column corner
第44回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

ゲームや映像に音を付ける試みで耳の「視野」を拡げる

/耳を啓く、音を創る~感性と知性の協働のためのサウンドデザイン入門

山上揚平
社会連携部門特任講師
山上揚平

通常の授業と違う回路を動かす

――昨年10月のご着任ですね。今回初めて行うのはどういう授業でしょうか。

普段レポートを書いたりするときとは別の回路を働かせたアウトプットをしてもらう授業です。知性と感性をともに働かせて何かを創る経験を教養教育のなかでしてもらうのが重要だと思い、自分の研究分野に紐付けて企画しました。広い意味でのサウンドデザインを学生に味わってもらいます。音楽でなくても、一つの音色を創るのだって創作です。たとえば公共の広場における音響でもいいし、カメラのシャッター音でもいい。何かしらの意図をもって世に音をつける行為全般を想定しています。まだ音が付いていない状況を選んで音を付けるアイデアを練るのもサウンドデザインの一環です

――車のウインカーの音に惹かれます。

もちろんそうしたプロダクトの音も対象です。個人的にはボタンを正しく掛けると快い音がする子供服とか考えたいですね。ただ今回は半期の授業で7回しかないので、映像とゲームに絞りました。社会との接点になるのが部門の使命なので、音付けの現場で活躍する二人のプロに講師をお願いしました。映像は西岡龍彦さん。牟岐礼名義でNHKスペシャルなどの音楽を担当してきた作曲家で、東京藝術大学音楽環境創造科の創設者の一人でもあります。ゲームは田中治久(hally)さん。ファミコンなどに内蔵された低スペック音源チップで曲を作るチップチューンアーティストで、ゲーム音楽史の研究者でもあります。各々の分野についての講義の後に音創りの課題を出してもらい、最後に学生たちが成果発表会を行います

技術を学ぶだけではなく、普段何気なく行っている聴取行為を考えることが重要です。学びとは新しい視点を知って世の見え方が変わること。耳の視野が広がるような気づきを促したいです。私は入学時は理系で、人の認知や感情の動きが知りたかったんですが、教養学部で小林康夫先生や松浦寿輝先生などの授業に出るうち、理系である必要はないと気づいて文転しました。私の授業も学生にとって何かの気づきになるといいですね

新しい「ヘルシー」を皆で考える

――社会連携部門の名物、ブランドデザインスタジオ(BDS)もご担当ですね。

正解のない問いをチームで考えて具体的な商品やサービスの提案につなげるのもレポートとは違う回路を使うアウトプットです。初めてオンラインで行った今年度Aセメスターのテーマはヘルシー。近年は~な人間関係のようにヘルシーが身体以外にも使われているとの分析があり、コロナ禍におけるヘルシーな○○を学生が考えました。SNS等での情報過多から来るアンヘルシーさを解決したいという声が多かったですね

――もう10年も続いているそうですが、形骸化の心配などはありませんか。

もちろん手慣れてきた部分はあるでしょうが、スタッフも学生も入れ替わりますし、広告制作の現場で使われる最新の手法が毎年導入されて刺激になっています。芸術からインスピレーションを得て議論に活かすアートシンキングとか、途中でアイデアを文字を使わずに形にしてみるプロトタイピングとか。以前この授業を履修し、いまは博報堂の社員として授業をエンカレッジしている人もいます。いい循環ができていると思います

❶BDSの最終発表会(12月17日)で優勝したチームの資料より。一つの正しさに縛られないヘルシーな生き方を学べるよう、たとえば100m走ならその都度設定したタイムに一番近いタイムでゴールした人が勝ちとするなど、競技に複数のルールを導入しようというアイディアでした。
❷サウンドデザイン入門の授業のフライヤー。
❸社会連携部門では図書館の活用と膨大なデータベースの使い方を学ぶ「こまとちゃんゼミナール」も実施中。「卒業した後にも役立つスキルです」(山上先生)。

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

column corner

総長室だより~思いを伝える生声コラム~第30回

東京大学第30代総長五神 真 五神 真

東大144年の一コマとしての6年間

2015年4月1日、私は第30代東京大学総長に就任し、この3月31日、任期を終えます。総長としての体験をリアルタイムで皆様にお伝えするために2017年8月から始めた「総長室だより」も最終回を迎えました。今回は6年間という任期を私が今どう感じているか、お話したいと思います。総長任期を振り返る際、「五神時代」と表現されることがありますが、私は少し違和感があります。時代という言葉は一区切りというニュアンスが伴いますが、この6年間は東大の144年間の大きな流れの中の一コマだと感じています。

