東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

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書籍名

西洋古典叢書 書簡集 2

著者名

リバニオス (著)、 田中 創 (訳)

判型など

676ページ、四六判変形、上製

言語

日本語

発行年月日

2019年1月

ISBN コード

9784814001736

出版社

京都大学学術出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

書簡集 2

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本書は、後4世紀のローマ帝国で活躍した修辞学者リバニオスのギリシア語書簡を翻訳したものである。リバニオスはシリアのアンティオキアという都市で活動し、ギリシア語の古典作品を教授する立場にあった。古典を教えていると言うと、文学者のようなイメージを抱く方もいるかもしれない。しかし、当時の修辞学者は古典作品を題材としたパフォーマンスを公衆の前で披露し、人々の笑いや涙を誘うこともあれば、都市を代表してローマ皇帝や帝国高官に弁論を発表し、政治的交渉を行うこともあった。その意味では、お笑い芸人や役者、大学教員、政治家、外交官などを兼ねた仕事をしていたと言えるだろう。また、彼が教えていた修辞学は、今でこそ「詭弁」や空虚な文彩を教えるものと捉えられがちであるが、この学問は人々を感動させたり、説得したりするための効果的な議論の進め方や、言葉の使い方を教授するものであった。そのため、裁判に関わる弁護人にとっては必須の素養であったし、信徒たちに説教をするキリスト教会の司教などにとっても貴重な技術だった。現代風に言えば、修辞学者はロースクールの教師という側面も持ち合わせていたと言えるかもしれない。
 
このリバニオスは膨大な数の書簡を残している。彼の生きていたローマ帝国には、電子メールはもちろん、一般人の使える郵便制度もなかった。しかし、地中海周辺を支配下に置くローマ帝国では有力者やその子弟が東奔西走しており、これらの人々が書簡を携えて、情報をやり取りしていた。書簡は単に近況を伝えるための道具ではなく、書簡の運び手を有力者に紹介する推薦状であったり、帝国の有力者にとりなしを頼んだりなど当時の人々の生活の断片を伝える貴重な史料となっている。リバニオスの名のもとに残されている書簡は1500通を超えており、そこには膨大な数の人々が登場する。そのため、4世紀ローマ帝国を生きた有力者の名前やその役職、人の移動など、人物情報を発掘する上でも彼の書簡は比類ない情報源となっている。このように、書簡の内容が多岐にわたり興味深いというだけでなく、ローマ帝国後期の政治・社会を考える上での最も基礎的な史料としての位置づけから、本書の現代語訳には重要性があると言える。
 
ギリシア語やラテン語の古典作品はその多くが欧米の現代語に翻訳されてきた。しかしながら、ローマ帝政後期の作品についてはその限りではなく、リバニオスの書簡はまさにそのような事例の典型である。書簡の数が膨大なこともあり、これまで英語や伊語、独語などに翻訳された際には、一部書簡の訳、重要な文だけを抜粋した抄訳となってきた。これに対し、一人の訳者が、書簡集全体を現代語に翻訳し、註を付すという試みを行うのは世界でも初めてのことであり、この点にも本書の独創性がある。
 
翻訳全体は3分冊になる予定で、本書はその第2分冊にあたる。リバニオスの晩年の声を聞くことができる書簡や「背教者」ユリアヌスに関わる書簡も多く含まれており、興味のある方には手に取ってもらえれば幸いである。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 田中 創 / 2020)

本の目次

内容小見出し一覧
「小集成」第二部第六巻(書簡五五〇—六一四)
「小集成」第三部(書簡六一五—一一一二)

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