本書は、2016年にNHKラジオ第2放送で放送された「カルチャーラジオ、文学の世界」のテキストで、全13回の放送に合わせた13の章から成っています。内容は、19世紀のアメリカを代表する国民的作家マーク・トウェイン (1835-1910) の人生を追いながら、彼が作り上げた文学を同時代のアメリカの歴史や文化と関連付けて分かりやすく論じたものです。トウェインといえば、アメリカ文学の祖として仰ぎ見られるような存在でありながら、いまでいう売れっ子のお笑い芸人を思わせるような庶民の人気者でした。アメリカを代表する大河ミシシッピ川の河畔で育ち、この川を行き交う蒸気船の水先案内人として活躍、その後は西部開拓全盛の時期に自ら駅馬車に乗って西部へ移住し、荒っぽい鉱山町で新聞記者として名を馳せます。アメリカ東部に移り住んだ後は、アメリカ人のヨーロッパ文化コンプレックスを初めて脱したベストセラー旅行記を著し、誰もが愛するアメリカ少年を主人公にした名作『トム・ソーヤの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』を書き、タイムトラベルや宇宙旅行に代表されるSF小説、指紋を手がかりに謎解きを行う探偵小説、果てはエリザベス朝のイングランドの著名人が炉端で性に関する危うい会話を興じる秘密の小話を手掛けるとともに、公には、フィリピン領有などに踏み出していたアメリカの帝国主義政策を糾弾する作品を相次いで発表し、拡張主義者に嫌われます。そして最後は、投機や出版事業の失敗などで多額の負債を抱えるとともに、愛する家族の相次ぐ死といった悲劇を晩年に経験しながらも、厳しい世界一周講演ツアーを敢行することで多額の負債を完済して世間の拍手喝采を受け、アメリカの良心を代表する作家として74年の生涯を閉じたマーク・トウェイン。
本書は、こういった彼の激動の人生の魅力を分かりやすく語りながら、『トム・ソーヤの冒険』、『王子と乞食』、『ハックルベリー・フィンの冒険』、『人間とは何か』といった代表作を中心に、彼の文学やユーモアの本質が人間の弱さを直視する勇気にあったことを明らかにしています。中でも、トウェインのみならずアメリカ文学を代表する『ハックルベリー・フィンの冒険』については、4章に亘って同作品の核心を人種と良心の問題に注目しつつ丁寧に解説しています。そして、最終章では、明治期から様々な翻訳や翻案などを通して普及していったいわば日本版ともいえるトウェインの姿を紹介し、大江健三郎の『ハックルベリー・フィンの冒険』との出会いなどにも触れながら、日本人がこのアメリカの国民作家に何を求めていたのか詳らかにしています。また各章の最後には、人生の核心を突くトウェインの魅力的な格言も紹介されています。歓喜と悲哀、勇気と葛藤、自由と孤独、正義と偏見といった多くの人間が直面する様々な問題がダイナミックに展開するマーク・トウェインの人生と文学の魅力を余すところなく語った本書。本書を読めば、彼の作品を手に取りたくなるに違いありません。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 石原 剛 / 2019)
本の目次
第1回 人間に寄り添い続けた人生
第2回 名作群が生まれた土
第3回 どん底からの飛躍―出世作『跳び蛙』に乗って
第4回 「自由」の原風景―『トム・ソーヤの冒険』とアメリカらしさ
第5回 人間の本質を見極める―世間体のウソと『王子と乞食』
第6回 一人で生きるには―主人公達の生まれ育った境遇
第7回 人と比べる心の弱さ―アメリカの闇と『ハックルベリー・フィンの冒険』
第8回 孤独のレッスン―ハックの寂しさとジムとの出会い
第9回 常識を疑え―ジムの自由をめぐるハックの葛藤
第10回 心の矛盾を乗り越えて―地獄へ落ちるハックの覚悟
第11回 苦難を忍んで―晩年の代表作と後世への教訓
第12回 自分に対する「赦し」の思想―意志を持てない『人間とは何か』
第13回 日本から見るトウェインの精神
トウェイン文学へのブックガイド
マーク・トウェイン略年表