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書籍名

クルアーン入門

著者名

松山 洋平 (編)、小布施 祈恵子、 後藤 絵美、 下村 佳州紀、平野 貴大、法貴 遊

判型など

504ページ

言語

日本語

発行年月日

2018年5月

ISBN コード

978-4-86182-699-3

出版社

作品社

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クルアーン入門

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クルアーン (コーラン) は、ムスリム (イスラーム教徒) が神の「啓示の書」と信じるものである。すなわち、その中におさめられた言葉は、すべて神に由来するものだと考えられている。現代では一冊の書物の形で普及しているクルアーンだが、その成り立ちや構成のあり方、ムスリム (あるいは、ムスリム以外の人々) のあいだでどのように読まれ、理解されてきたのかを、多様な方面から分析・解説したのが本書である。
 
本書の特徴の一つは、アラビア語やペルシア語などの原典資料が主として用いられているという点にある。欧米のクルアーン研究には豊富な蓄積があるが、その議論は、欧米による他者理解の文脈の上に成り立つものである。「クルアーンとは何か」「クルアーンがどのように読まれてきたのか」という問いについて、イスラーム内部の原典資料を参照し、それを日本や日本語の文脈でどう説明し、表現しうるかという問いに挑戦したのが本書である。
 
二つ目の特徴は、情報量の多さで、とくに松山洋平氏と下村佳州紀氏が主に担当した前半 (第I部~第III部)において顕著である。例えば、クルアーンが書物の形になるまでの経緯を扱った第3章では、第3代正統カリフ・ウスマーンによる編纂についてだけでなく、この「ウスマーン版」の表記や読誦法をめぐる諸問題が取り上げられており、それぞれにまつわる複数の学説が紹介されている。また、第II部や第III部の各章では、これまで日本でほとんど紹介されてこなかったクルアーン解釈学の専門知識の基礎部分が網羅的に提供されている。それらの内容は、「クルアーン入門」という書名をはるかに超えた深みを本書にもたらしている。
 
三つ目の特徴は、クルアーンのよみ方や世界の捉え方に関して、マイノリティの見方を包含する視野の広さである。一般のイスラーム関連本が多数派であるスンナ派の紹介に終始しがちであるのに対して、本書では、例えば、平野貴大氏によるシーア派のクルアーン注釈論を扱った第11章や、ジェンダーにまつわる近現代の論争を扱った拙文 (第13章)、クルアーンとヘブライ語聖書との関係性を扱った法貴遊氏の第14章、そして、ムスリムの仏教観やブッダにまつわる認識を扱った小布施祈恵子氏の第16章など、クルアーンを取り巻く思想的広がりを示す、新たな視角からの論考が収められている。
 
本書の執筆陣は、刊行当時20代から40代前半という比較的若い世代の研究者である。20世紀初頭に始まる日本のイスラーム研究の蓄積の上に学ぶ機会を得て、アラビア語やペルシア語など語学教育を存分に享受しえた世代であるからこそ、こうした深い議論や、広い視野を持った研究が行えたのではないかと思う。本書を出発点の一つとして、次の世代が、さらに新しい地平を切り開いていくことを執筆者の一人として切に願う。
 

(紹介文執筆者: 日本・アジアに関する教育研究ネットワーク (ASNET) 教授 後藤 絵美 / 2021)

本の目次

まえがき
 
第I部 クルアーンの定義と構成
第1章 クルアーンとは何か 松山洋平
第2章 クルアーンはなぜ奇蹟とされるのか 下村佳州紀
第3章 ムスハフ――「本」となったクルアーン 松山洋平
第4章 クルアーンの構成 松山洋平
第5章 日本におけるクルアーン翻訳の展開 後藤絵美
 
第II部 クルアーン解釈の前提
第6章 クルアーンの時代区分と聖遷 下村佳州紀
第7章 “啓示”が下された契機とその役割とは 下村佳州紀
第8章 クルアーンに残された古い規定――「廃棄」か「忘却」か? 下村佳州紀
 
第III部 クルアーン解釈の方法
 第9章 クルアーンを解釈することとは 下村佳州紀
 第10章 スンナ派のタフスィール 松山洋平
 第11章 シーア派のタフスィール 平野貴大
 
第IV部 トピックから探るクルアーンの思想
 第12章 クルアーンからジハードを理解する――その変遷と近現代 下村佳州紀
 第13章 クルアーンとジェンダー――男女のありかたと役割を中心に 後藤絵美
 第14章 クルアーンのよみかたとヘブライ語聖書のよみかた 法貴 遊
 第15章 クルアーンにおけるイエス 松山洋平
 第16章 ムスリムからみたブッダ 小布施祈恵子
 
あとがき

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