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マスタードイエローの表紙

書籍名

Q1036 コルシカ語

著者名

マリ=ジョゼ・ダルベラ=ステファナッジ (著)、 渡邊 淳也 (訳)

判型など

156ページ、新書

言語

日本語

発行年月日

2020年6月5日

ISBN コード

9784560510360

出版社

白水社

出版社URL

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コルシカ語

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本書は Marie-José Dalbera-Stefanaggi (2002) : La langue corse, P.U.F.を全訳したものである。原著者はコルシカ語学、方言学、言語地理学において活躍し、コルシカ島の新しい言語地図やデータベースの編纂を監修するなど、学会の指導的役割を果たしてこられた。本書はその研究成果を十全に活用することによって成立しており、コルシカ語 (学) についての簡にして要を得た概説書になっている。章を追って読むことにより、歴史、方言区分、音声学・音韻論、形態論、統辞論、語彙論、社会言語学などの各分野にわたって、コルシカ語の特徴を知ることができる。
 
コルシカ語は、フランス領のコルシカ島内において、ならびに島外にうつり住んだコルシカ島出身者によって話されている言語である。ピサの支配をうけた時代があったため、トスカーナ地方周縁部のイタリア語に類似しているところがあるが、一般的にはイタリア語より古色をとどめる言語であるとされる。しかし、島内での地域差も大きく、コルシカ島南部で話されている方言は、強勢のない [ε] 音を回避する傾向などにおいてイタリア半島南部の諸方言とも類似している。話者人口は、厳密な調査が存在しないため推計によらざるをえないが、島民約33万人のうち約10万人、島外在住の話者もあわせると約15万人とも推定される。
 
コルシカ島がフランスに統合されたことは、コルシカ語の存続のためには、けっして好ましいことではなかった。フランス共和国は、憲法第1条で「単一不可分の共和国」(une République indivisible) をうたっているなど、きわめて中央集権的な国家である。言語政策も同様で、長年、コルシカ語などの地域言語には公的な地位があたえられることはなかった。現在、コルシカ島でもフランス語の使用は全面的であり、コルシカ語をひとことも知らなくても日常的にはまず不自由はない。しかしそのことがとりもなおさず、コルシカ語の危機を示しているのである。
 
21世紀になってようやく、多言語主義・多文化主義を標榜するEUの政策のおかげで、フランスでも地域言語が息をふきかえしてきた。いまでは、地域言語は文化多様性の観点からも重視されており、失ってはいけない人類の遺産のひとつと考えられている。コルシカ語も、官庁、学校、新聞、雑誌、放送、インターネットなどで積極的に使用され、振興がはかられている。バカロレア (フランスの大学入学資格) や、高等教育資格 (アグレガシオン) の科目にもコルシカ語が入っているなど、その存在感は大きい。しかし、コルシカ語はいまなお、UNESCO から「危機に瀕する言語」の指定をうけている。なぜかというと、親から子へ直感的に受けつぐ、「母語」としての伝承が稀薄とみなされているからである。世代間伝承は母語話者にまかせるしかないが、コルシカ島やコルシカ語に興味のあるわれわれ非母語話者がコルシカ語を知るとともに、考えることもまた、コルシカ語の存続に力をあたえることになるであろう。
 
本書の翻訳も、このような考えかたにそって企画、実現されたものである。訳者としてはコルシカ語 (のような地域言語) がよりひろく知られ、すえながく、ちからづよく存続することを祈念している。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 渡邊 淳也 / 2021)

本の目次

序章 言語か、方言か
第1章 イタリア・ロマンス語圏への編入――時代区分
 I.ラテン語以前
 II.コルシカのローマ化
 III.トスカーナ化
 IV.ジェノヴァの存在
 V.フランスの存在

第2章 社会言語学的側面
 I.コルシカ語とイタリア語、コルシカ語とフランス語
 II.書きことばへの接近
 III.変種の取り扱い

第3章 言語的特徴
 I.音声学・音韻論
 II.音韻論と形態論のインターフェイス
 III.話しことばから書きことばへ
    ――コルシカ語の子音体系から綴り字への転記の体系
 IV.形態論
 V.統辞論
 VI.語彙論

第4章 方言区分の基礎
 I.チスモンテ・プモンテの区分
 II.データの更新
 III.強勢母音体系という基準

第5章 諸方言圏
 I.コルシカ・ガッルーラ方言圏
 II.ターラヴ方言圏
 III.中央・北部方言圏
 IV.コルシカ岬半島方言圏

第6章 層位化――子音弱化の現状
付録 ブニファーツィウ――ジェノヴァ方言の孤島
展望

参考文献
索引
地図
訳者あとがき

関連情報

書評:
土屋亮 (亜細亜大学経済学部) 評 (『言語・情報・テクスト : 東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻紀要』巻28、p.61-65 2021年12月20日)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2002995#/.Yhbt69_P1PZ

関連記事:
リレーエッセイ「ことば紀行」 第40回「コルシカ語」渡邊淳也 (白水社ホームページ)
https://www.hakusuisha.co.jp/news/n32533.html

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