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第47回

教養教育の現場から リベラル・アーツの風

創立以来、東京大学が全学をあげて推進してきたリベラル・アーツ教育。その実践を担う現場では、いま、次々に新しい取組みが始まっています。この隔月連載のコラムでは、本学の構成員に知っておいてほしい教養教育の最前線の姿を、現場にいる推進者の皆さんへの取材でお届けします。

古きよき教養教育と時代に即した手法を融合

/KOMEX第4代機構長に聞く

機構長 網野徹哉
網野徹哉

――網野先生は4代目の機構長ですね。

前機構長の退任に伴い、2019年度にアクティブラーニング部門長を務めた私が機構長になりました。私自身は古い教養教育にシンパシーを感じるタイプの人間でしたが、部門長としてアクティブラーニングに深く関わった際、教養教育が変わりつつあるのを実感したのです。教養学部を残した数少ない大学として時代に適応することが重要なのだとあらためて気づいた次第です。現在は、各部門の先生と話をしつつ、機構について理解を深めている最中で、大それたことを言える状況ではないというのが正直なところです。まだ見習い期間の機構長です

新しいやり方で授業が活性化

――古い教養教育と言いますと?

私は1・2年生にはスペイン語を教えています。昔はまず文法を徹底的に学び、辞書を片手にテキストを訳していく「文法訳読」が主でした。教員が説明して学生はたまに当てられたら答えるという形です。私自身、最も尊重する方式ですが、近年は、積極的に学生に考えを述べさせ、対話を促すやり方が盛んです。実際に取り入れてみると授業がより活性化するのがよくわかります。「リアクション・ペーパー」を用いれば学生に伝わらなかった部分を把握して次の授業で活かせますし、ラテンアメリカをめぐるエピソードをもっと知りたいといった学生の要望もわかります。COVID-19禍を機にリモート授業が主となり、アクティブラーニングの手法は必要度が増していると感じます

――オンライン授業のほうが学生は質問しやすいそうですね。

教室だと周りの目が気になり、初歩的なことを聞いたら恥ずかしいという気持ちもあるのでしょうね。でもそういう質問こそ、講義では大切なのです。一方、教室にあってオンライン空間にはないものがあるとも感じます。教室では学生の表情を見ながらいろいろと工夫し、語学が苦手な学生を引き上げることもできましたが、オンラインだとそれがやりにくく、個人的な印象ですが、できる人との差が開きがちです。私の場合、2年目になってもどかしさが顕在化してきました

他部局の諮問委員の声も反映

――以前の機構長は学内連携強化や後期課程の教養教育推進を方針に挙げていましたが、新機構長はいかがですか。

すでに機構の枠組みはしっかりできており、組織としては成熟期にあると思います。オンライン授業が主という状況はおそらく今後も続くでしょうから、不自由を強いられる授業運営のなかで努力を続ける機構の先生方を支えるのが私の役割だと思います。昔、大学の一般教養教育は「パンキョー」などと呼ばれて軽視されがちでしたが、以前講義を担当したペルーのカトリカ大学では2年の教養教育を経て専門教育に進むやり方がとてもうまく機能しており、教養学部を残した東大は間違っていないと確信しました。日本の衰退の最大の原因は大学の教養教育をなくしたことだ、教養教育をしっかり支えなさい、と励ましてくれた科学者もいます。運営については、前期課程の学生を預かる学部として全学の声を取り入れる方針の下、他部局から5人の先生を運営諮問委員に招いています。この2年はCOVID-19禍の影響で諮問会議が開けなかったので、私の在任中にはぜひ開催し、頂戴したアドバイスを反映させていくつもりです。その上で、古さと新しさが融合した東大ならではの教養教育を追求したいと思っています

KOMEX今年度新任教員の顔ぶれ
寺岡知紀
寺岡知紀 (政治思想史) 初年次教育部門講師「政治思想のテキスト読解を通して学生の批判的精神を養っていきたいと思います」
松田葉月
松田葉月 (ラテンアメリカ地域研究) 実施部門准教授「スペイン語教育とラテンアメリカ研究に貢献できるよう頑張ります」
朱 芸綺
朱 芸綺 (映画学) 国際連携部門特任助教「海外との架け橋として、新たな国際交流モデルの改良と発信に努めてまいります」
8~9月に行ったKOMEXのイベントより
8月1日開催のオンラインイベントのポスター
学生有志と社会連携部門が開催した、コミュニティ作りの要点を小松由さんに聞く企画のポスター。
8月1日 オンラインイベント「組織開発のプロが語るコミュニティづくりの3つのポイント」【面白いこと発見企画・第4弾】
8月29日 ワークショップ「第2回 東大生がつくるSDGsの授業」
9月8日 ワークショップ「オンラインでこそアクティブラーニング:アクティブで双方向的な授業のヒント」
9月12日 第3回 模擬国連ワークショップ

