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書籍名

みらいへの教育シリーズ バートランド・ラッセル 反核の論理学者 私は如何にして水爆を愛するのをやめたか

著者名

三浦 俊彦

判型など

304ページ、A5判並製

言語

日本語

発行年月日

2019年7月23日

ISBN コード

978-4909783134

出版社

学芸みらい社

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学内図書館貸出状況(OPAC)

バートランド・ラッセル 反核の論理学者

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20世紀初頭に数学の基礎を破壊した「ラッセルのパラドクス」で有名な英国の数学者バートランド・ラッセル (1872~1970) は、数学の再建を図るため自らの手で整備した記号論理学を駆使して伝統的哲学の諸問題に取り組み、いわゆる「分析哲学」の創始者となりました。幸福論、結婚論など人生論系のベストセラーを量産した名文家としても知られます。
 
一人で何人分もの活躍をしたこの哲学者に、学部生時代の私は心酔しました。彼の理論哲学や社会思想の内容だけでなく、その人格にも感銘を受けました。第一次大戦中に反戦運動を行なったためケンブリッジ大学の教職を剥奪され、投獄もされたラッセルは、戦争は自分にとってメフィストフェレスだった、と述懐しています。悪魔によって学問の世界から俗世間へ解き放たれたファウストを自らの中に見出したのです。
 
しかし私の目にはラッセルは、むしろドン・キホーテのように映りました。滑稽な道化というより、理想を無垢に追い求める聖人として。ビキニ水爆実験の翌年に発表した「ラッセル・アインシュタイン宣言」(1955) 以降、反核平和運動の先頭に立ったラッセルは、西側体制と対立し、89歳で再び投獄されますが、彼の活動は核戦略の政治的現実に影響を与えたとは言えません。老哲人の言動は、実際的パワーを欠いた反戦感情の象徴としてのみ流通したのでした。
 
ラッセルのこのあり方は、芸術作品に似ています。そこで彼の人生を、影響力や思想的意義よりも、現象それ自体として、美的雰囲気の面から研究しようと思い立ったのです。
 
というわけで、二つの文学キャラクターとの比較から、ラッセルの二面性を芸術作品読解の作法で描き出した試みが本書です。世界平和のため人生を捧げる利他的ドン・キホーテと、熱狂的な反戦デモに没入し充実感を得る利己的ファウスト。この対照的な衝動に引き裂かれた人生はそれだけで興味深いものですが、人物像を立体的に把握するため、もう一つ「ラッセルと日本との関係」という解釈軸も設けました。
 
ラッセルは1921年 (大正10年) に雑誌『改造』の招聘で来日し、日本の学界・思想界にブームを巻き起こしましたが、彼の目には、日本は世界平和への潜在的脅威として映りました。他方、第二次大戦後のラッセルは、被爆国日本に平和運動の拠点として期待を寄せ、日本の平和運動団体と深く連帯しました。40年以上を隔ててコントラストを示したラッセルと日本の関係には、人類共通のさまざまな情緒が醸し出す葛藤と調和が見て取れるように思われます。
 
本書は、私が1984年に東大の総合文化研究科に提出した修士論文です。米ソ冷戦期に人類滅亡を憂えた大哲学者の懊悩を、本書出版のため改めて辿り直すことは、私自身の自己回顧・自己発見の意味でも有意義でした。フクシマやコロナを経て「世界平和」の意味も変化した今日、ラッセルの人生を鑑賞することは、今や失われた諸視点の再発見につながるだろうと信じます。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 三浦 俊彦 / 2021)

本の目次

まえがき
 
序 章 美的アプローチ宣言
1.対象の性質
2.問題と方法
 
●第1部 大正日本とラッセル
 
第1章 日本思想界のラッセル
1.概観
2.社会主義者の批判
3.人間的興味
4.「ラッセル教授の印象」
第2章 人間ラッセル対極東
1.日本でのコメディ
2.コスモポリタンの限界
3.西欧人と中国・日本
 
●第2部 ラッセルの機知と怒り
 
第3章 機知と怒り・素描
1.回心
2.第一次大戦
3.ジレンマ
4.機知の諸相
第4章 背徳としての論理
1.善良な市民のアルファベット
2.生きた機知
3.予兆
 
●第3部 核時代のドン・キホーテ
 
第5章 水爆愛、そして懐疑の終焉
1.怒りと笑い
2.対ソ予防戦争
3.「不適応」と論争
4.娘と孫と哲学と
第6章 ドン・キホーテ、立つ
1.誤った権威
2.刑罰と大衆運動
3.光と影
4.道化の告発
 
●第4部 平和運動と自己
 
第7章 啓発された利己心・聖なる利己心
1.老人と青年
2.核時代の聖人
3.生命との融合
第8章 ファウストとしてのラッセル
1.悪の伴侶
2.血の諸相
3.ドン・キホーテ、ファウスト、聖人
 
●第5部 核の世界
 
第9章 滅亡のイメージ
1.「人類」への想像力 
2.視覚の台頭
3.核と芸術
4.美しき時代
第10章 戦後日本とラッセル
1.新しい〈ラッセル─日本〉
2.二つの批判
3.対応の実際 I
4.対応の実際 II
 

 
あとがき――フクシマのあとで
 
引用・参考文献

関連情報

執筆の背景:
私の選択「可能世界、美的観点、人間原理……」 (東京大学大学院人文社会系研究科・文学部ホームページ)
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/teacher/essay/2019/1.html
 
書評:
合庭 惇 評「波乱万丈の足跡を巡り、複雑に折り畳まれた人物像を実証的・論理的に解説」 (『週刊読書人』 2019年11月22日号)
https://dokushojin.stores.jp/items/5ec77ed0bd21785261c47cb6
 
著者インタビュー:
今までは書かれなかった、「書くべきこと」を執筆したい (BOOKSCAN)
https://www.bookscan.co.jp/interviewarticle/422/all#article_bottom

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