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書籍名

牛乳が食卓から消える? 酪農危機をチャンスに変える

著者名

鈴木 宣弘

判型など

85ページ、並製

言語

日本語

発行年月日

2016年10月

ISBN コード

978-4-8119-0496-2

出版社

筑波書房

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牛乳が食卓から消える?

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規制改革推進会議は、酪農家の生乳を一元的に集荷する組織を指定する「指定団体制度」のせいで自由な販売ができずに、酪農家の所得が低迷するのだと指摘し、「酪農家が販路を自由に選べる公平な事業環境に変える」として、2017年に「畜産経営の安定に関する法律」(畜安法)を改定した。
 
しかし、単に自由にすれば社会的利益が増やせるというのは机上の空論に近いことは、タクシー業界の規制緩和をはじめ、何度も経験してきたことでもある。案の定、生乳流通自由化の期待の星と規制改革推進会議がもてはやした会社が2019年11月末ごろから一部酪農家からの集乳を停止したと、2020年3月に報道された。
 
腐敗しやすい生乳が小さな単位で集乳・販売されていたのでは、極めて非効率で、酪農家も流通もメーカーも小売も混乱し、消費者に安全な牛乳・乳製品を必要なときに必要な量だけ供給することは困難になる。つまり、需給調整ができなくなる。そのとおりに、酪農の規制改革は失敗した。
 
こうならないように、まとまった集送乳・販売ができるような農協による共同出荷システムが不可欠であり、そのような生乳流通が確保できるように政策的にも後押しする施策体系が採られているのは、世界的にも多くの国に共通している。象徴的なのは、「生乳の腐敗性と消費者への秩序ある販売の必要性から、米国政府は酪農を、ほとんど電気やガスのような公益事業として扱ってきている」(フロリダ大学キルマー教授)という言葉である。
 
基礎食料としての牛乳・乳製品を供給する酪農に対する諸外国の国家戦略的支援に比較すると、日本の酪農は世界的にも最も制度的な支援体系が手薄いと言える。それなのに、過保護な日本酪農の規制を撤廃し、もっと貿易自由化すれば、強くなって酪農所得が向上すると言って、結果的には、酪農を痛めつけている。このままでは、酪農所得はさらに減り、飲用乳さえ小売店頭から消えかねない危機が迫っている。
 
このように、酪農を取り巻く情勢は厳しいが、我々は未来への展望を見出さねばならない。そこで、今後の我が国の酪農・酪農協・乳業のあり方と、それをサポートする政策体系を検討するのが本書である。とりわけ、「貿易自由化がある程度進行しても、中長期的には需給逼迫によって国際乳製品価格が上昇し、日本の牛乳・乳製品も競争力を持ってくる」可能性について検証する。今を凌いで生産を維持・拡大していくことにより将来展望は開ける。そのためには、米国の「乳代-エサ代」の最低限のマージン補償のような政策発動が予見可能なシステムを構築し、酪農・乳業の将来計画が立てられるようにすることが不可欠である。こうして酪農危機をチャンスに変える処方箋を示したのが本書である。

 

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 教授 鈴木 宣弘 / 2020)

本の目次

はじめに
第1章 酪農指定団体制度廃止の真意
「酪農家のため」はうそ
指定団体廃止は理論的に間違い
英国で起きた乳価暴落の教訓
根っこはひとつ
 
第2章 何が問題なのか─2014年のバター不足が投げかけたこと─
長期的な酪農所得の低迷
固定的補給金の限界
需給調整機能の負担
小売からの川上部門へのしわ寄せ
将来計画が立てられる最低限の経営安定メカニズム─重要なのは「予見可能性」─
今が現場の踏ん張りどころ
 
第3章 牛乳・牛肉についての政府のTPP影響試算─「影響がないように対策するから影響なし」の検証─
影響試算の考え方と比較
酪農
牛肉
酪農・肥育牛における収益性分析
 
第4章 不当な牛乳の価格形成を助長させてはならない
生産者の取り分は「不当に」低い
生乳流通・取引体制検討の欠落点─最大の問題にメス入れず─
取引交渉力の不均衡
不完全な市場の規制緩和は不当な価格形成を助長する
不完全な市場は民間任せでなく公正な取引のための政策介入が必要
生産調整から販売調整へ
 
第5章 欧米における酪農の位置づけに学ぶ
2014年農業法による米国酪農政策の強化─米国の酪農収入保険の真実─
英国で起きた大手スーパー,多国籍乳業の市場支配力の助長
Tescoによる生産者のグループ化をどう評価するか
EUにおける「ミルク・パッケージ」
対照的なカナダ─「三方よし」の価格形成─
 
第6章 今を凌げば,適切な政策措置と現場の努力で日本酪農の未来は開ける
中長期的な乳製品需給の逼迫基調
欧米にとって酪農は「公益事業」,まさに「聖域」
世界の乳価が日本水準に近づいてくる
全面的にプール乳価に基づく補填に切り替えるのが社会的にベスト
小売の買いたたきが放置されると乳価が酪農家に還元されない
生・処・販と消費者のすべてが幸せなカナダの価格形成を見習え
欧米は政策の役割を明確に提示している─日本は場当たり的で現場が計画立てられない─
加工原料乳価1円引き上げに20億円,飲用乳価でも40億円
 
第7章 本当に「強い酪農」を目指して
自分たちの食は自分たちが守る─「高くてもモノが違うからあなたのものしか食べたくない」─
本物の品質
牛の健康がすべてにつながる
遺伝子組み換え牛成長ホルモン
発想の転換─「家族経営」とは何か─
海外の飼料には頼れなくなってくる
「今だけ,金だけ,自分だけ」=「3だけ主義」の克服
おわりに─2010年の指摘から現在までの変化─
 

関連情報

書籍紹介:
日本の酪農の展望と支援政策を考える (『農民』 2016年12月12日)
http://www.nouminren.ne.jp/newspaper.php?fname=dat/201612/2016121213.htm

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