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デヴィッド・ボウイのモノクロ写真

書籍名

デヴィッド・ボウイ 無 (ナシング) を歌った男

著者名

田中 純

判型など

646ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2021年2月17日

ISBN コード

9784000240611

出版社

岩波書店

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学内図書館貸出状況(OPAC)

デヴィッド・ボウイ

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デヴィッド・ボウイ (1947~2016) は英国出身のミュージシャンであり、楽曲〈「英雄たち」〉やアルバム『ジギー・スターダスト』などの作品で知られている。本書でわたしは、1969年のヒット曲〈スペース・オディティ〉から亡くなる2日前に発売されたアルバム『★(ブラックスター)』に至るまで、ボウイの全活動のコアをなすアルバム群を時系列に沿って辿り、とくに歌詞とそれを歌う声の徹底した考察を通して、彼の作品全体を貫くモチーフの発見に努めた。
 
本書が重点を置くのは、歌詞の意味や音楽的構成以上に、聴く者になまなましく迫る歌声の分析である。そのため、Spotifyのプレイリストを活用し、それぞれの楽曲を是非聴きながら読んでもらいたい。ボウイの声をこのように重視するがゆえに、本書は歌声の音写を表わす、日本語特有のルビを多用している。
 
ロックの黄金時代にやや遅れて登場したボウイは、ロックという音楽ジャンルを批評する「メタ・ロック」的なアルバムである『ジギー・スターダスト』によってロック・スターとなった。ボウイの表現活動はその後も終始、ロックという方法を用いながら、その外部に出ようとする激しい衝動に貫かれた運動だった。ロックという形式が完全に捨て去られることはない。しかし、それは繰り返し倦むことなく作り変えられる。
 
ボウイの音楽のこうした前衛性は、アルバム『ロウ』などにおける言語実験的な楽曲を生んだ。歌声のピッチを上げて高音にする加工、赤ちゃんの発する喃語を思わせる歌詞、わらべ歌のような下行旋律の愛好などが彼の歌の特徴である。歌詞に「無 (nothing)」が頻出する点も同様だ。ボウイがNothing will help usと歌うとき、それは「ぼくらを救うものは何もない」と同時に「無 (ナシング) がぼくらを救う」を意味する。これは「無のパラドックス」という、英文学の伝統に即した修辞法である。イーヴリン・ウォーや三島由紀夫の小説あるいは現代アートからの影響、山本寛斎や鋤田正義とのコラボレーションを通じた日本文化との深い関わり、チベット仏教に関する知識など、ボウイの作品は驚くほど多様な文学的・芸術的・思想的背景を有している。
 
とくに初期のボウイの歌は、クイアな化粧や衣裳によるパフォーマンスも与って、思春期の少年少女たちにオルタナティヴな成長の可能性を教える解放的な効果をもった。つまり、ボウイの音楽を熱心に聴くことは彼らにとって、一般的な社会的成熟とは異なる、一種の通過儀礼となったのである。本書が明らかにするのは、生涯に亘ってそうしたオルタナティヴな生き方を作品やステージを通して聴衆に提示し続けたボウイの、通過儀礼を導く異界との媒介者としてのシャーマンにも似た性格である。ボウイの作品は、ジェンダーや生死の境界を横断するようにして自己を作り変える、生の可塑性を体現する音楽なのである。

Jun Tanaka: Spotify公開プレイリスト

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 田中 純 / 2021)

本の目次

★(第I部)
 
序 鉱石ラジオに始まる
 
第一部 途上にて (オン・ザ・ロード)
第一章 ぼくにできることは何もない (ゼアズ・ナシング・アイ・キャン・ドゥ) ──『デヴィッド・ボウイ』
第二章 ゼイン、ゼイン、ゼイン、犬を開く (ウーヴレ・ル・シャン) ──『世界を売った男 (ザ・マン・フー・ソルド・ザ・ワールド)』
第三章 チェチェチェチェチェインジズ!──『ハンキー・ドリー』
 
第二部 ジギー・スターダストの受難 (パッション)
第一章 きみはロックンロールの自殺者 (ユア・ア・ロックンロール・スーイサイド) ──『ジギー・スターダスト』
第二章 夢見ることの罪 (ギルト・フォー・ドリーミング) ──『アラジン・セイン』
 
第三部 アメリカに落ちて来た男
第一章 これはロックンロールじゃない (ディス・エイント・ロックンロール)!──『ダイアモンドの犬たち (ドッグズ)』
第二章 ぼくはリアルになれるだろうか (キャン・アイ・ビー・リアル)?──『ヤング・アメリカンズ』
第三章 遅すぎるんだ (イッツ・トゥー・レイト) ──『ステイション・トゥ・ステイション』
 
第四部 ベルリン生息、70年代への訣別
第一章 青 (ブルー)、青 (ブルー)、エレクトリックな青 (ブルー) ──『ロウ』
第二章 ぼくらは何ものでもない (ウィア・ナシング) ──『「英雄たち (ヒーローズ)」』
第三章 灰は灰へ (アシェズ・トゥ・アシェズ) ──『間借人 (ロジャー)』『恐ろしい怪物たち (スケアリー・モンスターズ)』

★★(第II部)
 
