の風景。手前には木や植え込み、奥には赤い看板のお店が見える
本郷通り沿い、正門を出てすぐの民地にある慰霊碑は、医学部戦没同窓生追悼基金が2000年に建立(追悼対象は医学部生に限らず)。
「東京大学関係戦没者名簿 検索」のウェブサイト画面。
学生、卒業生、教職員など、東大関係者の戦没者の情報をお持ちの方は百五十年史編纂室戦没者調査担当(war-victims@l.u-tokyo.ac.jp)までご一報ください。
「東京大学関係戦没者名簿 検索」のQRコード

(担当する時代順に)中西啓太、山口輝臣、鈴木淳、苅部直、加藤陽子 医科学研究所の前身 先端科学技術研究センターの前身 文書館の前身

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UTokyo Brand Studio 実験中!第5回

工学系研究科修士課程1年北村修悟

一つのブランド、多様な伝え方

ブランドスタジオでの出会いをきっかけに新たな試みが生まれている。その一つが、今回の五月祭で学生スタッフ有志で出店したグッズショップだ。このショップは、本コラムで報告してきた研修も活かして学生が自らの手でブランドコミュニケーションを実践し、東京大学の魅力の効果的な伝え方を模索する実験の場として企図したもので、学生考案によるオリジナル大学グッズの販売を行った。

企画実行にあたって課題になったのが、学生有志ではUTokyo Logotype等の東大の商標は利用できないという制約である。我々は逆にこの制約を生かす方向でデザインできないかと考えた。鍵となったのは、「東大に愛着はあるが、大っぴらに東大生であることをアピールするのは抵抗がある」という絶妙な学生の心情である。今までも、東大への愛着をわかりやすく表明することに躊躇いのない層に向けたグッズは、UTokyo Logotype入りのものを中心に豊富に展開されてきたが、目立たずに愛着を示すニーズに応えたものは少なかった。この洞察を基に、キャンパスの特徴や関連する言葉といった間接的な表現を敢えて用い、「見る人が見れば東大だとわかる」デザインのグッズを制作した。いきなりデザインし始めるのではなく、どんな需要に対してデザインするのかから始められたのは、ブランドスタジオでの研修のおかげだ。制作したTシャツ、ミニタオル、ブックマーク、キャンパス案内冊子などは全品が完売し、この方向性に一定の需要があることが確認できた。

今回の企画を通じて改めて実感したのは、大学のブランドを考える上では、名前やマークはもちろん大切にしつつも、コミュニティとしての大学やそこで生まれる物語、場所性を持ったキャンパスそのものも含めて、広い視点で捉えることの必要性だ。今後の活動では、この視点を踏まえて、キャンパスライフの発掘と発信などをさらに強化するとともに、潜在的な東大のファンを、より積極的なファンに変えていけるよう励んでいく。

学園祭のブース前で笑顔で並ぶ4人の学生。手にはオリジナルグッズのタオルハンカチを持ち、テーブルにはポスターやパンフレットが展示されている
図書館前広場に出店した学生スタッフ有志のグッズショップ(右端が筆者)。
学園祭のブースのテーブルに並べられたグッズ類。赤門がデザインされた青いフライヤーや、ロゴ入りのTシャツなどが展示されている
「東大生の本郷キャンパスお散歩マップ」をはじめとするオリジナルグッズの数々。
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蔵出し!文書館 The University of Tokyo Archives第62回

収蔵する貴重な学内資料から
140年を超える東大の歴史の一部をご紹介

坐右標準──いつでもそばに、確かなルールを

『坐右標準』と書かれた簿冊

前回ご紹介したウインドー・アルバムから一転、随分と傷んだ表紙である画像の資料は『坐右標準 壱 明治七年二月ヨリ十二月至ル』(S0026/SS01/0070)という名の簿冊で、当館所蔵の『農学部前身組織関係資料』に含まれていました。

農学部のルーツは明治7年に設置された農事修学場までさかのぼります。農事修学場は明治10年に農学校、明治15年に駒場農学校、明治19年には東京山林学校と統合して東京農林学校となり、明治23年に東京帝国大学農科大学となりました。

『農学部前身組織関係資料』はこれらの各機関によって作成され、引き継がれていった文書群です。この簿冊も、表紙には「農学校」、中表紙には農事修学場の事務を担った「農学掛」と書かれており、さらにその両方に「東京農林学校図書印」が押されているなど、組織変遷の跡を確認することができます。

