
書籍名
Brill's Studies in South and Southwest Asian Languages, Volume: 8 The Kurux Language Grammar, Texts and Lexicon
判型など
791ページ、ハードカバー
言語
英語
発行年月日
2017年9月21日
ISBN コード
978-90-04-34765-6
出版社
Brill
出版社URL
学内図書館貸出状況(OPAC)
その他
英語、クルフ語
英語版ページ指定
皆さんは外国語の授業などで「ことばを学ぶことで発想法や価値観が異なる文化に触れ、視野を広げることができる」と聞かれたことがあると思います。ことばを学ぶための辞書や文法書を書くのは我々言語学者の仕事ですが、言語学者は言語の構造に主な関心があるので、辞書や文法書はややもすると無味乾燥になりかねません。この本では言語構造だけでなくクルフの文化も学べるように、クルフ語話者の談話や語りに出てきた例文を用いて書きました。
私が駆け出しの言語学者としてフィールドワークを始めようとしていた2004年に、ドラヴィダ語族の少数民族言語を学びたいと思い、訪問していたインドの大学でバブルー君というクルフの大学院生を紹介してもらいました。クルフ語をよく話す奥地出身のこの快活な青年は天才的教師で、もの覚えの悪い私に2週間つきっきりで、片言で話せるまでクルフ語を仕込んでくれました。私は歴史言語学者なので、ドラヴィダ語族がクルフ語やタミル語などの娘言語に分化する前の祖語を再建するのが課題ですが、ドラヴィダ語族のほとんどの言語は古い文字記録をもたないため、現地調査で調べた現代語をもとに祖語へと遡らねばなりません。バブルー君の助力を得て10年間クルフ語とマルト語というドラヴィダ系少数民族言語の調査を進めましたが、2015年の暑い夏の日に、バブルー君は病気で急逝しました。葬儀が済んで、これで研究も終わりかと思っていたところ、バブルー君の志を継ぐ後輩たちが手伝いを申し出てくれました。書き貯めた調査ノートをもとに、バブルー君との共著として執筆したのが本書です。文法編では母語話者が実際に話した文例を用いて文法を説明し、テキスト編ではバブルー君と録音した古老の語る昔話、神話や、家庭での会話を採録し、それらが読めるよう行間に逐語注をつけ、巻末に辞書をつけました。
ドラヴィダ語族言語はほとんどがインド南部で話されていますが、クルフ語話者である少数民族クルフは、それらから遠く離れたインド東部の高原に住んでいます。クルフ語中の借用語彙から判断すると、インド南部からヒンドゥスタン平原を経てインド東部に至ったという移住の痕跡が推測されます。現在でも活発に移住しており、私たちが飲んでいるアッサムやダージリンの紅茶は、しばしばクルフが生産に携わっているそうです。クルフ語には敬語表現はありませんが、婉曲的な話し方が高度に発達しており、客が来て屋根のヒョウタンの話をして行ったと思ったら、娘さんの縁談をしていたなど、クルフの語りを観察していると飽きることがありません。クルフには独自の宗教と神話があり、本書を読んでそれらを学んでおくと、クルフの考え方も理解しやすくなるでしょう。
クルフ語は、一見したところインド・アーリア語の影響が強く、ドラヴィダ的要素を失っているように見えますが、詳しく調べていくと、インド・アーリア語にもほかのドラヴィダ語にも見られない特徴があり、ドラヴィダ語族の古態を保持していることがあります。「私は日本人だ」というとき、クルフ語では「日本人」が一人称単数形になりますが、こうした主語と述語名詞の人称一致は古典タミル語など古いドラヴィダ語にも見られます。この本で集めた文法と語彙をもとに、ドラヴィダ祖語からクルフ語までの変化過程と、クルフ語がほかのどのドラヴィダ語と近いかという系統樹の検討を続けています。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 小林 正人 / 2020)
本の目次
(クルフ語の概要 小林正人)
Grammar
(クルフ語の文法 小林正人)
2. Phonology
(音韻 小林正人)
3. Morphology
(形態法 <活用や派生法> 小林正人)
4. Syntax and Pragmatics
(統語論と語用論 小林正人)
5. Semantics
(意味論 小林正人)
6. Lexicon
(語彙論 小林正人)
Texts
7. Glossed Texts
(録音から書き起こした、13本の逐語注・英訳つきテキスト 小林正人、バブル―・ティルキー)
Lexicon
(13,000語の辞書 バブル―・ティルキー)
関連情報
P. Sreekumar, Masato Kobayashi and Bablu Tirkey: The Kurux Language: Grammar, Text and Lexicon. Bulletin of the School of Oriental and African Studies 82:3 (2019), pp.563-565