教養教育高度化機構(内線:44247)KOMEX

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シリーズ 連携研究機構第38回「心の多様性と適応の連携研究機構」の巻

小池進介
話/
小池進介先生

心と精神に関わる研究・教育を繋ぐ

――2015年度に総長室総括委員会の機構として生まれたUTIDAHMユーティダムが連携研究機構になったんですね。

心や精神の研究は従来から複数部局で行われてきましたが、所属先以外ではどんな研究があるか知らない場合も多く、学内連携が必要だということで発足しました。当初は総合文化、医学系、法学政治学、人文社会系、教育学の5部局で、2017年度に理学系と薬学系、今年度に工学系、新領域、生研、IRCNが加わりました

――この6年間の主な活動ぶりをご紹介ください。

心と精神の科学に関する情報を取りまとめて照会に応じ、学内の風通しをよくするという任務を進めてきました。MRIで測定した脳画像データを数理モデルで解析する研究、法的な判断をする際の脳の活動を調べる研究、スマホの位置情報から人の行動パターンと精神疾患の関係性を見る研究など、機構を軸にした研究者の出会いが新しい研究に繋がっています。人間行動科学研究拠点準備室(CiSHuB)とともに開催してきたシンポジウムも大きな役割を果たしてきました

2016年度に始めた「こころの総合人間科学教育プログラム」(PHISEM)は非常にうまくいっている学部横断型教育プログラムの一つです。心の科学に関わる教員が結集し、基礎的視点と臨床的視点の両輪を備えて心の多様性と適応に総合的に向き合える人材を育成しています。毎年5~10人の修了生が出ています

――改組を機に変わることは何でしょうか。

教育・研究用のMRI装置がKOMCEE Eastにありますが、CiSHuBと合併した今年度から当機構も運営を担います。このMRIは非常に稼働率が高く、年3000万円以上かかる運用費を利用料で賄えています。企業の研究者が使ったり、PHISEMの実習で学生が自分の脳の働きを解析するのに使うこともあります。学外からも成功事例として注目されています

――心と精神の科学の分野の動向を教えてください。

私は精神疾患の研究と学生相談の仕事を続けてきました。昔は心の不調を相談する人は限られましたが、近年は学生相談所や精神科に行く人が増えています。2000年代に発展したMRIで脳の血流変化もわかるようになった成果でしょう。昔は精神疾患は脳の問題ではないと考える専門家もいましたが、脳の機能障害が心の問題に繋がることは今では皆了解していて、治療やカウンセリングでその障害が治療される様子も可視化できるようになりました。

UTIDAHMのロゴ

研究でも業務でも心の問題に向き合う際には人の影絵が目印のロゴを思い出してください

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第27回

あちこちそちこち東京大学 本郷・駒場・柏以外の本学を現場の教職員が紹介

農学生命科学研究科附属
富士癒しの森研究所の巻
講師
齋藤暖生

「森の癒し」を探求するフィールド

富士山と山中湖に囲まれた環境

富士癒しの森研究所(以下、研究所)は、本学に7つある演習林の一つです。山梨県山中湖村に立地し、眼の前には山中湖、背後には富士山という、恵まれた環境にあります。こうした立地を活かし、人が癒しを得られるような森林のあり方を追求しているのが、研究所の特徴です。

森の癒し機能と森林管理の方法(間伐の仕方など)の関係を検証する研究や、地域社会に飛び出して、地域住民の森林との付き合い方を探る研究などに取り組んできました。最近では、芸術など、森林空間を活用する場面を広げることについても注目しており、実験的に森の中での音楽会を実施するなどしています。

私たちが重視しているのが、実践を通じた研究です。地域住民のみなさんと協働しながら、親しみやすい森林の整備を試みるなど、様々な取り組みを行っています。こうして、森林に親しむ人の輪を広げ、癒しをもたらす森林が公共の財産と管理されていく道筋を描くことは、研究所の大目標となっています。

