東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

表紙に西洋の絵

書籍名

異世界の書 幻想領国地誌集成

著者名

ウンベルト・エーコ (原著)、 三谷 武司 (訳)

判型など

480ページ、B5判変型

言語

日本語

発行年月日

2015年10月

ISBN コード

9784887218215

出版社

東洋書林

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異世界の書 幻想領国地誌集成

本書は2016年に没したイタリアの作家ウンベルト・エーコが晩年に編んだアンソロジー Umberto Eco, Storia delle terre e dei luoghi leggendari, Bompiani, 2013 の全訳である。原題を直訳すれば『伝説の土地と場所の歴史』だが、ここで注目すべきワードは「伝説」である。序論で詳説される通り、ここでいう「伝説」は、小説や映画などの創作における「虚構」には見られない決定的な性質を一つ有している。それは、その「実在」に関する本気の信念である。同じく純然たる空想の産物でも、虚構であると分かっている人があくまで虚構として享受し消費するものと、多くの人々の精神に実在として刻まれ、かれらの冒険心を刺激し、実際の行動の原因となり、そうした過程を通じて現実の歴史の不可欠の要素となったものとの間には大きな違いがある。「伝説の地」は架空の存在でありながらも人類の歴史を作り上げてきたのである。
 
対蹠人の棲む対蹠地 (アンティポデス)、失われた十部族の行方、シバの女王やマギの国、オデュッセウスの冒険の舞台となった島々、司祭ヨハネの国やタプロバネに代表される驚異の東方世界、世界のどこかにあるという地上の楽園、太古の昔に海底に沈んだ大陸 (アトランティス、レムリア、ムー)、ナチスのアーリア主義へと繋がる極北のトゥーレ、アーサー王伝説の中心に位置する聖杯の所在、「山の老人」率いる暗殺教団の拠点アラムート砦、多くの探検家を航海に乗り出させた南大陸 (テラ・アウストラリス)、そして地中世界アガルタ――ここに挙げたのは本書で扱われる「伝説」のごく一部にすぎないが、それが約300点の色鮮やかな図版と、ホメロスから20世紀のオカルト文書に至る膨大なテクスト群、そしてエーコ自身の解説によって、読者の前に活き活きと呈示される。
 
あるいは作家エーコにすでに親しんでいる読者もあるだろう。『薔薇の名前』、『フーコーの振り子』、『前日島』、『女王ロアーナ、神秘の炎』、『バウドリーノ』、『プラハの墓地』、『ヌメロ・ゼロ』――これらエーコの小説はいずれも、本書で扱われた歴史ネタをサンプリングしてそれぞれ一個の虚構へと練り上げた作品群であり、この点、冒頭で述べた虚構と伝説の区別との関係が気になってくるところであるが、虚構それ自体については第十五章「虚構の場所とその真実」が独立に扱っているほか、第十四章「レンヌ・ル・シャトーの捏造」におけるダン・ブラウンの論い方からエーコの基本的な姿勢を読み取ることができよう。いずれにしてもそうしたサンプリング小説としてのエーコ作品から見れば本書は元ネタ集にほかならず、さらに言えば作者自身による解読本のようなものであって、歴戦のエーコ読みにも楽しい読書となるはずだ。なお、本書と同様の企画で『美の歴史』、『醜の歴史』、『芸術の蒐集』の三巻が翻訳既刊(いずれも東洋書林刊) であるので、併せ読まれるとさらに多角的な読み方が可能となるだろう。
 

(紹介文執筆者: 情報学環 准教授 三谷 武司 / 2017)

本の目次

序論
第1章  平板な大地と対蹠地
第2章  聖書の土地
第3章  ホロメスの土地と七不思議
第4章  東方の驚異――アレクサンドロスから司祭ヨハネまで
第5章  地上の楽園、浄福者の島、エルドラード
第6章  アトランティス、ムー、レムリア
第7章  ウルティマ・トゥーレとヒュペルボレイオイ
第8章  聖杯の彷徨
第9章  アラムート、山の老人、暗殺教団
第10章  コカーニュの国
第11章  ユートピアの島々
第12章  ソロモンの島と南大陸
第13章  地球の内部、極地神話、アガルタ
第14章  レンヌ・ル・シャトーの捏造
第15章  虚構の場所とその真実
訳者あとがき
 

関連情報

書評:
地球の神秘を衒学的にガイド 横尾忠則 評 (『朝日新聞』2015年11月22日)
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2015112200012.html
 
出口治明 評 (『読売新聞』2015年11月29日)
 

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