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書籍名

危機の都市史 災害・人口減少と都市・建築

著者名

「都市の危機と再生」研究会 (編)

判型など

406ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年2月28日

ISBN コード

9784642038843

出版社

吉川弘文館

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危機の都市史

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東日本大震災以後、災害にまつわる書物は、自然・社会・人文科学といった分野を問わず、また、学術書から一般書にいたるまで飛躍的に増加した。本書もまたそうした同時代的な潮流をうけつつも、やや違った角度から、建築学分野の都市史を専攻する若手・中堅の研究者 (「都市の危機と再生」研究会) が、自然災害をふくむ多様な「危機」と都市空間との関係を、専門とする時代や地域に即して考えた論文18編 (序章・終章をふくむ) を収めた論文集である。
 
本書の企画・編集のとりまとめ役を担った初田香成 (工学院大学) の序章をもとに、本書が掲げる仮説を私なりに整理すれば、以下の3つである。
 
1. 「危機」とされる事態は都市にとって本当に危機といえるのか?
自然災害や人口減少といった事象は、私たち人間にとって「危機」として当たり前に理解されがちだが、こうした経験が、実態として都市空間をどのように変えたのか、それとも変えなかったのか。
 
2. 人びとにとって都市の「危機」とは何を意味したのか?
都市に暮らす人びとは、どのような事態にみまわれ、あるいは、いかなる事象が生じたとき、都市の「危機」と認識してきたのか。
 
3. 「危機」に際して、都市はどのように振る舞い、実際にはどのように持続したのか?
都市は歴史的にさまざまな危機を迎えてきたといえるが、どのようなかたちではあれ完全に消滅してしまった事例は少なく、あくまでも実態として存在しつづけた。このような存続形態はいかなるものであったのか?
 
この3つの仮説の大前提となるのは、「危機」があたかも天から降りかかってくるような外在的なものとしてではなく、私たちが暮らす都市、そして日常的な営みのなかにあらかじめ潜んでいる内在的なものとして捉えようとする視点である。これは「危機」そのものとは何かをその根本から問い直すことを意味している。
 
こうした問題設定のうえ、私は第II部第3章「火災復旧と維持管理——近世江戸の鳶人足と都市空間の定常性」のなかで、江戸で頻発した火事からの復旧の過程を、日常的な営み (維持や管理) との連続性のなかで捉えることを試みている。これは、従来の災害史や災害をめぐる都市史研究が、災害という事象をあまりに例外視、または特異点的に捉えすぎてきたことに対する私なりの疑義からきている (もちろん、被災した人びとにとって、その災害が唯一無二の経験であることを否定するわけではない)。「復興」という名にみられる重厚長大な計画ではなく、自分たちの身のまわりの生活環境 (built environment) を維持してきた小さな営みこそが、都市を粘り強く存続させてゆく本当の力なのではないかと感じるのである。
 
本書に収められる個別事例から導き出される「危機」は、あくまでもその時代や地域にとって固有なものである。しかし、歴史から学ぶことができる多様な「危機」の経験は、現代を生きる読者にとっても有意味なものになると考えている。
 

(紹介文執筆者: 工学系研究科 特任助教 髙橋 元貴 / 2019)

本の目次

序章 都市の危機とは何か 初田香成
危機と都市の定常性
大火と武家地——明暦の大火再考—— 岩本馨
震災と不燃化——関東大震災からの復興と東京の建築—— 栢木まどか
温泉町と源泉枯渇——近代加賀山代温泉を事例として—— 福嶋啓人
他王朝による征服——オスマン朝とイスタンブルの復興—— 川本智史
水都と近代化——近代バンコクの水路の汚濁と埋立て—— 岩城考信
アメリカ都市の衰退——ロウハウスの街ボルチモアの荒廃過程—— 鈴木真歩
 
II  都市アイデンティティと危機
防御施設と共同体——中近世移行期京都における権門寺社の構と地域社会—— 戸谷伸宏
天皇・院の崩御と町——光格院葬送時における三井家の動向—— 岸泰子
火災復旧と維持管理——近世江戸の鳶人足と都市空間の定常性—— 髙橋元貴
明治維新と都市——第一回京都博覧会による都市整備—— 三宅拓也
都市の衰退とモニュメント——ヴェネツィアの危機とサン・マルコ広場への建築的介入—— 青木香代子

III  都市アイデンティティの継承
内裏焼亡と移転——平安宮内裏の火災と再生—— 満田さおり
災害と仮設建築——関東大震災後のバラックと住宅困窮者—— 初田香成
城塞都市の平和——ソアヴェにおける空地と居住—— 赤松加寿江
大火というリスク——一六六六年ロンドン大火と都市図—— 東辻賢治郎
景観に配慮した防災技術——一九世紀フィレンツェにおける水害と都市改造—— 會田涼子
終章 都市史からみた危機/危機からみた都市史 初田香成
 

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