「癒しの森」のほぼ真ん中には、山中寮内藤セミナーハウスがあり、本学構成員(だった人も)が利用することができます。株式会社アブルボアによって管理運営され、日々、進化を遂げています。ここは、学生実習やリトリート研究会での滞在拠点となり、テレワークもできます。ぜひ、みなさんも「森の癒し」の実践に訪れてはいかがでしょうか。

1. 癒しの森の宵やみ音楽会。
2. 研究所の理念や実践を紹介した書籍。
3. 森に囲まれた滞在拠点として進化を続ける山中寮。
癒しの森YouTubeチャンネルのQRコード
癒しの森YouTubeチャンネルは
こちらから
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ワタシのオシゴト RELAY COLUMN第184回

本部人事企画課
人事戦略チーム・係長
前田大輔

ポスト管理から財源管理へ

前田大輔
Zoomで打合せ?

私が所属している人事戦略チームは、給与水準の公表や常勤教職員の人件費管理、教職員の採用可能数の管理など本部人件費に係る業務を主に行っています。

直近の業務トピックはタイトルにもしていますが、昨年度、教員の採用可能数再配分制度の改定を行い「ポスト(採用可能数)管理から財源(人件費)管理」への移行を促進しました。財源管理に移行することにより、職位のアップシフトや高額給与の教員の雇用など部局の裁量による人事の幅を広げることが可能となり、教育・研究活動の活性化等が期待されます。

プライベートでは、2年前からトライアスロンに挑戦しています(昨年は骨折やコロナの影響で大会には出場できなかったですが……)。ランニングは元々やっていましたが、スイム&バイクはゼロからのスタートのため、まだまだ初心者の域を脱してはいませんが、いずれはアイアンマンを完走することを目標に勇往邁進していく所存です。

東大チームでリレーマラソン優勝&準優勝
得意ワザ:
ランニングのペースメーカー
自分の性格:
好奇心旺盛
次回執筆者のご指名:
池田安奈さん
次回執筆者との関係:
はんつまグループのメンバー
次回執筆者の紹介:
誰からも好かれる人柄です
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いちょうの部屋 学内マスコット放談第8回

のうとくん
今回のゲスト のうとくん 農学生命科学図書館マスコットキャラクター
名前は「農」+「図」。正面から見るとL字型の特徴的な建物の中には「うみうし通信」「養豚情報」「月刊むし」などディープな素敵雑誌の蔵書もたくさん!

いちょう◉キミは誰? というか何?

のうとくん◆農学生命科学図書館のマスコットキャラです。開館50周年の2015年に誕生し、オープンキャンパスとか学生ガイダンスとか展示とかSNSでの情報発信とか様々な業務で大忙しでした。Twitterアカウントのアイコンはもちろん自分です。生命に関わるありとあらゆる研究をしている農学部だからこそ、自分のような謎のキャラクターも温かく存在を許されている気がします。

◉図書館だとこまとちゃんが有名だけど、友達?

◆友達というか、きょうだいみたいなものですね。

◉舌を出しているように見えるのはアインシュタイン博士かローリング・ストーンズへのオマージュ?

◆これは皆さんを迎えるお茶目な玄関です!

◉じゃあ、顔の右側の出っ張り部分は何? 何か入っているの? それともうつろな空洞?

◆これは由緒ある出っ張りで、増築や耐震工事を重ねても外観は開館当時のまま。実はその中には安全を守る消化水槽とポンプ室が設えてあります。

のうとくんのバッグ、ぬいぐるみ、付箋

◉シール、付箋、スタンプ、クリアファイル、団扇、手製のバッグにぬいぐるみとグッズ展開が手広いね。

◆2016年度には業務改革総長賞を受賞しましたよ。従来のガイド付き図書館ツアーをセルフツアー方式に改め、職員の業務量削減と利用者サービス向上の両方を実現したんです。この試みがその後ほかの図書館にも広がったりして、自分もちやほやされていたんです。

◉新しい潮流を作り出すなんてスゴいね! その無表情な顔の造作からは想像もできないくらいに。

◆目がうつろだと言われますが、以前大好評だったブックカバーではレアないい笑顔も見せています。

◉ふーん。じゃあ、マスコットとして、外見以外の農学図書館の特徴とか言いたいことあったら教えてよ。

◆貸出冊数無制限!推しの貴重書は「國牛十圖」※1!図書館の使い方がわかる「動画ナビ」※2に今年はさらに様々な案内を追加しようと頑張っています。図書館キャラなので自分からはなかなか遊びに行けませんが、いつも弥生の地で皆さんのご来館を待っています。

