6月28日、一般講演会「ハイパーカミオカンデと大規模地下空洞掘削工事」が神岡町公民館で開催されました。本体空洞工事がほぼ完了したことを記念して行われた見学会とセットで企画されたものです。講演者は神岡で工事を一から見守ってきた田中秀和先生。計画の概要から工事の詳細、苦労した点まで、教職員なら知っておきたいハイパーカミオカンデの現在を講演ダイジェストで紹介します。
附属神岡宇宙素粒子研究施設 助教 田中秀和
https://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/hk/pr/
https://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/hk/special/
スーパーカミオカンデの10倍
ハイパーカミオカンデ(HK)の現況と今後の展望について紹介します。HKは超純水を用いた水チェレンコフ検出器としては世界最大です。現行の最大器はスーパーカミオカンデ(SK)ですが、HKはSKの10倍の容積を持ち、SKの10年分のデータを1年で収集することができます。
飛驒市神岡町の山中にSKがあり、HKはそこから数km南に建設中です。初代のカミオカンデは直径19mで高さ16m。これで小柴昌俊先生がノーベル賞を受賞しました。SKは直径39mで高さ41m。これで梶田隆章先生がノーベル賞を受賞しました。HKは直径68mで高さ71m。この流れでいくと……期待してしまいますね。
日本はニュートリノ研究で世界をリードしてきました。HKはその流れをさらに加速させます。東京大学とKEK(高エネルギー加速器研究機構)が中核となるこの国際プロジェクトに、22か国から640人もの研究者が参加しています。7割以上は海外の研究者です。SKやHKの特徴は、多様な物理を一つの装置で研究できることです。こうした検出器は世界的に見て貴重です。
HKが目指しているのは、大きくいうと3つ。ニュートリノ振動の全容解明、陽子崩壊の探索、宇宙から飛来する宇宙ニュートリノの観測です。ここでは、ニュートリノ振動の全容解明について説明しましょう。簡単にいえば、これは宇宙に物質が残された謎に迫るということです。
138億年前のビッグバンで宇宙が始まり、誕生直後に粒子と反粒子が同数生成されたと考えられています。しかし、宇宙を見渡しても反粒子はほとんどありません。その原因を考えるには、ニュートリノの持つ未知の性質、つまり「CP対称性の破れ」というものが鍵になるかもしれません。それを調べるために行うのがニュートリノ振動の精密測定です。茨城県東海村にある加速器で作ったニュートリノビームを発射し、295km離れたHKで捉えて観測します。
幽霊のような素粒子を補足せよ
水槽の内壁には直径50cmの超感度新型光センサー2万本が設置されます。ニュートリノが飛来すると、ごくまれに水分子に当たり、電子が飛び出します。電荷を持つ素粒子が物質中を超高速で飛行する際に進行方向にリング状に発する微弱な光をチェレンコフ光と呼びます。このリングを捉えることで、ニュートリノの飛来方向、飛来時間、エネルギー、種類などがわかります。
HKは、①大規模地下空洞掘削、②超純水をためる水槽の建設、③光センサー設置、④超純水の注水、⑤観測開始と5つの段階を踏んで完成します。現在は①の最終段階。神岡鉱山の山頂から600m地下に69m×94mの空洞を掘削しています。人類が掘削した世界最大級の地下空洞です。掘削前には綿密な地質調査を行い、空洞の形状や支保の構成を検討しました。岩盤を繰り抜いて大量のボーリングコアを取り、強度や硬度を調べて掘削地の候補を絞りました。
着工は2021年5月。まず穴を掘る地点に行くためのアクセス坑道(2km)を作り、次に本体空洞につながるアプローチ坑道を作り、外周坑道、純水装置室などを設置するという手順です。坑道の掘削は、穴を掘り、火薬をつめて発破し、壁をコンクリートで固めてまた発破……の繰り返し。アクセス坑道の掘削は、長孔発破という特殊技術を用いて1日最大14mという高速ペースで進み、2022年2月に完了。続いてアプローチ坑道を掘削し、約1年でアクセス坑道とアプローチ坑道ができました。
