社会や技術が急速に変化するなか、学びは学生時代だけで完結するものではなくなっています。本学では、社会人の学び直しから教養の探究まで、多様なリカレント教育を展開してきました。その取り組みの全体像を紹介するとともに、今年度から職員の無料受講枠を新設した東京大学公開講座を、秋季講座企画委員長の村本由紀子先生に教えてもらいます。
広がるリカレント教育の取り組み
生涯にわたって学びを繰り返す「リカレント教育」、本学ではどのようなプログラムを提供しているのでしょうか。
学内で実施されているリカレント教育プログラムを情報集約した学内向けデータベースによると、2024年度には26部局で305講座が実施され、分野別には、学際的(29.5%)、人文科学(16.9%)、社会科学(14.7%)、工学(13.8%)、理学(8.1%)等と多彩な講座が開講されていることが分かります。種類別にみると、正規課程(社会人特別選抜)、科目等履修生制度、履修証明プログラム等の「学位プログラム」、幅広いリベラルアーツ教育に裏打ちされた多様な知識の習得を目的とした「教養講座」、そして専門的な知識や高度な技術等を学ぶことを目的とした「リカレント教育プログラム」と大きく3つの体系に分けられます。学内外に向けて情報を提供する「東京大学リカレント教育講座ポータルサイト」(2024年6月開設)には、2026年8月時点で、57の学位プログラム、44の教養講座、33のリカレント講座が掲載されています。
UTokyo Compassでは「大学と社会をつなぐ双方向リカレント教育の実施」を掲げ、「複雑かつ急速に変化する社会に対応するため、大学が社会に対して知を提供する一方、社会課題を学ぶ交流の場として、双方向型リカレント教育を実施する」ことを目標に定めています。急速に発展する科学・技術や激動する社会変革の最先端に対応することはもちろんですが、様々な経験を積んだ社会人が人文・社会科学の核心に触れ直し、新たな気づきや学びを得ることも重要です。リカレント教育を通じて本学の教育・研究成果を社会へ届けるとともに、社会と大学との新たな接点が生み出されることも期待されています。
大学と社会をつなぐ
2025年4月には学内向けに「リカレント教育ガイドライン」が策定されました。これにより、リカレント教育プログラムの質を担保し、安定的かつ持続可能な運営と規模拡大につながることが見込まれます。本学が提供する多様なリカレント教育は、幅広いリベラルアーツ教育に裏打ちされ、創立以来の学問的蓄積である総合知、専門知を教育によって社会に還元してきたことが特色ですが、ガイドラインやポータルサイトなどの活用により、本学の特色あるプログラムが多くの人々の学び直しの実現に寄与することでしょう。
また、リカレント教育は本学の職員や学生にとっての学びの場でもあります。職員にとっては、本学の教育・研究を知り、自身の業務知識に反映する契機となり、学生にとっては実社会で活躍する多様な学習者との交流を通じて、生涯学習の意義や社会課題について考える機会となるでしょう。構成員の学びの後押しも始まっています。
「教養講座」の一つである「東京大学公開講座」は第142回(2026年春季)から、職員と学生の受講枠(無料)を設定し受講の機会を広げました。秋季公開講座のテーマは「国家と平和」。詳しい内容を右頁でご紹介しますので、関心を持たれた方はぜひ受講を検討してはいかがでしょうか。
人文社会系研究科長 村本由紀子 MURAMOTO Yukiko
第143回東京大学公開講座「国家と平和」企画委員長に聞く公開講座の見どころは?
切実な現代的課題と向き合う
――今回のテーマを「国家と平和」としたのはなぜでしょうか?
