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草色の縦じま模様

書籍名

近世日本政治史と朝廷

著者名

山口 和夫

判型など

436ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年10月27日

ISBN コード

9784642034807

出版社

吉川弘文館

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近世日本政治史と朝廷

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日本古代に成立し、現代まで長期的に存在する天皇の近世期の実態や機能、政治・社会との関係を解こうと試みてきた著者の既発表論文12篇 (一部に補論・補注) に新稿2篇と序章、終章を加え、初出・成稿一覧、あとがき、索引を付した書物 (単著) である。
 
学問は日進月歩し、最新の成果が複数の研究者の共著論文の形で書かれ、オンライン電子版に掲載速報される分野がある一方、日本の人文学、日本史学界では、研究者が単独で執筆し、発表してきた論文を集め、一書とする論文集、単著という形態が長く続いている。
 
本書の対象は、近世日本。おおむね西暦1580年代から1860年代まで。著者20代から近年までの既発表論文から選択し、新稿2篇を加えて編成し、50代半ばに漸く出版した。
 
「日本」の国号と「天皇」号とは古代に成立し (吉田 孝『日本の誕生』岩波新書、1997年、同『歴史のなかの天皇』岩波新書、2006年)、律令的天皇制は、明治維新に至るまで約1000年以上存続した (上山春平「律令と天皇」『日本思想大系月報』56、岩波書店、1976年12月)。
 
天皇に関する言説 (記事・論文・書籍・発言) は数多あるが、同時代の一次史料に拠った歴史学の論考は限られる。
 
学問の自由、史料公開、研究動向にも規定され、江戸幕府が六十余州を統治した時期の天皇・朝廷に関する実証研究は、古代史・中世史・近現代史に比し、第2次世界大戦後30余年経ってもなお立ち遅れていた (山口和夫「近世天皇・朝廷研究の軌跡と課題」村井章介等編集『講座前近代の天皇』5、青木書店、1995年)。
 
応仁文明年間以降、朝廷は室町幕府とともに衰退し、生前譲位・院政・仙洞 (院) 御所は途絶し、戦国時代の天皇家は葬儀、即位式、禁裏 (天皇) 御所修繕の経費にも事欠いた。
 
窮乏した朝廷を再建したのは、領主階級の統合と全国的支配を意図した豊臣政権で、江戸幕府が続いた。
 
本書では、統一政権成立過程と天皇・公家集団の関与、朝廷の近世化 (1部)、近世朝廷組織の形成と展開 (2部)、王政復古 (1867年) の前提となる天皇・朝廷と社会との関係変化を問い、近世朝廷解体契機の検出を意図した (3部)。
 
先行研究 (宮地正人『天皇制の政治史的研究』校倉書房、1981年、高埜利彦『近世日本の国家権力と宗教』東京大学出版会、1989年) や諸氏の成果にも学びつつ、本書を成すまでの間に以下の論点を深化させた。
 
豊臣政権成立期から王政復古前までの朝廷と政権との関係の通史的展望。生前譲位を常態とする天皇家 (天皇・上皇ほか)、堂上公家衆諸家、地下官人・役人、女中など諸家出身男女が構成する社会集団としての朝廷の内部構造と通時変化の解明。王政復古と明治維新で解体され消滅した組織・機構の究明。近世の院の政務、院政、天皇・院の側近奉仕者等の実態、天皇親政と院政の循環構造の解明に意を注いだ。さらに分析史料の開拓と史料 (近世日本社会の各階層の人々が手で書いた文字史料、崩し字が主) それ自体の吟味・読解にも努めた。
 
所収稿は、卒業論文 (1985年12月20日提出) を改めて投稿、学術雑誌に掲載された最初の論文 (3部3章)、修士論文 (1989年1月10日提出) に補訂・改編を重ねた寄稿文 (1部1章、3部1章) も含む。
 
2部4章は、霊元院 (1653-1732、天皇、譲位後上皇、日本史上最後の法皇) が、享保17年 (1732) 2月79歳の凶年に京都寺町の下御霊神社祭神に祈願すべく自筆で記し、神主が代読祈祷した後、仙洞御所に戻され、院の没後に奥の奉仕者だった元女中が奉納した無年号文書 (「紙本墨書霊元天皇宸翰御祈願文」、旧国宝、国指定重要文化財、京都国立博物館寄託) についての考証が核で、初出は大津透編『史学会シンポジウム叢書 王権を考える』山川出版社、2006年) だが、学部3年時に履修した古文書学演習で専攻を近世史に決する出会いがあり (日本歴史学会編 (代表者児玉幸多)『演習古文書選 続近世編』図版37号、吉川弘文館、1980年第1刷)、教室で口頭報告し、学年度末には400字詰め原稿用紙に手書き28枚のレポートとして提出したものの、当時は年代・背景について解くことができなかった。
 