総長として様々な分野の方々との出会いがありましたが、その中である公的な組織のトップとの会話を思い出します。総長任期6年について、最初の2年は改革プランの立ち上げ加速、次の2年は普及拡大、最後の2年は定着と持続装置の装填、と述べました。それに対して「専門家、テクノクラートとしての組織トップがやるべきことは、任期の最終日まで、その瞬間に最善の決断を下すこと。次のために、任期期間の仕事の形を整えようとすると判断を間違うかもしれない」と言われ、はっとしました。そもそも変化が激しい現代では、最後まで何が起きるかわかりません。また終わった後の世界も予想できません。この6年間は長い歴史の一部として溶け込んでいくのです。

例えば、濱田総長のときに学内で大議論を経て策定された学部教育総合的改革の多くは、私の総長着任とともに本格実施となり、4ターム制、全学統一時間割、105分授業などが始まりました。学内各部局の研究者が学問の最前線の醍醐味を新入生に直接伝える初年次ゼミは、教員学生双方にとても良い効果をもたらしています。PEAK、TLP、GLP-GEfILなど、野心的な国際化推進も濱田総長が始めたものです。現場を訪問した際の、生き生きとした学生の姿は大変印象的で、これらの取り組みがバラバラではもったいないと考え、Go Global Gatewayを始めました。学部教育改革は受け取ったバトンを定着させ発展させることに徹しました。総合図書館の歴史的改修も同じです。

このような感覚から、6年間は一つの時代というよりも、先日急逝された有馬総長の改革から法人化後の佐々木総長、小宮山総長、濱田総長による諸改革の流れの上の一コマのように感じるのです。今、そのバトンは藤井先生に渡ります。時代を創るのではなく、その時々に最善な判断を下すことに集中するしなやかさが大切なのだろうと感じています。大学を取り巻く環境の激変は続くことでしょう。その変化に怯むのではなく、変化をみなで楽しみましょう。

column corner

シリーズ 連携研究機構第32回「デジタル空間社会連携研究機構」の巻

関本義秀
話/次期機構長
関本義秀先生

リアルタイム時空間データを解析

――空間情報科学研究センター(CSIS)が中心となって昨年4月に発足した連携研究機構ですね。

はい。空間情報科学は空間的な位置に結びつくデータを系統的に分析する学問です。当機構は、進化するIoTデバイス経由のデータなど多様なリアルタイム時空間ビッグデータを解析・応用するための学理を構築しようと情報系9部局による連携で誕生しました。私は柴崎亮介先生を継いで4月から機構長を務めます

――リアルタイム時空間データとはどんなものでしょう。コロナ禍で注目された人流じんりゅうなども該当しますか。

まさしくCSISで2008年に人の流れプロジェクトを始めたのが私でした。当初は数十人規模のデータが対象でしたが、都市や国、いまでは地球のレベルまで対象が拡がっています。主に携帯電話キャリアが持つGPS情報と基地局データを活用しますが、40年ほど前から自治体が蓄積してきた交通アンケート調査データなども用います。工学系や新領域の研究者が扱うのは超小型人工衛星が上空から捉えた画像データ。理学系の研究者が扱うのは現地でレーザー計測した地形情報。国勢調査のオリジナルデータとか、住宅地図の建物情報とか、不動産の価格情報なども対象になります

――ではIoTデバイス活用の具体例といいますと?

たとえば、スマホを自動車のダッシュボードに載せて走って撮った画像と位置情報を連動させ、道路の傷んだ部分をAIで検出する技術が進んでいます。自治体に情報を提供して保守に役立ててもらうスタートアップを私の研究室出身の学生が起業しました。交通関連ではETC2.0の活用も期待できます。新しいETCデバイスにはGPSのチップが入っていて、料金情報だけでなく車両の位置や経路も記録しています。うまく使えば渋滞予測や道路計画などにも役立つでしょう