『明治九年 坐右標準 第一月 第六課』と書かれた文書

『坐右標準』は全部で5冊残っており、明治7~19年に作られた規則類や文書のひな型等が確認できます。その中には簿冊の類型が記された明治9年の文書もあり、『坐右標準』について「此簿冊ハ本省御達ノ諸規則其外総テ模範トナルベキ一切ノ件ヲ纂集綴込ノ坐右ノ便ニ供ス」と書かれています。その名のとおり、日々の業務を進めるうえで参照すべき規範をまとめた、座右の書ならぬ「座右の簿冊」だったようです。

ただ、長期にわたる保管の過程で、各簿冊は虫損や水損による劣化が進み、一部は開くこともままならない状態となっていました。大がかりな修復は当館には難しく、利用にも支障が生じる状況が続いていましたが、理事の方からのご厚志により、専門家による修復とデジタル化を進めることができました

この度、当館デジタル・アーカイブで公開されたことにより、再び誰かの「座右の簿冊」となることを願っています。

(特任研究員 小澤 梓)

修復前の資料の状態と修復の様子は、当館刊行の『東京大学史紀要』第34号と『東京大学文書館ニュース』第68号及び第72号(https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/history/03_j.html)で紹介しています。

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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第241回

経営企画部ダイバーシティ推進課
教育研究支援チーム
平賀琢也

ダイバーな視点から得られるもの

平賀琢也
多様性包摂共創センターのロゴとともに

今のチームには2026年4月に着任いたしました。多様性包摂共創センター運営に係る経理業務から研究支援業務、そして進学促進業務まで多岐にわたる業務を周りの方に聞きながら何とか日々すごしています。

異動した当初は「ダイバーシティって何だろう?」と思っていましたが、業務を通してその姿を捉えられつつあるような気がしています。女性学生を増やすための女子中高生向け入試広報業務では地方出身の自身と重ねて考えさせられたり、ライフイベントに関する支援業務では支援の必要性に対して解像度が広がったりしました。今まで知らなかっただけで、案外、身近にダイバーシティがあったのかもしれません。

観客で満席のテニススタジアムを背景に、ガッツポーズをしてカメラに微笑みかける様子
昨年にパリで全仏オープンテニスを観戦しました!

オフの時間にはテニスをしています。休日にキャンパスのコート等で職員や研究者たちと練習しています。テニスの試合で勝ち抜いていくには、局面に囚われずに広い視野を持って勝ち筋を見定める必要があるのですが、「広い視点を持って臨むこと自体がダイバーシティってコト?!」と感じつつあります。

得意ワザ:
全力フォアハンドストローク
自分の性格:
ちいかわみたいだなぁと思います
次回執筆者のご指名:
櫻井雄介さん
次回執筆者との関係:
職員テニス仲間
次回執筆者の紹介:
聞き上手で優しい先輩です!
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デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう第52回

総合研究博物館
講師
矢後勝也

デジタルでひらく昆虫学の源流

東京大学総合研究博物館が公開する「UMDB昆虫」データベースの中でも、「佐々木忠次郎教授関連昆虫コレクション目録」は、日本の近代昆虫学の黎明期を今に伝える貴重なデジタルアーカイブである。本コレクションは、帝国大学農科大学養蚕学教室の初代教授の一人・佐々木忠次郎と、それに関連した研究者たちによって構築されたもので、明治から大正期にかけて収集された標本群を中心に構成されている。欧米式の針刺し標本として国内最古の部類に属し、その歴史的・学術的価値は極めて高い。

とりわけ注目されるのは、当時の養蚕研究や害虫研究に用いられた標本、東京近郊で得られた絶滅種・絶滅危惧種、さらには新種記載で指定されたタイプ標本などが多く含まれている点である。これらの標本は単なる分類資料にとどまらず、当時の環境や生物相を記録した「タイムカプセル」としても重要な意味を持つ。標本箱に並ぶ個体の一つ一つからは、草創期の研究者たちの観察眼と収集への情熱、そして昆虫学を切り拓こうとした熱意が静かに伝わってくる。

本目録は、東京大学デジタルアーカイブズ構築事業の一環として総合研究博物館が進めるプロジェクトの中で作成されたもので、標本情報はウェブ上で体系的に公開されている。分類や分布に関する基礎データとして、分類学・生物地理学・保全生物学など多様な分野での活用が見込まれるとともに、過去と現在の環境変化を比較するための基盤資料としても大きな可能性を持ち合わせている。