200のモニターで変化を監視
本体空洞では、最初に天井のドーム部、その後に胴体の円筒部を掘削しました。火薬を用いた発破掘削で、空洞体積は合計33万㎥に及びます。これには情報化設計施工を採用しました。各種の岩盤モニター装置を設置して挙動を監視し、掘削で得られる最新の地質情報や岩盤のデータをもとに、支保設計や掘削手順を最適化しながら進めるやり方です。岩盤に25mの穴を掘り、約200の岩盤変位計などの計器を設置して監視しながら作業を進めました。
ドーム部については、アプローチ坑道から天頂部につながる螺旋状の坑道を掘削。その後、頂上部分を掘削し、リング状に6分割して外側に広げる作業に1年をかけました。一番上の第1リングでは直径16m高さ8mの空洞が、第2リングでは直径28mの空洞ができました。岩盤が崩れないようにする岩盤支保としてPSアンカーや吹き付けコンクリートやロックボルトを入れながら掘削を進めます。たとえば、撚り合わせた鋼線でできたPSアンカーを、ドリルで開けた穴に挿入し、さらにワイヤーに最大60トンの力をかけて岩盤を押しつけます。HKの空洞では2000本以上のPSアンカーが設置されています。難関と目されたドーム部の掘削は、2023年10月にほぼ予定通り完了しました。
円筒部では、まず直径3.4m×70mの立坑を掘削しました。上部で掘削した岩石を立坑で下ろし、底部のトンネルから25トンのダンプトラックで外へ運び出していきます。円筒部は上から下へ19段に分割し、4m程度の段(ベンチ)ごとに掘り下げていきます。円筒部の体積はドーム部の5.6倍もありますが、工期はドーム部と同じ1年でした。
想定外の補強工事を乗り越えて
工事はほぼ順調でしたが、第13ベンチの掘削中に試練が訪れました。岩盤の割れ目にそって変形が増加したことがわかり、岩盤背面の抜け落ちの可能性が生じたのです。外部専門家を交えて検討した結果、発生の可能性は非常に低かったものの、万一最悪の事態が発生しても安定性を確保できるようにするため、補強工事を決断しました。最大34mの足場を組んで90本の追加のPSアンカーを打設する工事です。2024年12月に工事を始め、その間はもちろん掘削工事は中断。再開は2025年1月でした。3月には底部のアプローチ坑道と本体空洞が貫通し、4月に本体空洞が底部に貫通、6月には空洞掘削がほぼ完了となりました。
この後は水槽の建設に移ります。2026年に光センサーの取り付けを行い、2027年には注水を開始。2028年度から観測開始となる予定です。地元の方をはじめ、多くの方のご支援をいただいているHK。今後もしっかりと工事を進めていきます。
会場との質疑応答より
小学生の「CP対称性の破れ」の問に先生が詰まる場面も。HKへの関心の高さが窺えました。
会場1●HKの総予算は?
「日本と海外の負担分をあわせて650億円程度です。そのうち日本負担分が500億円で残りを海外が分担しています(2019年時点)」
会場2●掘削で出るズリはどうしたの?
「本体だけでも33万㎥も出るズリの処理は重要な問題でしたが、神岡鉱業さんが一手にその処理を引き受けてくれました。鉱物採掘で培ってきたノウハウが活きています」
会場3●640人の研究者はどう棲み分けている?
「ニュートリノ一つ見ても、太陽由来、大気由来、加速器由来、超新星由来、暗黒物質由来とさまざま。エネルギーレンジもいろいろです。同じデータを使っても、どこに注目しどう使うかは研究者それぞれなんです」
会場4●粒子と反粒子の数の対称性の崩れで粒子だけ残った、とは? どうやって調べるの?
「ニュートリノ振動の確率は、東海村から届くニュートリノビームを調べることで出すことができます。そして、反ニュートリノのビームでも同じく確率を出すことができます。それらを比べて違いがあれば、ニュートリノと反ニュートリノの性質が違うといえるでしょう。たとえばそうした観測結果から、「CP対称性の破れ」の有無を論じていくことになります」





