東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

石壁のようなテクスチャの白い表紙に赤い帯

書籍名

感性文化論 〈終わり〉と〈はじまり〉の戦後昭和史

著者名

渡辺 裕

判型など

368ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2017年4月

ISBN コード

978-4-393-33352-5

出版社

春秋社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

感性文化論

英語版ページ指定

英語ページを見る

明治以後の日本の文化状況の変化を語る際に、「戦前」、「戦後」という区分がしばしば用いられる。そのことに特に違和感を感じることもなく、太平洋戦争というとてつもない出来事の前と後とで文化ががらりと変わってしまうのは当然のことだ、と考えてしまうのが普通かもしれない。だがちょっと考えればわかることだが、政治体制は一夜にして変わるとしても、文化は一夜にして変わるなどというものではない。そのことに何の自覚もないまま文化史を「戦前」と「戦後」に区分して論じているとすれば、それは、「鎌倉時代の文化」、「江戸時代の文化」等々、政治体制の変化による時代区分で縦割りにされてしまった教科書での文化の記述の仕方と同じく、文化史が政治史に従属するかのような思い込みゆえのことなのではないだろうか。そういうつもりで見直してみるならば、日本の近代史は全く違った相貌をみせてくることになるのではないだろうか。
 
本書はそのような問題意識にたって「戦後」日本の文化を捉え直してみようとする試みである。その際に重要になってくるのが、「感性」の変化という切り口である。歴史は、残された「モノ」だけから復元できるものではない。「戦後」は比較的近い時代であり、映像や音声の記録も数多く残されているから、その再構成は容易であるように思われるかもしれないが、そうではない。映像や音声自体は当時のものであっても、見る側、聞く側の受け止め方が違っていれば、そこに開けている世界は全く異なったものになってしまうからだ。このような感性のあり方自体、それぞれの時代のメディアの状況との関わりの中で形作られ、刻々と変化してゆくものである。もっと言うなら、感性のあり方がこのような変化をとげる中で世界が様々に捉えられてきた、その変化の軌跡こそが歴史と呼ばれるものの実体であるとすら言えるかもしれない。そのような感性の変化に焦点をあてた、いわば「感性の考古学」の営みを通じて、1960年代末に、戦前と戦後を分かつ断絶よりもはるかに大きな歴史的断絶があったことが明らかになるというのが本書の主張である。
 
本書の前半では、1964年に行われた東京オリンピックの際のラジオ中継アナウンスと公式記録映画の分析を行っている。東京オリンピックはしばしば、その後の戦後日本の針路を決定づけた新時代の現象であるかのように語られるが、これらの分析から明らかになってくるのは、そこでの人々の感じ方や行動様式がむしろ戦前から継承されてきた「テレビ以前」の「耳の文化」のあり方に近いものであったということである。これに対し、後半の二つの章では、学生運動などの盛り上がった1969年の新宿のフォークゲリラの活動や日本橋の上を塞ぐように作られた高速道路の景観に対する人々の反応の変化に関わる分析を通じて、この時期に人々のものの見方や感じ方、価値観自体が急速に変容を遂げていったさまを描き出している。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 渡辺 裕 / 2018)

本の目次

序章  いま「戦後」の文化を考えるということ
    〈第I部  1964年東京オリンピックのメディア考古学〉
第1章  「実況中継」の精神史―「耳で聴くオリンピック」の背景文化
第2章  「テレビ的感性」前夜の記録映画―公式記録映画《東京オリンピック》は何を「記録」したか
    〈第II部 環境をめぐる心性・感性と価値観の変貌〉
第1章  新宿西口広場「フォークゲリラ」の音の空間―新しい感性の媒介者としての『朝日ソノラマ』
第2章  日本橋と高速道路―都市景観をめぐる言説史にみる感性の変容の軌跡
 

関連情報

書評:
読売新聞 (2017年6月18日 伊藤亜紗)
朝日新聞 (2017年6月25日 原 武史)
https://book.asahi.com/article/11575665
北日本新聞ほか地方紙 (2017年6月4日、北浦寛之)
http://webun.jp/item/7372842
図書新聞 (2017年6月24日号、皆川 勤)
https://www1.e-hon.ne.jp/content/toshoshimbun/3308_3.html
週刊新潮 (2017年6月1日号、碓井広義)
https://www.bookbang.jp/review/article/532278
週刊ポスト (2017年6月9日号、井上章一)
http://www.news-postseven.com/archives/20170604_559353.html
 
著者インタビュー:
毎日新聞(2017年6月18日、大井浩一)
https://mainichi.jp/articles/20170618/ddm/015/070/008000c
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています