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アラビアンナイトのストーリーに登場する女性のイラスト

書籍名

アラビアン・ナイトと日本人

著者名

杉田 英明

判型など

1016ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2012年9月27日

ISBN コード

978-4-00-022067-5

出版社

岩波書店

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アラビアン・ナイトと日本人

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英語圏や日本で『アラビアン・ナイト』の名前で知られる『千一夜物語』は、元来はアラブ世界で十世紀以上に亘って伝承されてきたアラビア語の説話集である。本書は、この説話集が幕末・明治期から現代に至るまで日本でどのように受容されてきたかを、文学・演劇・映画・バレエなどの藝術や漫画・放送をはじめとする大衆文化、教育、学術研究といった諸分野に亘って辿りつつ、これまで意識されることの少なかった日本文化の地下水脈の一つを明らかにしようとする試みである。
 
『アラビアン・ナイト』は18世紀初頭、東洋学者アントワーヌ・ガランによるフランス語訳を契機として、欧米で絶大な人気を博し、各国語への重訳が次々と現われると同時に、19世紀前半にはアラビア語原典も編纂され、レイン、バートン、マルドリュスらによってこの原典からの翻訳も行なわれるようになった。日本では、明治以来、ガラン訳の欧米諸語への重訳とアラビア語原典からの欧米語訳との二系統の経路を通じて翻訳・紹介がなされてきた。もっとも、フランス宮廷社会を背景にしたガラン訳や、ヴィクトリア朝の道徳律に配慮したレイン訳は、いずれも「滅菌」された翻訳であったし、逆にバートンやマルドリュスの訳は性風俗への興味を搔き立てる加筆がなされ、訳者の個性や先入観によって歪められていた。これらが日本への紹介にあたり、児童文学と好色文学への二極分化をもたらすことになる。
 
翻訳としては、明治初期の井上勤『全世界一大奇書』に始まり、児童文学の分野での杉谷代水、中島孤島、森田草平、好色文学の分野での大宅壮一、大場正史らの活動が特筆される。また、物語の筋立てや表現への関心は、尾崎紅葉や泉鏡花を嚆矢とし、稲垣足穂、龍膽寺雄 (りゅうたんじ・ゆう) を経て、戦後の三島由紀夫、星新一らに至るまで多くの作家たちに影響を与えてきた。説話集自体の翻訳と同時に、その影響を受けた欧米の文学作品の翻訳や、語学教材としての英語原文も重要な受容経路である。また20世紀に入ると、欧米のアラビアン・ナイト映画が次々に輸入され、戦後のアニメーション映画へと繫がってゆくことになる。宝塚歌劇団でも関連作品が繰り返し上演された。
 
一方でこの説話集は、読者に中東に対する一種の先入観を与え、旅行者が現実の中東を見るさいの参照枠にもなった。欧米語からの翻訳に依拠した学術研究は、それなりの欠陥を持っていたことも否めない。アラビア語原典への関心は昭和初期に始まっていたが、そこからの直接訳が完成するのは戦後になってからである。
 
一般に、欧米文学の日本への受容過程は比較文学研究の重要な主題ではあるが、『アラビアン・ナイト』の場合は、欧米語訳が唯一絶対の原典ではなく、その奥にもう一つ、アラビア語原典が存在する点に大きな特徴がある。中東を視野に入れつつ欧米語訳を相対化し、三点測量によってこの複雑な影響関係を解きほぐそうとするのが本書の意図である。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 杉田 英明 / 2016)

本の目次


第I部 明治~昭和前期編
 第一章 明治期の翻訳・紹介
 第二章 明治・大正の文学者への影響
 第三章 児童文学
 第四章 好色文学
 第五章 映画と演劇
 第六章 欧米文学の翻訳
 第七章 外国語教科書と語学教材
 第八章 旅行家と文学者
第II部 戦後編
 第九章 新たな翻訳の登場
 第十章 研究・批評および創作への影響
 第十一章 戦後の演劇と映画


関連情報

書評: 辻原 登 評「『千年の伝承物語』をパノラミックに洞察する」『毎日新聞』2013年2月3日 朝刊第10面
のち同著『新版 熱い読書 冷たい読書』ちくま文庫 2013年8月 370–72頁
 
加藤博「『Zayed Book Award』で日本人2名が受賞」
日本アラブ首長国連邦協会『UAE: United Arab Emirates』第58号 2015年7月 14–17頁
 
シェイク・ザーイド書籍賞のホームページ
http://www.zayedaward.ae/previous-awards/2015/
 

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