東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に6つの絵画

書籍名

アメリカ太平洋研究叢書 近代アメリカの公共圏と市民 デモクラシーの政治文化史

判型など

364ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年3月29日

ISBN コード

978-4-13-026153-1

出版社

東京大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

近代アメリカの公共圏と市民

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、ドイツの社会哲学者ユルゲン・ハーバーマスが提唱した公共圏の概念に照らしながら、近代のアメリカ合衆国に旧植民地を横断するナショナルな政治空間が成立する過程を検証した論文集である。総合文化研究科に附属するアメリカ太平洋地域研究センターで続けられた国際共同研究の成果であり、歴史学はもとより、政治学、憲法学、宗教学、文学など、専門を異にする日米の13名の研究者が論文を寄せている。
 
ハーバーマスが『公共性の構造転換』を1962年に刊行して以来、半世紀余りが経つ。この間、各国における公共圏の成立過程を批判的に検証する研究が、人文社会科学のさまざまの分野で行われてきた。1989年における冷戦の終焉とその後の中東欧における旧共産主義政権の崩壊は、民主主義の言説空間が持つ可能性と限界を世界に示し、公共圏への関心をあらためて研究者の間に喚起した。東アジアや中東世界における公共圏の成立を問う研究も、近年では盛んに行われている。こうした公共圏研究の一連の流れの中に本研究を位置付けることができる。
 
一方で、近代アメリカ合衆国における公共圏の成立の歴史に、日本の研究者の関心が著しく低いことに本研究は注目した。そして、日本の研究者の間にその関心が育まれてこなかった理由を検討する過程で、アメリカ合衆国の研究者がこの分野で行ってきた研究にも実は固有の性格が見られることを浮き彫りにした。この点に本研究の独創性がある。
 
もう少し具体的に説明すれば以下になる。建国期のアメリカ合衆国においては、ナショナルな政治共同体の形成に、植民地宗主国であったイギリスからの独立と連邦政府の樹立という二つの政治課題が課せられた。その結果、王、貴族、教会が象徴する特権的な権力を監視し、それに対抗することがヨーロッパの公共圏に求められたのに対し、国民を代表する新たな中央権力として、統治の制度を整えるとともに、出来る限り速やかにその統治の正当性を身に纏 (まと) うことがアメリカ合衆国の公共圏には求められた。公共圏の構築とナショナリズムの構築とをほぼ同義に捉えるアメリカ合衆国における研究の特性は、同国固有のこの歴史的要請に由来する。しかも、人種、言語、宗教そのほかにおいて大きく異なる背景を独立後のアメリカ合衆国の国民は有した。そのため、政治共同体を構成する市民の資質を定める作業は、核となる政治共同体への参入と排除の基準をめぐる激しい政治闘争を伴わざるを得なかった。以上の条件のもとで展開したアメリカ合衆国における公共圏の成立過程を、本研究は多角的に検証する。
 
本書は大きく三部から構成される。第一部は、連邦議会の構成員が名望家の集団から国民全体の代表へと性格を変えた過程を追う。第二部は、人種、ジェンダー、エスニシティを軸に市民の外形が整えられた過程を分析する。第三部は、新聞、小説、都市のパノラマほか各種メディアを通して試みられた、市民の資質養成の過程を析出する。この三部を通して、アメリカ合衆国に公共圏が成立した過程を本研究は描き出す。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 遠藤 泰生 / 2017)

本の目次

序章 アメリカ近代史研究における公共性あるいは公共への関心と日本におけるその希薄 (遠藤泰生)

第一部  選良と代理代表
第一章  『ザ・フェデラリスト』を読む――国家形成とデモクラシー (中野勝郎)
第二章 代表制と公共圏――被治者の同意から主権者市民へ (金井光太朗)
第三章 公定教会制と公共圏・序説―― 一七八〇年マサチューセッツ憲法典を読む (佐々木弘通)
 
第二部  人種・ジェンダー・エスニシティ
第四章  植民地フロンティアの変容と「公民」の創出――ヴァジニア植民地の入植地構想 (森 丈夫)
第五章  奴隷制の時代における天分 (ジニアス) の問題 (ジョイス・チャップリン)
第六章  参政権なき女性の政治参加―― 一八四〇年代マサチューセッツ州における一〇時間労働運動 (久田由佳子)
第七章  交錯する市民権概念と先住民政策―― 一九二四年市民権法の歴史的意義 (中野由美子)
 
第三部  メディアとコミュニケーション
第八章  公共圏以前――近世イングランドおよび北米ニューイングランド植民地における異議申し立てと討議 (ディヴィッド・ホ-ル)
第九章  建国期フィラデルフィアにおける印刷文化、人種、公共空間 (肥後本芳男)
第十章  ニューイングランドの出版文化と公共倫理――プロテスタント・ヴァナキュラー文化の継承と変容 (増井志津代)
第十一章  都市をまなざす――ブロードウェイと一九世紀ニューヨークにおける視覚の文化 (デイヴィッド・ジャフィ-)
 
おわりに (遠藤泰生)

関連情報

書評:
片山文雄『ピューリタニズム研究』第12号 (2018年3月)
石川敬史 評『アメリカ太平洋研究』18巻 (2018年3月)
 
関連図書:
ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換』(未来社、1994年)
トクビル 松本礼二訳『アメリカのデモクラシー 第一巻・第二巻』(岩波文庫、2005年8月)
森政稔『迷走する民主主義』(筑摩新書、2016年)
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています