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表紙に緑がかったモノクロの新宿の写真

書籍名

生き延びる都市 新宿歌舞伎町の社会学

著者名

武岡 暢

判型など

336ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2017年2月28日

ISBN コード

978-4-7885-1513-0

出版社

新曜社

出版社URL

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生き延びる都市

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「グローバル都市」のひとつに数えられる東京の都心部に、風俗産業の集積する「新宿歌舞伎町」地域が半世紀以上にわたって存続できていることは、決して自明な事態ではない。日本を代表するこの歓楽街は暴力団や凶悪犯罪と結びつけられ、たびたび「一斉摘発」や「浄化作戦」の対象となってきた。それでもなお歌舞伎町が歌舞伎町として存続できているのはなぜか。本書全体を駆動するのはこの「歌舞伎町が存在する」ことの謎である。こうしたかたちで謎を設定することは、短期的な視野から変化ばかりを語ろうとする一次理論から距離を置き、そうした語りが成立する地平としての「歌舞伎町の存続」を説明する二次理論を目指す、社会学の立ち位置の表明でもある。
 
しかしながら都市や地域を扱ってきた社会学は、その対象への態度において、住民によって構成される地域コミュニティをもっぱら重視してきた。この分野の蓄積を改めて繙けば、住民中心主義もコミュニティ偏重も唯一の選択肢であったわけではなく、発展させられ得た可能性がその陰で閑却されてきたことがわかる。本書ではそうした可能性のいくつかを継承し、「場」としての空間において、そこに居住する主体のみならず出入りする (「移動」する) 主体も含めて、そこにおける職業や労働などの「活動」に焦点を当てる、「地域社会」研究の方法を提示した。
 
本書で採用されたのはフィールドワークの手法である。統計調査の光が届かない、不透明な社会構造を有する歌舞伎町では、調べられるべきトピックそれ自体を探索的に浮かび上がらせるフィールドワークが力を発揮する。この不透明性は、歌舞伎町の全体としての歓楽街化による地元組織の衰退や、逆説的に警察の法執行を困難にした法令の改正、そして自治体の取組みの退潮など、いくつかの要因の複合として歴史的に成立してきた。
 
インタビューと参与観察から成るフィールドワークの成果は、便宜的に設定した3つの空間水準ごとに記述-分析される。最初は地域と雑居ビルで、ここでは地元の商店街組織や自治体、警察のほか、不動産業者のはたらきが重要である。社会学でほとんど取り上げられることのなかったこの主体の重要性を析出し、調査と分析を行ったことは、本書の功績のひとつと言える。次に雑居ビル内部の店舗空間に関しては接待系の風俗営業店 (キャバクラ、ホストクラブ) と性風俗店 (店舗型のヘルス、ソープと派遣型のデリヘル) を取り上げ、それぞれ経営サイドとワーカーサイドに対して聞き取りや参与観察を行った。ここで明らかにされる性産業の経営と労働の特徴は、三つ目の空間水準であるストリートで展開される諸活動と密接に関連する。ストリートでは客引きやスカウトといった、店舗と外部を媒介する主体と、そうした主体の活動による地域イメージの悪化をよしとしない商店街組織のパトロールとのせめぎ合いと、妥協的な均衡状態が見られる。
 
上記3つの空間水準の分析を総合し結論部で歌舞伎町再生産にとっての本質的な要素として指摘したのは、人びとによる「媒介-分離」の活動である。これは歌舞伎町の「整序されずに流動する細分性の集積」という場の特性を背景としている。この場の特性は社会空間的なものであるのみならず、雑居ビルという物理空間によっても規定されており、従来の社会学の社会関係中心主義的な視座に一定の相対化を促す。こうした場の特性と、媒介-分離の活動の相互作用によって、歌舞伎町はその維持、再生産を可能にしていた。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 助教 武岡 暢 / 2017)

本の目次

序章  繰り返される「浄化」
第1章  問題設定と研究の方法
第2章  歌舞伎町の形成と問題化
第3章  「地域イメージ」と雑居ビル
第4章  風俗産業の労働と経営
第5章  ストリートにおける活動と意味づけ
第6章  結論 都市的地域社会歌舞伎町の維持、再生産メカニズム
付論  歌舞伎町と統計
 

関連情報

受賞:
日本都市社会学会若手奨励賞 (著書の部)

書評:
評者:五十嵐泰正
『日本都市社会学会年報』2018年37号

評者: 砂川秀樹
「巨大歓楽街を多角的に調査—緻密で丁寧な研究」 『週刊読書人』2017年5月19日 新聞掲載 (第3190号)
http://dokushojin.com/article.html?i=1374
 
評者: 山本薫子
「「特殊」のなかに「普遍」を読み解く――日本で最も知られている歓楽街・歌舞伎町の商店街振興組合、不動産オーナー、風俗産業関係者、路上の「キャッチ」「客引き」らに対する社会調査の分析をまとめた新進気鋭の社会学者の書」『図書新聞』2017年9月9日 (3318号)
 
評者: 阪口 毅
『地域社会学会年報』2018年第30集
 
評者: 近森高明
『社会学評論』2018年69巻1号
 
特集:
中筋直哉
「44人へのアンケート 2017年上半期の収穫から」
『週刊読書人』2017年7月21日 新聞掲載 (第3199号)
http://dokushojin.com/article.html?i=1741
 

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