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インタープリターズ・バイブル第169回

総合文化研究科准教授
科学技術インタープリター養成部門
豊田太郎

Inter-Dictionaryをつくろう

私が運営委員を務める先進基礎科学推進国際卓越大学院教育プログラム(コーディネーター:福島孝治教授)がこの春に3期生を迎え、プログラム生は30名を超えた。様々な学問分野で「基礎科学を深め、発展させよう」と気概溢れる大学院生との交流は、私には刺激の連続でプログラム生に眩しさを感じると同時に、自らにも活を入れる日々だ。中でも、学際研究(Interdisciplinary Study)にアプローチする大学院生の発表は記憶に新しい。学際研究は、本当に難しいと私自身も感じる。多分野の体系を真摯に学び、自身が何を理解するために研究するのかを研ぎ澄ます。そこで大事なのは対話と辞書ではないだろうか。

例えば、科学技術社会論では、「科学技術と社会との界面」というフレーズがよく使われるそうだ。これを聞き、私は大いに興味が湧いた──化学と物理学でさえも、「界面」のとらえ方が異なって議論がかみ合わないこともあるのに、科学技術社会論でいう「界面」とは何を指すのだろう──。図書館で『科学・技術・倫理百科事典』(丸善)を紐解いたが、勘所を探り当てることはできなかった。この「界面」には人々の動的なコミュニケーションの何かの特徴が表されているのだろう、浅学な私に理解できるのは先のことかもしれない。

最近、多言語話者の方が二言語話者よりも、外国語習得にむけて脳がより活発になるとの報告がなされた。多分野の体系に触れて、それぞれの体系にある辞書・事典について、ある時には連関を俯瞰し、別の時には個別に深化したりする活動(Inter-Dictionary Studyと名付けよう)が、学際研究に取り組む大事なステップともなるはずだ。

私自身は縁あって、アーティストと共同プロジェクトを始めることになった。プロジェクトの詳細な説明は別の機会にゆずるが、プロジェクト内の対話は、互いの創作・表現から学び合ってなされており、活字の辞書も事典もまだない。活字段階にないInter-Dictionaryをつくりあげていく過程は、実験にのめり込むときの没入感さながらで大変面白い。

Umejima, et al., Scientific Reports, 11, 7296 (2021).(オープンアクセス国際誌なので、インターネット上で無料で閲覧できます)

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専門知と地域をつなぐ架け橋に FSレポート!

第14回
教育学研究科博士課程1年久島裕介

中学生と考えた「未来予想図」

私たちは昨年度、「withコロナ時代での新しい働き方を考える」というテーマのもと、山形県高畠町の中学生との交流会を2回、オンラインで実施しました。自治体担当者の課題意識は、「地域に残ろうと考える子どもは多いが、将来の展望もなく生きようとしている。積極的に将来像を描けるようになってほしい」というものでした。これに対して学生たちは、「将来像を、社会の問題を視野に入れながら描けるようになってほしい」と提案をしました。そこで、私たちは、①「将来の(職業)社会がどう変化しているか」、②「自分の生き方の「軸」は何か」という二つの問いを考えることを通して③「10年後の未来予想図」を描くという交流会を構想しました。

交流会で使用したワークシート

交流会では、2回ともに約20名の中学生が参加してくれました。①の問いについては、同様の職業に興味がある中学生ごとにグループ分けをし、その職業について、社会の変容も踏まえた問いを大学生が提示しながら考えました。②の問いについては、中学生の憧れの人物・キャラクターを掘り下げていくという形で考え、その上で③「10年後の未来予想図」を発表してもらいました。例えばSさんは、①医療は今よりもっと重要な仕事になっており、②差別をせず、優しい人になりたい、と考え、③医療がいき届いていないような場所で医療に携わっている、という未来予想図を発表してくれました。

今回の交流会は、中学生が将来を考えるきっかけ作りができた点で有意義な活動であったと思いますが、いくつか課題もありました。第一に、子どもや地域の実態を大学生が十分に把握できず、中学生の行動変容に結びつける働きかけができなかった点です。第二に、オンライン交流は時と場所を選ばず接続できるという利点があるにも関わらず、設備的な問題で交流の機会が限られた点です。こうした点を踏まえると、やはり実際に現地での調査・交流は不可欠であるとともに、またオンライン交流が気軽に行えるようなシステムづくりが必要であると思いました。

オンライン交流会の様子