東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙

書籍名

シリーズ ケアをひらく 中動態の世界 意志と責任の考古学

著者名

國分 功一郎

判型など

344ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年4月

ISBN コード

978-4-260-03157-8

出版社

医学書院

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中動態の世界

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この本は中動態というかつてインド=ヨーロッパ語に存在していた文法カテゴリーについての本である。
 
中動態のことを知ったのはもう二十年以上も前、大学の学部生のときである。その頃、私はジル・ドゥルーズやジャック・デリダ、ミシェル・フーコーらの哲学、後にフレンチセオリーと呼ばれることになる当時の流行思想に関心を持っていた。近代哲学、あるいは哲学そのものが前提としてきた様々な概念をことごとく疑問に付す彼らの思想は難解をもって知られていたのだが、中動態の知識は私に、彼らが述べていることのほとんどはこの中動態の概念によって整理できてしまうのではないかという直観を与えた。彼らの哲学が難解に思えるのは、彼らが我々の思考様式の外側について思考しているからである。そしてその我々の思考様式を決定的に規定している要素の一つこそ、中動態を排除することで成立した能動態と受動態の対立ではないか。
 
もちろん当時は正確に以上のような言葉で考えていたわけではない。だが、その直観は確かなものとして私の中に残り続けた。ただ、私が認めなければならなかったのは、当時の私にはこのテーマを取り扱うだけの力量が欠けていたということである。私にはまだ到底歯が立たなかった。
 
しかしこのテーマに取り組むべき時は突如訪れた。私は2011年に出版した拙著『暇と退屈の倫理学』(朝日出版: 増補新板、太田出版、2015年) が、アルコールや薬物の依存症の解明に役立っていることを知るとともに、依存症の自助グループの方々から話を聞く機会に恵まれた。その場で私は、依存症とそこから回復が、能動と受動の対立カテゴリーに支配された我々の言語ではうまく表現できないことを知った。たとえばその時聞いた「回復とは回復し続けること」という言葉。この言葉に託された思いは、能動 / 受動のカテゴリーのもとでは誤解される他ない。
 
私は本書執筆のために毎週学校に通って古典ギリシア語を学んだ。古典ギリシア語の知識はこの本を書くために必要不可欠であったからである。また中動態に関連する研究を徹底的に調べた。その過程で気がついたのは、私と同じ直観を得た研究者が少なからずいたということである。彼らもまた、中動態の概念によって現代哲学が開こうとしているパースペクティヴを明らかにできるのではないかと考えていたようである。だが、ほとんどの研究が正確な文法の知識と言語の歴史についての理解を欠いていた。そのため、中動態はほとんど神秘化されていた。
 
中動態は少しも神秘的なものではない。それはかつて普通に人々が用いていたものである。ところがそれに迫ろうとすると、どうしてもそれは我々の手をすり抜けてしまう。能動 / 受動の対立カテゴリーが我々の思考様式にあまりにも深く浸透しているからである。このことを理解するのはさして難しくない。ほとんどの研究は中動態を、能動と受動の対立のどこかに位置づけようとしていた。ところが中動態を定義するためには、能動と受動の対立を一度捨てなければならないのである。なぜならば、能動態と受動態の対立はもともとはインド=ヨーロッパ語には存在せず、能動態と中動態の対立がそれに先立って存在していたからである。
 
そのような観点から中動態を定義していたのがフランスの言語学者エミール・バンヴェニストであった。バンヴェニストの研究がなければこの本を書くことはできなかった。バンヴェニストがそのような観点を持ち得たのは、おそらく彼が言語学者であると同時にほとんど哲学者といってよい研究活動を行っていたからである。バンヴェニストの哲学者としての思考が、彼自身もまたその中に捕らわれていたはずの我々の思考様式を相対化することを可能にしたのだろう。
 
こうしてバンヴェニストの詳細な読解から始まった私の研究は、最終的にハンナ・アレントによる意志概念の検討を経由し、意志という概念そのものの批判へと至った。古代ギリシアには意志を意味する概念も言葉もないという事実を知ったときの驚きは今も忘れられない。能動態/受動態という対立は、どこかで、意志の概念と結びついているというのが本書の主張の一つである。
 
