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ジョルジュ・ド・ラ・トゥールによる『改悛するマグダラのマリア』の作品

書籍名

ジャン=ジョゼフ・スュラン 一七世紀フランス神秘主義の光芒

著者名

渡辺 優

判型など

474ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2016年10月15日

ISBN コード

978-4-7664-2368-6

出版社

慶應義塾大学出版会

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ジャン=ジョゼフ・スュラン

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本書の学術的意義は大きく3つ指摘できる。第一に、本書は、17世紀フランスのイエズス会士ジャン=ジョゼフ・スュラン (1600-1665年) についての、本邦では初のモノローグであり、世界的にみても従来のスュラン像を根本的に刷新する成果であること。第二に、従来の「神秘主義」理解の拡充を促し、19世紀以来の宗教研究の重要な一角を占めてきた神秘主義研究に、新たな地平を拓くものであること。第三に、近世神秘主義という問題系が、ポスト近代としての現代のラディカルな宗教思想と共鳴しうることを示し、近世神秘主義の思想史的射程を明らかにしたことである。
 
スュランの名が取り沙汰されるばあい、必ずといっていいほど言及されてきたのが、「ルーダンの悪魔憑き事件」(1632-1637年) である。フランス南西部の地方都市ルーダンの女子修道院で発生したこの事件は、近世西欧に頻発した悪魔憑き狂騒のなかでも最大規模のものとして知られるが、これに祓魔師 (エクソシスト) として関わったことが、スュランの人生に劇的な色合いを与えることになった。事件の震源となった修道院長ジャンヌの悪魔祓いを担当したスュランは、ジャンヌの回復と引き換えに、おのれ自身が徐々に悪魔憑きの徴候を示すようになり、ついには心身の麻痺状態に陥って、20年にも及ぶ魂の闇路をさまようことになったのだ。この間の経験を、のちに彼は『経験の学知 (La science expérimentale)』(1663年) という自伝的テクストに纏めるのだが、そこに溢れる生々しい「超常体験」の描写は、近代以降の体験中心主義的な神秘主義理解とも共鳴して、異様な神秘体験の持ち主としてのスュランのイメージを強固ならしめてきた。
 
しかし本書が注目するのは、むしろルーダン後のスュランが歩んだ道程であり、彼が晩年に至りついた魂の境涯である。それは、かつての圧倒的な現前の体験が過ぎ去ってしまったがゆえに、仄暗き「共通・通常の信仰」の地平である。神の栄光から隔てられた「永遠の場外区」に生きる魂は、しかし、いまや姿なき「不在の神」に恋い焦がれて疼く「愛の傷」を負っている。スュランの神秘主義の真骨頂は、一切の超常の体験を拭い去った「赤裸な信仰」の状態にある。彼は、この「信仰の状態」にあって神の現前から遠ざかるほどに大きくなる「愛の傷」こそ、人びとのあいだに生きながら神と別様に交わることを可能にする宝であると語ったのだった。
 
かくして新たなスュラン像を描き出した本書は、同時に、言語と歴史性を絶した、本質的に個人的で内面的な体験を核とする旧来の神秘主義理解に根源的な再考を促す。神秘主義は、「宗教とは何か」という宗教の本質への問いと深く結びついてきただけに、その再考は私たちの宗教理解そのものを問い直すことに直結している。また、去っていった神を、それでもなお待望し、語り続けようと願う近世神秘家の信の言葉は、「神の死」や「宗教離れ」が叫ばれる現代にあって宗教の条件を問う先鋭な思想の言葉ともたしかに響き合う。とかくキワモノ扱いされがちな神秘主義を、かくして思想史の表舞台に引き上げることも、本書の目論見のひとつである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 渡辺 優 / 2021)

本の目次

はじめに

 序章 一七世紀フランス神秘主義とジャン=ジョゼフ・スュラン
  1 一七世紀フランス ―― 近代化と霊性の興隆
  2 ジャン=ジョゼフ・スュランの生涯
  3 神秘主義とは何か ―― 本書の問いとその射程
  4 スュランの読み方 ―― 神秘家の言葉を解釈するということ
  5 先行研究批判と本書の主題