1月に行ったキックオフシンポにはオンラインで約600人が参加し、平井卓也デジタル改革担当大臣が期待を表明してくれました。世界では政治による分断が進みますが、学術という中立の観点から世界を結び直す活動を進めたいと思います。4月からは参画部局が17に増えます。人材育成の部分も進めていきます

――ロゴと略称についてもご紹介ください。

Digital Spatial Society DSSのロゴ

ロゴはDigitalとDataのDをイメージした正方形をずらして配置し、様々な分野のデータで社会がより良い未来に進むというビジョンを表しています。デジタル空間社会のDigital Spatial Societyを略してDSSと呼ぶことが内輪では多いですね

column corner

ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第178回

医学部学務チーム
(学部担当)
伊藤直生

仕事と日々の生活と

伊藤直生
くもり空の医学部本館裏

透き通る空と全く通らない鼻。マフラーを手離せなかった季節も終わり、今ではティッシュが必需品の季節になりました。次の学内広報が発行される頃には、晴れやかな鼻になっているといいな、と思います。

僕の所属している担当では、主に学部学生のカリキュラム・学籍に関することを扱っています。医学部では学生の試験などのイベントごとの運営を行う場面が多く、「大さじ3の事前準備と小さじ1の当日の頑張り」くらいの配分になるように心掛けています。そういえば、最近唐揚げを作っていて、2つ気づいたことがあります。1つは小さじ1の量が意外にも多いということ、もう1つはそれより遥かに大さじ3の方が多いということです。

これまで、頼りになる先輩・上司の皆様に助けていただきつつ仕事をしてきました。入職して丸2年が経とうとしている今、日々の様々なことに思いを向け、あらゆることに一貫して通用する考え方・心構えを身に着けていければ、と切に思います。

1年半前に行った好きなコント師のライブ
得意ワザ:
居酒屋での料理のチョイス
自分の性格:
気分屋
次回執筆者のご指名:
園田竜也さん
次回執筆者との関係:
よくご飯を食べに行きます
次回執筆者の紹介:
とても素晴らしい方です
column corner

デジタル万華鏡 東大の多様な「学術資産」を再確認しよう

第21回 農学系事務部総務課
図書チーム図書情報担当係長
近藤真智子

デジタルの中の癒し

「農学生命科学図書館デジタルアーカイブ」(以下、農図アーカイブ)では、所蔵資料のうち大学院農学生命科学研究科・農学部(以下、農学部)の歴史を語る資料や、図版が美しい農学関係の資料のデジタル画像をweb上で公開しています。

昨年12月には、明治・大正時代に作成された植物図譜10点を追加しました。このうち「莎草類彩色圖さそうるいさいしきず」など手書きの図譜3点は農学部の前身校で模写されたもので、デジカメやコピー機がなかった時代に熱心に研究した学生の姿が目に浮かびます。

群芳圖譜ぐんぼうずふ」収録 楊貴妃

また、今回追加した10点はいずれも図版の色彩が鮮やかに残っており、絵画としても楽しめます。お好きな植物の図版をプリントして額に入れて飾ったり、パソコンの壁紙にするのもおすすめです。なお、農図アーカイブの掲載資料は印刷物やオンラインでのセミナー等でもご利用いただけます。その際は農学生命科学図書館の蔵書であることを明記してください。

農学部ではこの他にも様々な資料をweb上で公開しています。「東京大学学術資産アーカイブズリンク集」で農学部の資料を検索すると、林業の行政史料(政治・歴史学)、植物標本(植物学)、演習林の水文・水質データ(水文学)、演習林に集まる鳥の写真(生態学)、昔の農機具(機械工学、本誌no.1542の当欄で紹介)といったバラエティに富んだ資料群を見ることができます。農学部は自然科学から人文社会科学まで幅広い研究対象を持ち、一つの学部で総合大学のようだと言われますが、この検索結果はそれを反映したものと言えるでしょう。

