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書籍名

島崎藤村 ひらかれるテクスト メディア、他者、ジェンダー

判型など

256ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2018年4月

ISBN コード

978-4-585-29164-0

出版社

勉誠出版

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島崎藤村 ひらかれるテクスト

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『島崎藤村 ひらかれるテクスト − メディア・他者・ジェンダー』は、言語表現と視覚的表現、国語と文芸教育、広義と狭義の翻訳、家族とジェンダーなどが重なり合って響き合う空間において成立する島崎藤村のテクストに注目し、その新たな解釈と価値を見出す著書である。
 
メディアとテクストの関係に焦点をあてた第1部 (第1章から第4章まで) では、まず類似した登場人物と時代背景をもつ、名取春仙の挿絵とともに『東京朝日新聞』に連載された長編小説『春』(明治41年) と、読者投稿雑誌『文章世界』に発表され、その言説と関連づけられ読まれた中編小説『桜の実の熟する時』(大正6年) を取り上げている。次に、藤村自身が選択した多くの自作 (詩、エッセー、童話、小品など) を集めた『藤村読本』(大正14年) と、明治末期から大正にわたって藤村の作品を採録した中等学校の国語教科書に焦点をあてている。その上で、新聞、雑誌、副読本、教科書といったメディアの特徴との擦り合わせにおいて、藤村のテクストがどのように再解釈されてきたか検討している。
 
第2部 (第5章から第7章まで) では、テクスト同士の衝突から生まれる新たな読みを浮かび上がらせるため、『破戒』(明治39年) の1966年のルーマニア語訳、『春』の引用の力学、さらに『新生』(大正7~8年) における手紙の役割に焦点をあてている。『破戒』がロシア語訳 (1930年) を経由してチャウシェスク政権下のルーマニアで翻訳されること、また『春』の本文中に引用・言及されるシェイクスピアや北村透谷などのテクストが明治40年代に起こったパラダイム・チェンジのフィルターを通して解釈されることを「反読」として捉え、その批評的・創造的可能性を明らかにしている。また、『新生』の主人公である小説家の岸本捨吉の言説 (懺悔録) とその中に引用・言及される節子の言説 (手紙) に着目し、ジャンルとジェンダーの関係について論じている。
 
第3部 (第8章から第10章まで) では、ジェンダー論、身体論、家族論などの理論的な枠組みの中から、長編小説『新生』、短編小説「ある女の生涯」(大正10年) と中編小説『嵐』(昭和2年) において表された逸脱したジェンダーのありようを探っている。『新生』論では、他者と自己の相互作用を戦争という特別な状況と交差させ、主人公岸本の揺らぐ男性性を考察している。また、「ある女の生涯」を心身の二項対立を疑問視したテクストとして捉え、その中に表される老いや病に苛まれる〈女〉の境界について論じている。最後に『嵐』の分析を通して、家族や母性の神話に鋭く迫る藤村のテクストに描き込まれている大正期における父性の可能性を明らかにしている。
 
本書では以上の考察を通して、テクストが投げかける読みの〈規範〉に対する問いに着目し、今日においても新たな文脈に置き換えられながら読み続けられる島崎藤村文学の価値を捉えている。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 ホルカ・イリナ / 2021)

本の目次

序章:島崎藤村のテクストを〈今〉にひらく

第一部:メディアのなかのテクス
    第一章:新聞小説と挿絵―名取春仙の『春』
    第二章:『文章世界』のメディオロジー―『桜の実の熟する時』の読まれ方
    第三章:教育実践としての『藤村読本』―「世界」と「郷土」の狭間
    第四章:教科書の中の島崎藤村―仮定された「内面」への回路

第二部:テクストのなかの他者
    第五章:翻訳の政治学―ルーマニア語版『破戒』/「Legămîntul călcat」の位相
    第六章:青年と〈狂気〉―『春』における引用の力学
    第七章:上書き可能な〈自己〉と〈他者〉―「懺悔」と「手紙」の『新生』

第三部:ジェンダーを撹乱するテクスト
    第八章:〈他人〉の戦争―『新生』とジェンダー規範
    第九章:女の心身―「ある女の生涯」における老いと病
    第一〇章:〈父性〉と〈家族〉のありよう―「嵐」の射程
 
あとがき
初出一覧
索引

関連情報

受賞:
第15回全国大学国語国文学会賞受賞 (全国大学国語国文学会 2020年)
http://www.nacos.com/kokubun/prize.html
 
書評:
宇野憲治 評 (機関誌『島崎藤村研究』第47号 2020年9月)
http://tosongakkai.grassgreen.us/?page_id=10
 
中山弘明 評 (『日本近代文学』100巻p.127-130 2019年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihonkindaibungaku/100/0/100_127/_article/-char/ja/

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