本書には「意志と責任の考古学」という副題が付けられている。本書において私は意志の概念についてはかなり詳細に論じることができた。だが、責任についてはそうではない。意志の概念を批判し、その上で責任の概念を肯定すること。これが現在の私の研究課題である。本書で開始された研究は今も続いている。
 
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 國分 功一郎 / 2020)

本の目次

プロローグ-ある対話
第1章 能動と受動をめぐる諸問題
第2章 中動態という古名
第3章 中動態の意味論
第4章 言語と思考
第5章 意志と選択
第6章 言語の歴史
第7章 中動態、放下、出来事-ハイデッガー、ドゥルーズ
第8章 中動態と自由の哲学-スピノザ
第9章 ビリーたちの物語

あとがき

関連情報

受賞:
紀伊国屋じんぶん大賞2018年 第1位 受賞 (紀伊国屋 2018年)
https://www.kinokuniya.co.jp/c/jinbun2018/
 
第16回 (2017年) 小林秀雄賞 受賞 (新潮社 2017年)
https://www.shinchosha.co.jp/prizes/kobayashisho/
 
著者コラム:
國分功一郎「私たちがこれまで決して知ることのなかった「中動態の世界」」 (現代ビジネス 2017年4月2日)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51348
 
著者インタビュー:
『中動態の世界』著者インタビュー「日常的な感覚を肯定する大人の哲学」 (集英社新書プラス 2019年6月17日)
https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/interview/%E5%9C%8B%E5%88%86%E5%8A%9F%E4%B8%80%E9%83%8E%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC/2126/3
 
「中動態の世界」から見た不登校 意志という幻想が奪った言葉 (『不登校新聞』488号 2018年8月15日)
https://futoko.publishers.fm/article/18696/
 
池田剛介: 芸術論の新たな転回 04 國分功一郎 中動態から想像力へ (REALKYOTO 2018年5月14日)
http://realkyoto.jp/article/inteview-by-ikeda-kosuke04/
 
能動態でも受動態でもない「中動態」を知ると少し生きやすくなる (『週刊文春』 2017年5月18日号)
https://bunshun.jp/articles/-/2461
 
対談:
責任と欲望を生み出すために 國分功一郎×東浩紀「哲学にとって愚かさとはなにか──原子力と中動態をめぐって」イベントレポート (ゲンロンα 2020年11月7日)
https://genron-alpha.com/article20201107_01/
 
國分功一郎氏×斎藤環――オープンダイアローグ
第1回 20分でわかる中動態――國分功一郎 ((医学書院Webマガジン『かんかん!』 2019年10月29日)
http://igs-kankan.com/article/2019/10/001185/
 
第2回 オープンダイアローグの衝撃――斎藤環 ((医学書院Webマガジン『かんかん!』 2019年10月30日)
http://igs-kankan.com/article/2019/10/001199/
 
第3回 討議――國分功一郎×斎藤環 ((医学書院Webマガジン『かんかん!』 2019年10月31日)
http://igs-kankan.com/article/2019/10/001200/
 
第4回 質疑応答――会場のみなさんと ((医学書院Webマガジン『かんかん!』 2019年11月1日)
http://igs-kankan.com/article/2019/11/001201/
 
國分功一郎×熊谷晋一郎:「中動態」と「当事者研究」がアイデンティティを更新する理由 (WIRED 2017年8月31日)
https://wired.jp/2017/08/31/wrd-idntty-kokubun-kumagaya/
 
特集記事:
特集 オープンダイアローグと中動態の世界 (『精神看護』 2019年1月)
https://www.igaku-shoin.co.jp/journal/detail/38706
 
書評:
元慶應文学部教授が選ぶ小論文推薦図書[4] (洋々LABO 2020年6月30日)
https://you2.jp/labo/4709/
 
編集者(が/を)つくった本 医学書院・白石正明さん「能動と受動の「外」に出る」 (『朝日新聞』 2020年9月2日掲載)
https://book.asahi.com/article/13692874
 
図書館員のおすすめ本 (『週刊読書人』3319号 2019年12月13日)
https://dokushojin.com/review.html?id=7403
 
文 景楠 評 (東北学院大学『教養学部論集』第180号 2018年12月)
https://www.tohoku-gakuin.ac.jp/research/journal/bk2018/no09.html
 