史料編纂所に職を得、書庫内を歩くうち、先人たちが150年以上調査・収集してきた史料複本 (写本、写真帳) の蓄積に触れ―なお以前から所外・学外の方に開かれた閲覧制度と設備があり、近年では所蔵史料目録データベース等オンラインでの検索機能やデジタル画像公開も進んでいる。念のため。下御霊神社関係記録の写本や神主日記の写真帳数十冊を読み解き、2005年頃漸く願文の成立年代、記載内容、伝来・伝播の事情を解くことができた。その骨子を次に紹介する。
 
霊元院 (法皇) は最晩年、下御霊社祭神に「年中安穏」「所願成就の御加護」を祈るため自らの手で筆を執り願文を書き、「神慮正直の威力」と「大樹」(徳川吉宗) に期待し、「朝廷復古」実現を心願した。神仏習合の時代、近世の朝廷・天皇家が将軍権力・幕府財政に依存する内実を示す事例であり、霊元が幕府への反感、対抗心を持続した、という通説を覆し、近世朝廷と江戸幕府の不可分な関係と強固な体制という構造的理解、独自の学説を主張する一つの論拠となった。
 
種々の事情から歳月を要したが、優れた編集者との出会いに恵まれ、出版社、印刷・製本会社、装幀家の手で形となり、書店・図書館等を介し読者に届くことになった (2017年11月発行)。
 
主に食卓でノートPCを用い日本語で書き、日本の読者を想定した書物だが、海を越え、在上海・北京・ベルリンの公共図書館やブリティッシュコロンビア・カリフォルニア・カンザスの大学図書館にも所蔵されている (CiNiiBooKs、WorldCat)。内外で読者を得、日本史史料にもとづく基礎的事実確定方法、部分歴史像叙述への理解が深まり、今後各方面で研究が進む一助となることを期待したい。
 
文献史学・史料学の研究は、史料を所蔵する個人や機関、関係者の理解なしには成り立たない。東京大学史料編纂所の研究・編纂・出版事業の蓄積と環境、先人や同時代の研究者からの学恩も多々ある。
 
本書に対し、学会誌上に二人の方の書評が掲載され、公益財団法人德川記念財団より表彰を受け、博士後期課程で中退した母校から博士 (史学) の学位も得た。多くの方々に感謝し、努めて次に進みたい。
 
最後に、史料編纂・史料集公刊を本務とし校正作業に従事して来ながら、誤字脱字がある。増刷・重版の機もないので、第1刷 (初版本) を手にされる読者の便に、この場を借り、訂正を要する箇所をお伝えしたい。
 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 教授 山口 和夫 / 2021)

本の目次

序 章 近世日本政治史と天皇・院・朝廷 ―研究史と主題―
 
第一部 公儀権力成立と朝廷の近世化
第一章 統一政権成立と朝廷の近世化                             
第二章 近世初期武家官位の展開と特質  
第三章 将軍権力と大名の元服・改名・官位叙任
第四章 徳川秀忠・家光発給の官途状・一字書出について
第五章 寛永期のキリシタン禁制と朝廷・幕府
 
第二部 近世朝廷の成長と変容
第一章 生前譲位と近世院参衆の形成
第二章 天皇・院と公家集団
第三章 霊元院政について 
第四章 近世の朝廷・幕府体制と天皇・院・摂家
 
第三部 家職の体制と近世朝廷解体への契機
第一章 近世の家職
補論 公家家職と日記
第二章 石清水八幡宮放生会の宣命使について                                            
第三章 職人受領の近世的展開
第四章  神仏習合と近世天皇の祭祀                                 
第五章 朝廷と公家社会
 
終 章 天皇・院・朝廷の近世的展開と豊臣政権、江戸幕府
  初出・成稿一覧
 あとがき
 索引

 

関連情報

東京大学史料編纂所 ウェブサイト:
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
 
書評:
野村 玄 (大阪大学) 評 (『日本史研究』675、2018年11月)
http://www.nihonshiken.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8F%B2%E7%A0%94%E7%A9%B6%EF%BC%96%EF%BC%97%EF%BC%95%E5%8F%B7%EF%BC%882018%E5%B9%B411%E6%9C%88%E5%8F%B7%EF%BC%89/
 
井上智勝 (埼玉大学) 評 (『史学雑誌』128編3号、2019年3月)
http://www.shigakukai.or.jp/journal/index/vol128-2019/
 
紹介:
平野 裕 (元・毎日新聞社専務)「ひろば 江戸幕府と朝廷」 (『新聞の新聞』21027号、2018年12月19日)
 
受賞:
第16回「德川賞」 (公益財団法人徳川記念財団 2018年11月3日)
http://www.tokugawa.ne.jp/award/encourage/encourage2018
 
正誤一覧 (2018年11月30日著者作成)
       X      〇
187p附表典拠 京都御所東山文庫記録 京都御所東山御文庫記録
187p表の典拠についての説明文 非公転落 非行転落
248p/ℓ2 一、其身御才学も無之、 一、其御身御才学も無之
264p/ℓ3 文久二年(一六八二) 文久二年(一八六二)
387p/ℓ9 慶安二年(一六一八)  慶安二年(一六四九)
416p/ℓ4 修史論文 修士論文





 

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