第五部 星 (スター) の上昇と没落 (ライズ・アンド・フォール)
第一章 そして一輪の花のように身を震わせるなら (アンド・トゥレムブル・ライク・ア・フラワー) ──『レッツ・ダンス』
第二章 もっとも奇妙なものを信じる (ビリーヴィング・ザ・ストレンジスト・シングズ) ──『トゥナイト』ほか 
 
第六部 前衛への復帰
第一章 シミ・カポール──『ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ』『郊外のブッダ』
第二章 回り、もう一度回れ (ターン・アンド・ターン・アゲイン) ──『アウトサイド』
第三章 神はアメリカ人だ (ゴッド・イズ・アン・アメリカン) ──『地球人 (アースリング)』
 
第七部 さまざまな晩年の (レイト) スタイル
第一章 ぼくは生き延びてゆくだろう (アイル・サヴァイヴ) ──『アワーズ…』
第二章 あなたはわたしから去ってゆくと言う (ユー・セイ・ユール・リーヴ・ミー) ──『異教徒 (ヒーザン)』
第三章 解き放つべきものは何も残らない (ナシング・レフト・トゥ・リリース) ──『リアリティ』
 
第八部 後の生 (ナーハレーベン)
第一章 きみは何をしたんだ (ホワット・ハヴ・ユー・ダン)? ──『その翌日 (ザ・ネクスト・デイ)』
第二章 わたしは黒き星 (アイム・ア・ブラックスター) ──『★』
 
結 無 (ナシング) を歌った男
 
跋 絶対的な初心者として

図版一覧
ディスコグラフィ・フィルモグラフィ
書誌
アルバム名・曲名索引
事項索引
人名・グループ名索引

 

関連情報

著者からのメッセージ:
田中純『デヴィッド・ボウイ』〈著者からのメッセージ〉 (岩波書店webマガジン「たねをまく」 2021年3月9日)
https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/4643
 
『図書』2016年3月号掲載記事: 田中純「ロックの晩年様式(レイト・スタイル)――デヴィッド★ボウイ追悼」(岩波書店webマガジン「たねをまく」 2021年2月10日)
https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/4343

本書に関するインタヴュー:
『デヴィッド・ボウイ』著者インタビュー (円堂都司昭 文・取材)「田中純に聞く、デヴィッド・ボウイの思想と美学 なぜ彼の音楽は人々の心を動かし続ける?」 (Real Sound: 2021年3月27日)
https://realsound.jp/book/2021/03/post-730379.html

関連記事:
[イメージの記憶]63 無の色気 ボウイ論の余白に 田中 純 (『UP』2021-03 2021年3月5日)
http://www.utp.or.jp/book/b563476.html

書評:
星埜守之 評 <本の棚> (『教養学部報』629号 2021年7月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/629/open/629-02-3.html
 
田中孝太郎 評 (『表現者クライテリオン』 2021年7月号)
https://the-criterion.jp/mail-magazine/210710/
 
野中モモ 評 (西日本新聞  2021年6月5日付)
 
野中モモ 評 (北海道新聞 どうしん電子版 2021年5月23日)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/547237
 
柴崎友香 評「境界を攪乱する表現者」 (読売新聞  2021年5月23日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20210522-OYT8T50164/
 
片山杜秀 評 (『文藝春秋』2021年6月号 2021年5月10日)
https://bungeishunju.com/n/n6c24f23228bf
 
林浩平 評「現代の文化英雄であり、優れた作家であったデヴィッド・ボウイをめぐる大労作――楽曲のサウンドと歌詞とを分析の素材として生まれる説得的な作家論」 (『図書新聞』3495号 2021年5月8日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3495
 
細馬宏通 評 (『群像』2021年5月号 2021年4月7日)
http://gunzo.kodansha.co.jp/58959/60027.html
 
栗原裕一郎 評「「晩年の様式」に探る作家論」 (日本経済新聞  2021年4月3日)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO70613450S1A400C2MY5000
 
大宮勘一郎 評「その「作家」としての輪郭、圧倒的論考」 (『週刊読書人』3383号 2021年3月26日号)
https://dokushojin.com/review.html?id=8055
 
書籍紹介:
小川公代、四方田犬彦、鈴木慎二「2021年上半期読書アンケート」 (『図書新聞』3505号 2021年7月24日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3505
 
久保田翠「新刊紹介」 (表象文化論学会ニューズレターREPRE 2021年6月30日)
https://www.repre.org/repre/vol42/books/sole-author/tanaka/
 
岡田敏一「エンタメ最前線」 (産経新聞  2021年5月19日付夕刊)
 
藤本浩介「じんぶん堂──美と政治が出会う「イメージ」 デヴィッド・ボウイからホモ・サケルまで 紀伊國屋書店員さんおすすめの本」 (好書好日 2021年5月17日)
https://book.asahi.com/jinbun/article/14347724
 
TODOカレンダー2021年3月14日(日) 本日のBOOK (『POPEYE』webマガジン 2021年3月14日)
https://popeyemagazine.jp/to-do-list/2021/03/14/
 
トークイベント:
gallery IHA June 2021 online lecture「都市のスキマを語る」(produce & curation 長谷川逸子)
第1回 6月5日(土)17時30分~19時 田中純『デヴィッド・ボウイ 無を歌った男』
https://galleryiha.wixsite.com/galleryiha/event53
 

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