もともと150周年記念事業のテーマリストの一つでした。私がこのテーマに魅力を感じた理由は、現代性と普遍性を併せ持っているからです。何よりもまず、これは今を生きる私たちにとって切実な問題です。世界各地で戦争や紛争が続き、サイバー攻撃やAI技術をめぐる新たな課題も生まれています。気候変動やパンデミックのように、一国だけでは対応できない問題も増えています。
同時に、このテーマは人類の歴史を通じて問い続けられてきた、時代を超える課題でもあります。国家とは何か、平和とは何か。歴史学や哲学、政治学をはじめ、多くの学問が長い時間をかけて向き合ってきました。150年という大学の歴史の節目に位置付ける意味でもふさわしいと考えました。
――今回のプログラム構成について教えてください。
学際的なテーマなので、法学、歴史学、宗教学、国際政治学、経済学、情報工学など、多彩な分野の研究者にご登壇いただきます。
特徴的なのは2日目です。ジャーナリストの船橋洋一さんの著書『戦後敗戦』を題材に、船橋さん、国際政治学の鈴木一人先生、日本史の加藤陽子先生が特別討論を行います。総括討議に100分を割く異例の構成ですが、「国家と平和」を現代日本の問題として考える貴重な機会になると思います。3日間を通して、戦争の記憶や歴史を振り返る議論から、現代社会が直面する課題を経て、新しい技術がもたらす可能性や未来の平和へと視線を移していく構成にしました。過去・現在・未来という時間軸に沿って緩やかなつながりを持たせています。
異なる知が交わる面白さ
――村本先生が考える公開講座の魅力はなんでしょうか?
総合大学には、多様な学問や研究者が集まっています。時間軸も扱う地域も方法論も異なる知が一つのテーマに対してアプローチし、互いに影響しあう。それが大学の大きな強みです。私が特に楽しみにしているのは、(2日目の特別討論を含めた)各日の「総括討議」。それぞれの先生の講演後に登壇者全員で行う討議です。悠久の歴史を遡る研究や情報デザインの研究など、異分野の研究者たちの議論が交差するとき、どんな新しい見方が生まれるのか。事前には誰にもわかりません。その予想できないインタラクションをライブで見ることができます。
私自身も2019年の公開講座に登壇したことがあります。その回のテーマは「氣」でした。社会心理学を専門とする立場から、いわゆる「空気を読む」という暗黙の規範のような現象についてお話をしました。その時も経済学や言語情報学など多彩な分野の先生方が参加されていて、お互いの話を聴いているうちに共通の関心が見えてきました。登壇者自身も楽しい。そんな空気感が聴講者にも伝わるといいなと思います。
――今年度から「職員枠」(各日先着20名)も設けられました。
この機会にぜひご来場いただきたいです。どんなテーマであっても、必ずそれぞれの聴き手にとって面白いと思えるポイントがあるのではと思います。テーマそれ自体でなく、登壇される先生方のアプローチの独創性に惹かれることもあるでしょう。東大が総合大学として持つ研究の幅広さを、最も身近にいる私たち自身が知らないのはもったいないことです。公開講座を通じて、その多様な知の世界に触れていただければと思います。
◉東京大学公開講座 第143回(2026年秋季)「国家と平和」プログラム
| 東大150周年イベントについて | 津田 敦 |
| 開講の挨拶 | 村本由紀子 |
| 国家は平和の敵か味方か | 瀧川裕英 |
| 霊を慰め、平和を祈る:宗教者の戦後復興 | 西村 明 |
| 揺らぐ国際社会を支える共通の価値とは | キハラハント愛 |
| OSINTとデジタルアーカイブ─公開情報から考える国家・戦争・災害 | 渡邉英徳 |
| 総括討議 | 三浦あゆみ |
| 戦後日本が直面した諸危機とそこからの教訓 | 船橋洋一 |
| 戦後日本の諸危機を日本近代史から読み解く | 加藤陽子 |
| 戦後日本の諸危機と国際政治 | 鈴木一人 |
| 総括討議 | 宇野重規 |
| 人災・天災の経済学研究フロンティア | 澤田康幸 |
| デジタルネイチャー時代の国家と平和 | 落合陽一 |
| 世界をつなぐインターネット~明と暗、そして未来を考える~ | 江崎 浩 |
| 総括討議 | 芳賀京子 |
| 閉講の挨拶 | 津田 敦 |

