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西洋建築物の壁面写真

書籍名

時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史

著者名

加藤 耕一

判型など

360ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2017年4月25日

ISBN コード

978-4-13-061135-0

出版社

東京大学出版会

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時がつくる建築

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建築史研究は、先学たちが切り拓いてきた研究の長い蓄積のなかで、ますますの深化を遂げ、専門分化が進んでいる。それは学問の充実と成熟を示す一方で、その精緻を極めた建築史研究は、その成果が見えにくくなっていることも、また事実である。建築史研究と社会との接点は、建築の保存・活用や、アーカイブばかりと考えられることも少なくない。
 
なかでも西洋建築史学は、現代日本の社会から遠く離れた分野と思われがちである。その西洋建築史学の存在意義をいかに示しうるかという観点が、本書の原点となっている。
 
本書の重要な前提は、建築に対する態度を時間の観点から次のように3つに分けたことである。
(1) 再開発(時間をリセットする)
(2) 修復/保存(時間を巻き戻す/時間を止める)
(3) 再利用(時間を前に進める)
 
この三分法は、20世紀の議論が「再開発vs保存」という二者択一の一辺倒だったことに対する応答である。「再開発(新築)」と「修復/保存(文化財)」に対して「再利用」というもうひとつの極を打ち立てることによって、「建築デザイン」の歴史と「建築保存」の歴史を、一連の通史として論じることが可能になった。
 
これまでの建築史は、基本的には新築の歴史だったのである。建築の歴史を教科書的に記述していくと、どうしても竣工年によって整理していくことになりがちである。すなわち、歴史上の建築を建設年によって並べていく、いわば年代カタログであった。本書では、そうした既存の建築史の方法論を〈点の建築史〉と命名し、建物が建設される長い期間や、建てられた後の時間変化に着目する本書の方法論を〈線の建築史〉と命名した。
 
加えて、本書のもうひとつの重要性は、上記の三分法に基づく「再利用的建築観」「再開発的建築観」「文化財的建築観」という3つの建築観を、歴史的な枠組みのなかに位置づけたことである。すなわち既存建物に対する3つの態度という観点を考えたとき、これらの態度はただ単に現代社会に表出した複数の態度であったばかりでなく、それぞれ異なる歴史的な段階のなかで登場してきた態度であった。
 
既存建物の再利用は、古代末期以来、連綿と繰り返されてきた本質的な建築行為であった(第2章)。しかし16世紀になると、そこに建つ既存建物がいかに由緒あるもので、あるいはまだ使用に耐えうる頑丈さを有していたとしても、取り壊してまったく別の建物を新築するという再開発的な建築観が登場する(第3章)。さらに19世紀になると、そこに「文化財的建築観」が加わる。文化財という新たな建築観は、既存建物を改変しながら新たな用途で使い続ける再利用(時間を前に進める)とも、既存建物を取り壊し更地に新築する再開発(時間のリセット)とも異なる、新たな態度(時間を止める)を生み出した。(第4章)。この文化財的建築観の高まりとともに、既存建物の改変を前提とする再利用は、影を潜めていくことになる。文化財の理念は、保存か解体かという対立の構図を作り上げていったからである。20世紀末以来の建築界におけるリノベーションの流行は、この二項対立の陰に沈潜していた再利用的建築観の復活だったのだ。
 

(紹介文執筆者: 工学系研究科 教授 加藤 耕一 / 2018)

本の目次

はじめに
第1章 建築時間論の試み
 1 既存建物に対する三つの態度
 2 点の建築史から線の建築史へ
 3 時間と建築の理念
第2章 再利用的建築観――社会変動と建築のサバイバル(古代末期から19世紀まで)
 1 古代末期の社会変動
 2 スポリア
 3 中世の成長時代
 4 中世の縮小時代
 5 近代的価値観のなかの再利用
 6 フランス革命と吹き荒れる転用の嵐
第3章 再開発的建築観――価値のヒエラルキーと建築の形式化(16世紀から現代まで)
 1 野蛮の誕生
 2 再開発的建築観と再利用的建築実践
 3 パリの市壁
 4 意図的な形式主義
 5 無意識の形式主義
 6 サン・ピエトロ再開発計画
第4章 文化財的建築観――文化財はなぜ時間を巻き戻したのか?(19世紀から現代まで)
 1 野蛮の復権
 2 ヴィオレ=ル=デュクと「修復」のはじまり
 3 修復から保存へ
 4 20世紀の国際的な文化財的価値観の整備
 5 日本の文化財と時間の巻き戻し
第5章 20世紀の建築時間論
 1 モダニズムからリノベーション時代へ
 2 時間変化する建築の模索(1956年)
 3 既存建物に対する態度(1964年)
 4 歴史的建物の再利用という可能性(1978年)
おわりに
 

関連情報

対談:
加藤耕一(建築史家)+長谷川豪(建築家) 建築時間論――近代の500年、マテリアルの5億年 (10+1 website 2017年7月)
http://10plus1.jp/monthly/2017/06/issue-01.php
http://10plus1.jp/monthly/2017/06/issue-01-2.php
http://10plus1.jp/monthly/2017/06/issue-01-3.php
http://10plus1.jp/monthly/2017/06/issue-01-4.php
 
書評:
書き手: 松原隆一郎 価値を生む創造的再利用 (ALL REVIEWS 2018年1月3日)
https://allreviews.jp/review/1902?utm_source=yahoo
 
中川理 (京都工芸繊維大学教授・建築史) 評 建築季評 (読売新聞 2017年12月27日)
 
市川紘司 (明治大学理工学部建築学科助教) 評: 建築の「再利用」的転回へ (建築討論 2017年12月25日)
https://medium.com/kenchikutouron/
 
松原隆一郎 評: (毎日新聞 2017年6月18日)
https://mainichi.jp/articles/20170618/ddm/015/070/033000c
 
書籍紹介:
BOOKS / 書籍紹介 (新建築社/note 2018年10月26日)
https://note.mu/shinkenchikusha/n/nbd3bf9fead95
 
書き手: 松原隆一郎 「2017この3冊」 (ALL REVIEWS 2018年1月4日)
https://allreviews.jp/column/1910
 
コラム「編集手帳」(読売新聞 2018年1月9日)
 
受賞:
2017年 サントリー学芸賞 (芸術・文学)
選評: 三浦 篤 (東京大学教授) 評
https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/detail/201703.html
 
2018年 日本建築学会賞 (論文)
https://www.aij.or.jp/2018/2018prize.html
https://www.aij.or.jp/images/prize/2018/pdf/2_1award_003.pdf
 
2018年 建築史学会賞
http://www.sahj.org/index.php?lang=jp&snd=5&trd=1
 

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