コロナ禍でストレスの溜まる日々が続きます。たまには鳥の写真や植物の絵をのんびり眺めてみてはいかがでしょうか。農学部では森林や農村風景の癒し効果についても研究していますが、フィールドにとどまらずアーカイブの中にもその効果はあるかもしれません。

column corner

インタープリターズ・バイブル第163回

カブリ数物連携宇宙研究機構教授
科学技術インタープリター養成部門
横山広美

女性のいる大学へ:変化の躍動

東京オリンピック・パラリンピック元会長、森喜朗氏の女性蔑視発言は大きな問題になり会長交代に至った。ようやく日本でも許されず、こうした動きにつながるようになったと思うと同時に、問題発言の際に「笑い」が起きたという報道が気になった。著者自身、昨年だけで2回、省庁の学術関係審議会で女性について発言した際に「笑い」を経験したからだ。ひとつはそんな大したことない問題という嘲笑、ひとつは緊張がゆるんだ笑いだった。半数近くが女性になったとはいえ審議会の場でこうした笑いが起きるのは、ジェンダーの問題が深刻な議論の枠組みに載っていないことを象徴している。後者では、審査を受ける10数名がすべて男性であったことも影響しているであろう。「女性のいない民主主義」で前田健太郎氏が指摘するように、いないことの負の影響は大きい。

私はこの3年半、「数学や物理学に女性が少ないのはなぜか」という研究をしてきた。理系の中でも、機械工学等と並び、数学や物理学は極めて女性が少ない。本学でも大学院で3%程度である。従来は就職のイメージがないことや、ロールモデルが問題視されていたが、我々のグループは、女性は数学ができないといった間違ったスレテオタイプや、女性が知的であることに否定的な人ほど、数学や物理学に男性イメージを持つことを明らかにした。つまり、こうした分野から女性を排除する男性イメージの形成に、その人の持つ女性蔑視の意識が強く影響していることを確認したのだ。予想していたとはいえこの結果は衝撃であった。共同研究をしている教育経済学を専門にする男性が、ジェンダーの問題から見ると、従来の議論から見えなかった、新たな真実が明らかになり大変面白いという。多くの男性研究者にも参加をしてほしい。

社会の問題を率先して解決していくのは大学の役割である。卓越大学院FoPM(変革を駆動する先端物理・数学プログラム)では、ダイバーシティセミナーを必須とし、今年度から実施した。多くの学生が真摯に考える様子をレポートで確認できたことはよかった。しかし根強い蔑視を持つ人もいる。まずはバイアスに気づき、認めること。間違った知識を正し行動につなげること。カブリ数物連携宇宙研究機構は、会議主催の際の女性割合をチェックし、人事審査の前に担当教員がバイアステストIATを受講することにしている。組織として取り組むことは多くある。4月から本学にも大きな変化が訪れると耳にする。ダイバーシティにまつわる冬の時代が終わり、新しい春を迎えることに大きな期待を寄せている。

column corner

専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第11回
教育学研究科教授小玉重夫

飼い慣らされない主体性を育む場

2019年度と2020年度の2年間、体験型活動ワーキンググループの座長として、フィールドスタディ型政策協働プログラムの運営に携わってきました。この2年間の活動を通じて、本プログラムの意義と可能性がくっきりと浮かびあがってきているように考えています。それは、飼い慣らされない主体性を培う場になっているということ、そして、社会に対する上から目線から脱却した、新しいタイプの東大生の登場を促す場になっているという点です。

飼い慣らされない主体性というのは、周囲からの目や評価を気にして主体性を取り繕うような飼い慣らされた主体性ではなく、他者との応答的な関係性を意識しながら、自らのイニシアチブで活動するような主体性です。そして、「上から目線」からの脱却という点ですが、もともとそういう学生が参加してくるという側面と、自治体との交流を通じて学生自身が変わっていったという面の両方があると思います。課外活動なので、上からではなく斜めから社会を見ている層の東大生をマグネット的に吸引するプログラムになっているという点も重要です。自治体と東大生という2つの層がつながることで想定外の関係変容がもたらされることがこのプログラムの可能性であり、東大からの自治体変革と、自治体からの東大変革が双方向的に往還している点が特徴です。

2020年2月29日、鳥取県湯梨浜町への視察の様子

このように見てきますと、本プログラムは、東京大学と社会との間の新しい関係形成を促していくものであるということができます。従来の東大と社会の関係は、垂直統合型、ツリー型の社会構造においてトップダウンの位置にあるものとして位置づけられていましたが、それが、地域を主体としてそれらが横につながる自律分散型、リゾーム型の社会構造を架橋するコーディネーターとしてのそれへと転換しつつある、その担い手が育成される場に本プログラムが位置づくと思います。その意味で、本プログラムは、社会変革を駆動する東大の新しい姿を象徴するものになっていると実感しています。