近年では、画像付き標本データベースとしての整備も大学内でさらに進みつつあり、標本の可視化とアクセス性は飛躍的に向上している。これにより、研究者のみならず一般市民や学生も、博物館に足を運ぶことなく歴史的標本に触れる機会が増えるようになった。過去の研究資源を未来へとつなぐデジタルアーカイブとして、本コレクションは今後ますます重要な役割を担うことを期待したい。

標本箱に並べられた、多数のカイコの標本
養蚕学に関する実験で用いられたカイコ標本
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インタープリターズ・バイブル第226回

生産技術研究所教授
科学技術コミュニケーション部門
大島まり

科学技術と社会のこれから

最初に当コラムを執筆したのは16年前の2010年だった。それから16年がたち、科学技術と社会の関係は大きく変化した。そして、科学技術と社会をつなぐ科学技術インタープリターに求められる役割もまた変わってきたように思う。

脳動脈瘤における壁面せん断応力の分布を示すカラーマップ。血流のストレスが高い部位が赤色や黄色で、低い部位が青色で表現されている
脳動脈瘤の壁面せん断応力分布(Torii, R., Oshima, M., Comput Mech, 2010)

2010年の私の最初のコラムの題目は「研究をわかりやすく伝えるには」であった。当時の科学技術に求められていたのは、より正確に、より速く、そしてよりわかりやすく伝えることだった。私自身の研究も、医用画像とシミュレーションを融合し、これまで見ることのできなかった脳内の血流現象を正確に効率的に捉え、図のようにわかりやすく可視化することに取り組んでいた。

「研究をわかりやすく伝えること」の重要性は、今も変わらない。一方、この16年で、科学技術は私たちの社会により深く浸透するようになった。AI、とりわけ生成AIは、私たちの仕事や学び、日常生活のあらゆる場面に関わるようになっている。科学技術は社会の外側にある特別なものではなく、社会そのものを支える基盤となってきている。

さらに振り返れば、映画『ターミネーター』が公開された1984年は、私が大学を卒業した年でもある。人間と機械が対峙する未来など、現実のものとして考えたことはなかった。しかし近年のAIやPhysical AIによるロボティクスの進展を見ると、SFの世界で描かれた未来が少しずつ現実に近づいているようにも感じる。だからこそ、性能や効率だけでなく、信頼性や倫理、社会との関わり方がこれまで以上に重要になっている。研究成果を伝えるだけでなく、社会とともに科学技術のあり方を考え、ともに未来を創り上げていくことが求められている。

私は来年3月をもって定年退職を迎えるため、本号が最後の執筆となる。本コラムへの執筆のきっかけとなった「科学技術インタープリター養成プログラム」を通じて、多様な専門分野をもつ教員、職員や学生と活動する機会を得たことは、私にとって大きな財産となった。

未来を予測することは難しい。しかし、科学技術と社会が互いに学び合いながら未来を共創し、より良い社会を形づくっていく。そのような時代になることを願っている。

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ききんの「き」 寄附でつくる東大の未来第80回

ディベロップメントオフィス
アソシエイト・ディレクター
吉原瑞樹

つながる、150周年カウントダウン

2027年4月12日「東京大学創立150周年」のその日に向けて、学内外の機運がますます高まっているのを感じます。この熱量とみなさんの応援メッセージをより広く社会へ届けていくため、期間限定の創立150周年SNSアカウント(@UT150anniv)を新たに開設しました。

発信の中心は、東大校友会の國部毅会長をはじめとする150周年記念事業150人委員会の委員の方や、学内外の多くの方々から寄せられた応援メッセージです。カウントダウン形式で継続して紹介し、一つひとつの言葉をつないでいきながら、みなさんと150周年への期待を高めていきます。ぜひ学内のみなさんには、アカウントのフォローや投稿の拡散、そして写真・コメント・関連情報の共有などを通じて、この取り組みを後押ししていただければ幸いです。次世代へのエールがより多くの方々に届くことで、150周年のテーマ「つながる」を体現していきます。

150周年記念基金は次のステップへと踏み出します。この度、卒業生・関係者のみなさんのご支援、そして現場で日々取り組む教職員・学生のみなさんの力によって、記念基金「UTokyo NEXT150」の目標金額「150億円」の達成が見込まれる状況となりました。心より感謝申し上げます。これを通過点として、私たちはさらなる未来を見据え、目標を「200億円」に引き上げ挑戦を続けてまいります。変化の時代にあっても東京大学が学術の拠点として世界をリードし続け、教育研究の価値を社会へ還元し続けるためには、変化にすばやく対応できる強固な財政基盤が欠かせません。赤門も来年は200周年、新たな目標200億円に向け、引き続きのご理解とご支援をどうぞよろしくお願いいたします。

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