中動態の世界 意思と責任の考古学 (PM生活の医療株式会社ホームページ) 2018年9月6日)
https://peoples-med.com/2018/09/06/%E4%B8%AD%E5%8B%95%E6%85%8B%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%80%80%E6%84%8F%E6%80%9D%E3%81%A8%E8%B2%AC%E4%BB%BB%E3%81%AE%E8%80%83%E5%8F%A4%E5%AD%A6/
 
松村武 (劇作家・演出家) 評「演劇における中動態の世界――演じるという態」 (医学書院Webマガジン『かんかん!』 2018年4月24日)
http://igs-kankan.com/article/2018/04/001105/
 
佐々木典士 評 「中動態の世界」~意志の発生~ (Minimal & Ism 2018年2月2日)
https://minimalism.jp/archives/2809
 
知れば世界の見え方が変わる「中動態の世界」 (『Forbes』 2018年1月13日)
https://forbesjapan.com/articles/detail/19183
 
金野千恵 評 「中動態の視座にある空間」 (10+1 website 2018年1月)
https://www.10plus1.jp/monthly/2018/01/issue-10.php
 
斎藤環 評「受動と能動の区分を再定義する」 (ALL REVIEWS 2017年10月26日)
https://allreviews.jp/review/1554

宇波彰 (評論家) (『公明新聞』 2017年8月21日)
 
大谷則子 (和洋女子大学看護学部設置準備室) 評「能動的な学び」の価値観に一石を投じる (『看護教育』58巻7号 2017年7月25日)
https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1663200784
 
伊藤亜紗 (東京工業大学リベラルアーツ研究教育院) 評 「中動態の歌」 (『精神看護』20巻4号 2017年7月15日)
https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1689200383
 
安田登 (能楽師) (共同通信社配信『山陰新聞』 2017年6月4日)
 
松本卓也 (京都大准教授・精神科医) 評「臨床と人文知をめぐる議論が再び活発化することを期待したい」 (『図書新聞』第3305号 2017年6月3日)
https://www1.e-hon.ne.jp/content/toshoshimbun/3305_1.html
 
斎藤環 (筑波大教授・精神科医) 評 (『毎日新聞』読者欄 2017年5月28日)
https://mainichi.jp/articles/20170528/ddm/015/070/037000c
 
いま読むべき3冊の思想書:前編「尋問する言語」が世間を窮屈にしている (PRESIDENT Online 2017年5月23日)
https://president.jp/articles/-/22111
 
野矢茂樹 (東京大教授・哲学) 評 (『朝日新聞』読書欄 2017年5月21日)
 
納富信留 (東京大教授・哲学) 評 (『読売新聞』読書欄 2017年5月7日)
 
山本貴光 (文筆業・ゲーム作家) 評「能動でも受動でもない行動」 (『日本経済新聞』 2017年4月29日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO15873220Y7A420C1MY6000/
 
小木田順子 (編集者・幻冬舎) 評「何層もの驚きの先の、ささやかな解放」 (RONZA論座 2017年4月20日)
https://webronza.asahi.com/culture/articles/2017041800002.html
 
『中動態の世界 意志と責任の考古学』善でもなく、悪でもない。あいまいさを語る幻の文法 (HONZ 2017年4月11日)
https://honz.jp/articles/-/43946
 
書籍紹介:
中動態を知っていますか? (意味>新 imi-shin 2019年3月8日)
http://imi-shin.com/diary/2019/03/08/2325/
 
野矢茂樹 書評委員が選ぶ「今年の3点」  (朝日新聞DIGITAL 2017年12月24日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S13288226.html
 
「2017この3冊」 (『毎日新聞』 2017年12月10日、17日)
 
岡嶋隆佑 新刊紹介 (REPRE Vol.31 2017年11月11日)
https://www.repre.org/repre/vol31/books/sole-author/kokubun/
 
イベント:
対談「中動態と自由」大澤真幸×國分功一郎より (代官山蔦屋書店 2017年5月10日)
http://osawa-masachi.com/?p=1765
 
刊行記念トークイベント「今ここにない「それ」を、どうやって探すのか?」 (本屋Title 2017年4月21日)
https://www.title-books.com/event/2669

 

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