第34回
大気海洋研究所と社会科学研究所が取り組む地域連携プロジェクト――海をベースにローカルアイデンティティを再構築し、地域の希望となる人材の育成を目指す文理融合型の取組み――です。東日本大震災からの復興を目的に岩手県大槌町の大気海洋研究所・大槌沿岸センターを舞台に始まった活動は、多くの共感を得て各地へ波及し始めています。
遠足より始めよ
思えば、「海と希望の学校」の学校行事は遠足が多めです。列車に乗ったり(第11回 No. 1541)、キャンプをしたり(第12回 No. 1543)、街歩きしたり(第28回 No. 1575)。これまで、中学生や一般の方々と外に出て、三陸の海や地域のことを学んできました。今回は、私たち大槌沿岸センターと、(株)もりおかパークマネージメント(盛岡市動物公園ZOOMO)、NPO環境パートナーシップいわての3者の連携協定「森と海のわIwate」主催の「おとなの遠足」。盛岡市など岩手県内陸部に住む高校生以上の大人を対象に、山開きの日と海開きの日の連続イベントとして開催しました。
「山の遠足(6月1日)」のメインイベントは、盛岡市動物公園の里山エリアでの特定外来生物・オオハンゴンソウの駆除。オオハンゴンソウは岩手県だけでなく全国に分布するキク科の多年生植物で、在来の生態系に負の影響を及ぼしますが、極めて繁殖力が強く駆除には根気が必要です。そういった基礎情報を座学で学んだ後、駆除を行います。参加者は最初、どの植物がオオハンゴンソウか見分けることすら難儀していましたが、後半には動物園の動物に目もくれず、一心不乱にスコップを振り回していました。
一方、「海の遠足(7月13日)」では、午前中に釜石市根浜海岸での地引網体験、午後は大槌町吉里吉里海岸で岩手の海流と地質学的成り立ちを学ぶビーチコーミングを行いました。海から遠い内陸部の人たちにとっては、地引網を引くこと自体が初めてのことでしたが、そこで採れた魚をその場で観察したり触ったり、またビーチコーミングで拾ったゴミから海流を、ビーチに点在する様々な石から岩手の成り立ちをそれぞれ学んだり、1日を通して海に直接触れて貰いました。
遠足は、野外に出て、学び楽しみ、そして安全に家に帰るところまでを言うと思います。しかしこの遠足は、その更に一歩先に目指すところがあります。地元・岩手の自然を学ぶことや遊ぶことの面白さを大人から子どもたち、若い世代へ波及させること、さらに、この遠足を機に、自ら地域に目を向け、調査したり研究したりしながら地域の「知」を市民の手によって積み重ねる動きに繋げることを目指しています。
オオハンゴンソウの駆除の最中、参加者の中から「家の近くで見たことある」「今度は駆除してみる」という声が聞こえました。また、私たちが準備した地引網用のハンドアウト図鑑を手にした参加者の1人からは(あまりに手作り感が出ていたためか)「何か一緒にやらせて頂けませんか?」とお声かけ頂きました。目を向ける機会に巡り会えれば、アクションに繋がります。目指すところまではまだまだ遠いかもしれませんが、この遠足を刺激として、市民の方が自分たちで手を動かし、知を生み出していく最初の萌芽のようなものが見られた気がしています。
知は私たち科学者の専売特許ではありません。グローバルな環境変動やコロナパンデミック、局地的な自然災害や社会課題など、特に近年、私たちは科学者の専門知だけでは対応しきれない数々の事実に直面してきました。ありたい社会のために、科学者も非科学者もその別なく知を生み出す社会を作ることも、大学と科学者の役割ではないでしょうか。