第I部 近世神秘主義の地平

 第1章 「経験の学知」« la science expérimentale »
  1 中世末期における神秘主義の自立化 ―― ジェルソン『神秘神学』をめぐって
  2 近世における経験 / 体験概念の新たな構成
  3 近世神秘主義のパラドクス
  4 スュランへ

 第2章 名もなき証言者たちとの呼応
  1 一七世紀フランスにおける俗人神秘家の台頭
  2 スュランと名もなき神秘家たち
  3 信仰の地平

第II部 論争を超えて

 第3章 スュランと反神秘主義
  1 「戦う神秘家」とその陥穽
  2 反神秘主義との闘争
  3 闘争の果て ―― スュランの「願望」のゆくえ
  4 陥穽を超えて ―― 「宣教神秘家」スュラン

 第4章 純粋な愛と純粋な信仰 ―― 魂の「暗夜」の解釈をめぐって
  1 反神秘主義と「暗夜」の教説
  2 フェヌロンにおける「純粋な愛」の教説とその隘路
  3 純粋な愛と隣人愛
  4 純粋な愛の教説を超えて

第III部 現前と不在の彼方

 第5章 信仰への回帰
  1 時のはざまで
  2 新たなる現在、新たなる現前
  3 地を這う神秘家
  4 信仰の言葉 ―― その諸相
  5 「私たち」の信仰

 第6章 永遠の城外区にて
  1 ジャンヌとスュラン
  2 彼方へ ―― スュランのエクリチュールをめぐって
  3 信仰の平安

 結 論
 補 遺  スュランのテクストについて
 あとがき

 参考文献
 索 引
  事項索引
  聖書からの引用
  スュランの著作からの引用
  人名・著作名索引

関連情報

受賞:
第34回(2017)渋沢・クローデル賞本賞 (公益財団法人日仏会館 2017年)
https://www.mfjtokyo.or.jp/shibukuro.html
 
2017年度日本宗教学会賞 (日本宗教学会 2017年)
https://jpars.org/archives/3310
 
立ち読み:
特別寄稿 : 渡辺優「スュランとは何者か」 (慶應義塾大学出版会ホームページ)
https://www.keio-up.co.jp/kup/gift/surin.html
 
著者コメント:
【宗教学科】 渡辺 優 講師の著書が出版されました。 (天理大学ホームページ 2016年10月4日)
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/q3tncs00001fzs4g.html
 
書評:
深澤英隆 (一橋大学社会学研究科教授) 評 (『宗教研究』92巻2号 2018年)
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/%E5%AE%97%E6%95%99%E7%A0%94%E7%A9%B6/%E5%AE%97%E6%95%99%E7%A0%94%E7%A9%B6%2092(2)%20(2018)/%e5%ae%97%e6%95%99%e7%a0%94%e7%a9%b6%2092%20%e5%b7%bb%20(2018)%202%20%e5%8f%b7%20-%20017%e6%b7%b1%e6%be%a4%20%e8%8b%b1%e9%9a%86%e3%80%8c%e6%b8%a1%e8%be%ba%e3%80%80%e5%84%aa%e8%91%97%e3%80%8e%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%83%b3=%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%82%bc%e3%83%95%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%83%a5%e3%83%a9%e3%83%b3%e2%94%80%e2%94%80%20%e4%b8%80%e4%b8%83%e4%b8%96%e7%b4%80%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e7%a5%9e%e7%a7%98%e4%b8%bb%e7%be%a9%e3%81%ae%e5%85%89%e8%8a%92%20%e2%94%80%e2%94%80%e3%80%8f%e3%80%8d.pdf
 
金子昭 (天理大学附属おやさと研究所教授) 評 (『グローカル天理』Vol.18 No.5 2017年5月)
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00001fmjdw-att/GT209-Tosho.pdf

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