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黒い表紙に青の線画

書籍名

岩波現代文庫 貨幣システムの世界史

著者名

黒田 明伸

判型など

372ページ、A6判、並製

言語

日本語

発行年月日

2020年2月14日

ISBN コード

9784006004170

出版社

岩波書店

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貨幣システムの世界史

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貨幣とは、つまるところ、人と人を結ぶ回路なのだけれど、形をとって転々とする通貨は流れるよりも滞ることが多く、通貨を介さない貸借に依ると人々の自由度が低められ、結びつき方は社会関係と相互に規定し合う、ということを世界史上に現れた事象に基づき論じた本です。貨幣を受け取るのは、政府が強制するから、ないしは商品としての価値から派生しているから、と考えておくと落ち着きがよいのですが、世界の歴史は、政府などの公的保証とは関係なく、かつ尺度となる素材の価値とはかけ離れたシステムが交換を媒介する事例に満ちあふれています。
 
貨幣は交換の手段として機能しているわけですが、そもそも、この交換が一筋縄ではいかない行いです。交換は異なる職業ないしは異なる所有物をもつもの同士において起こる、というアリストテレス以来の理解は、交換・市場・貨幣というものを考える時に、いわば公理のごとく破られざる土台となってきました。しかし、現実には、ある穀物、たとえばコメをつくる農民は不足があれば、コメをほかの農民から買ってきたのですし、世界中の農村の定期市は似たような物を生産している在地の農民同士の在庫調整の場でした。異業種の交換を前提にした市場論では、在地の交換と隔地の取引の違いをとりこめず、そこから生ずる貨幣の多層性を説明できず無視するしかありませんし、そもそも人類の多数を占めてきた農民の間の多様な交換のあり方を軽視するだけでした。
 
一国一通貨を前提にした現行の政治経済学は、公私の貸借関係を互換させるようにした国民経済を後付けで正当化した歴史的産物です。貨幣を統一すると交換の確定性が増し取引費用が減少する、というような先見から自由になって現実の地球大の歴史を見直すと、多様な交換を媒介するためには多元的に貨幣が形成されてくるのであり、課税しようとする権力の企図とは離れて、在地の交換を安定させる貨幣システムが特色をもって自生してくる様がうかびあがってきます。すべての社会的なつながり方にはそれぞれ一長一短があります。何かより「合理的」な仕組みに社会が進化していくとでもいうような目的論的思考が通用しないことを、世界史上に現れた多様な貨幣システムは教えてくれています。
 
「あとがき」で、ここ二十年間ほどもっぱら海外での「ガチンコ勝負」につとめてきたことを振り返っています。着目されるのを待っていても無駄なので、野戦の場を求めるよう試みてきた過程です。

 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 黒田 明伸 / 2020)

本の目次

序 章 貨幣の非対称性
 1 合算できない貨幣たち/2 手渡される貨幣の論理/3 還らない貨幣/4 多元的貨幣論へ

第一章 越境する回路――紅海のマリア・テレジア銀貨
 1 マリア・テレジア銀貨の謎/2 英仏伊白による鋳造競争/3 銀貨流通の実態/4 回路としての貨幣/5 マリア・テレジア銀貨が語る貨幣論

第二章 貨幣システムの世界史
 1 見えざる合意/2 地域流動性と支払協同体/3 銅貨の世界と金銀貨の世界――手交貨幣の二極面/4 分水嶺としての一三世紀/5 本位貨幣制と世界経済システム

第三章 競存する貨幣たち―― 一八世紀末ベンガル、そして中国
 1 錯綜する貨幣/2 超零細額面貨幣、貝貨の世界/3 競存する銀貨/4 市場の重層性と通貨の競存/5 銀流入はインド・中国に何をもたらしたのか

第四章 中国貨幣の世界――画一性と多様性の均衡構造
 1 時代を超越する枠組――「土銭」・「郷価」の世界/2 銅銭経済の論理/3 二つの紙製通貨――鈔と票/4 上下「不」通の構造――秤量銀制度創出の動機/5 自律的個別性と他律的画一性

第五章 海を越えた銅銭――環シナ海銭貨共同体とその解体
 1 ジャワの万暦通宝/2 中国における基準銭/3 中世日本における基準銭の形成とその消失/4 中世日本における銭貨流通の特質/5 東南アジアにおける銭貨流通/6 環シナ海銭貨共同体の遠近

第六章 社会制度、市場、そして貨幣――地域流動性の比較史
 1 貨幣と制度的枠組/2 自己組織化された地域流動性――伝統中国における小農と市場町/3 地域流動性の他律的調整――絶対王政期以前の西欧/4 地域流動性の座標/5 地域的信用と地方銀行/6 伝統市場の四類型

第七章 本位制の勝利――埋没する地域流動性
 1 一国一通貨原則の歴史性/2 小農経済と在来通貨の変容/3 紙幣と兌換性/4 脱現地通貨化と恐慌

終 章 市場の非対称性
 1 貨幣需要の季節性と通貨の非還流性/2 「財の交換」と「時の交換」/3 市場階層の不整合/4 市場の水平的連鎖と垂直的統合

補 論 東アジア貨幣史の中の中世後期日本
 1 常識の非「常識」/2 明代私鋳の北宋銭、開元銭、そして永楽銭/3 階層化する環シナ海の銭貨――悪貨は良貨を駆逐せず/4 分岐する近世東アジア

あとがき
増補新版あとがき
岩波現代文庫版あとがき

参考文献
 

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